新しい地球、変容の時代へ

2016新しい地球へ~もうスピリチュアルを否定しないで

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真実の探求は、真実を妨害するもののすべてを正直に探し出すことに他なりません。
真実はただ存在します。真実は失われることはなく、探求されることもなく、発見されることもありません。
真実はあなたがどこにいようとも、あなたの中に存在します。

―a course in miracles

震災があってからというもの、そしてその後世界にとんでもない混沌が吹き荒れる中、
多くの識者と呼ばれる方々が新聞や雑誌、
各メディアから意見や考えを述べています。

わたしも震災当時からしばらくは故郷宮城で仕事場を失い、
現状を目の前にしてつらさ苦しみ悲しみ、
そんなものをなぜ体験しなければならないのかという悔しさを味わって来ました

そこで震災についてどんなことが述べられているのだろう、魂を掬い上げてくれる言葉はないか
と気になっていた時期に、
ひたすら「意見」「提言」なるものを読んできました。

そこで感じたのは震災にあたって私たちはどうすればいいのかという問題よりも、
世の中のいわゆるインテリな人達や、
学位をたくさん持っていて社会的頭脳として機能している人たち、
そして自分は「頭と物質」だと以前として思っている人達は
こうした大混乱の時期にあっても、尚スピリチュアリティーなどまだまだ認めることも
認識することもできないでいるのだなという事実でした

すべてが「頭で考えている」。頭で必死でこの混迷期をとらえようとしている。

だから結局、皆のハートにダイレクトに響くような導きとかガイダンスは見いだせないし、
ハートあるいはスピリットの言葉を素直に発することができないで、実は自分も混乱している・・・

理性でなんとか現象をとらえようと躍起になっている、
けれど本当は自分でもこの日本の現状に対してどう思っているのか、分からない・・・
そんな迷いや行き詰まり感がどの言葉にも表れている気がしました。

しかし、今時代はすでに水瓶座、アクエリアスの時代です
そして古い周期が終わり、新しい26000年周期に入ったと言われています

これは例え一般的に議論されなくても、2012年を超えた時から明らかであり、
その後、特に霊的な能力や感性のある人達、ヒーラー、ライトワーカーと呼ばれる人たちが
全世界的に体験していることです

地球は今や、新しいエネルギーで充満しています
それはスピリットを喚起せずにはおけないような物凄い霊妙なエネルギーです

地球自体がスピリチュアルになってきているので
地球で起きていることや個人が体験しなくてはならなくなっていることはすべて、
マインド・頭で捉えても答えはないし、
必死に「考える」スタイルは、地球の波動的にもどんどん合わなくなってきています

この時期に至ってまでまだスピリチュアリティーを否定する人がいるならば、
わたしからすれば、そういう方々こそが現実逃避をしています。

ただひたすら物質的現象だけを正しいと思い、
魂の、心の奥底から湧き上がるフィーリングに耳を傾けることをしない、
なんでも分析と知識で解決したがる傾向にただ固執している・・・

ほんの少しでも、魂の存在に気づいてみようかという努力はしないのでしょうか?
それともあいつはいきなりニューエイジになったなどと馬鹿にされるのが怖くて、
本当はとてもスピリチュアイティーにひかれるのだけれども、
社会で、メディアの中で魂について公言し、言及するのを避けているのでしょうか?

しかしながら、時代はどんどん変化しています。

時代はもう、物質を超えた高次元の領域の存在、
スピリットや魂の領域の真実を認めざるをえない方へとどんどん向かっていくでしょう
科学は実際にスピリチュアルと混じり合ってきていますが、いずれは融合すると思います

頭で考えたことや今までの科学でとらえられることでは、
私たちの中にある魂の深い欲求にはもう応えきれないところまで来ていると思います。

実際、私の周りでも自分が何かを伝えたり説得したわけではないのに
随分スピリチュアルなことへの関心と、普通に受け入れる受容が大きくなっているのを
驚くぐらい感じています
ちょっと前なら、すぐに揶揄されたり攻撃されたりしましたが、
そういう風潮は撤退しつつあり、
その代り関心の方が日ごと強まっています

2016年以降も、相変わらずものすごいエネルギーの流入が起こっており
大きなビックシフトは特に天体の動向に従ってこれからも次々やってくるでしょう

これからも、予想しなかったような変動が地球に訪れ、抵抗や集合的浄化が生じて混乱し、
否応なく人々は霊的な段階に入るように促されるでしょう

私は何もスピリチュアルなことに関心を示さない人たちを啓蒙しようとか洗脳しようとか、
意識を変えたいと思っているのではありません。

スピリチュアリティ―というのは、個人の、超個人的な体験の積み重ねです
誰かとシェアしていくことはできても、
誰も干渉することはできず、誰も洗脳することはできません。

私はたまたま霊的な能力が人よりはあって、
いろいろなあり得ないような体験をしてきましたし、
物質だけが真実ではないとはっきり言えるのですが、

だからと言ってこれを他の人に同じように体験してもらうことはできません。
各々が探求していくしかない道のりです。

ただ、わたしがかなしくなるのは、ここまで来てもまだ、
自らの魂を否定するのか、知らぬふりをするのか、という現状なのです。

多くの人が、疲れ切ったオーラでふらふらと生きているのが分かります
この間朝のオフィス街のコンビニに行ったら、みんなものすごいエクトプラズムを出していて
みんな人生に絶望しているのが観えました
人々のオーラのコンディションも、行き着くところまで行っているなと思っています
(見たくなくても観えてしまうのです)

例え霊的能力など全然なくても、
各々が魂に気づき魂によって生きるという道のりを選ばない限り、
いつまでたっても現状は物質主義と世界的カオスのままでしょう。
誰かが代わりにやってくれることではないのです。
個人から始めることです、とても小さな一歩かもしれませんが。

ところでわたしが震災で流された多くのメッセージの中で、
唯一魂から揺さぶられたもの、
涙を流さずにはいられなかったものは、
朝日新聞に載っていた、被災地の海の前でお経を唱えるお坊さんの姿を映した写真でした。

私はそれを見た時、涙が抑えきれませんでした。
それは「言葉」ではありませんが、
その姿は神の言葉のように私には聴こえてきました。

それはスピリットの姿そのものでした
ああこの人は他の何でもなく、
自らの魂に従っているんだ、自らの魂をここでなげうっているんだなという、そういう姿でした。

言葉・理性・考え・思考によって震災をあれこれと語るのではなく
ただ魂に従った人の姿が、私のスピリットに響いてきたのです
ただ魂によって生き祈る人の姿が、私をなぐさめ、救ったのでした

もうそろそろ、体裁だけを考えて、知識だけを振りかざして、
頭だけで答えにならない答えを見出そうと躍起になる社会から変わらないでしょうか?

誰も偉人のような言葉で誰かを説得する必要はなく、
ただ私たちが魂に従う人生を生きるならば、その絶え間ない選択の暁には、
自ずと平和な社会が訪れると思うのです。

私たちは科学を否定すべきではないとともに、
スピリチュアルを否定するべきでもありません。
自らの魂を否定するなどということは、本来ありえないことです。
それをしている限り、永遠にさまようばかりでどこにも行きつかないでしょう。

勇気を出して見えないはずのものしかし厳然として存在している魂を探求しませんか?

もう一度神秘なるものを認めませんか?
物質を越えた目に見えない領域に、壮大なものがあります
ヒーラーとして、それだけは確実だと言えます
まだ勘違いしている人が未だにいらっしゃいますが、
スピリチュアルはいわゆるオカルトというものではありません
それは、自らの魂・本質の探究・本質との出会いです
スピリチュアルとは、とてもナチュラルなものです
魂に帰還したい内なる欲求は、誰しもが持つ魂の自然な願いだからです

私達がどこから来てどこへ行くのか、愛とは何か、
隠さずにそうした心からの疑問・思い・言葉を
話合える世界にしませんか?

真実はあなたがどこにいようとも、あなたの中に存在します。
しかし真実はあなたによって認識されることも可能であり、
認識されないことも可能であり、
あなたにとって実在することも可能であり、偽りであることも可能です。
あなたが真実を隠せば、それはあなたにとって非実在のものとなります。

真実の探求は、真実を妨害するもののすべてを
正直に探し出すことに他なりません。

真実はただ存在します。

-from a course in miracles

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