私の彼氏はbboy~ブレイクダンサーの光と影、ブレイクダンサーの希望と愛。

ストリートダンサーの愛と希望と
スピリチュアルな無限のポテンシャルについて

※この日記は一度消しましたがなぜかアクセスも良いし彼のことはともあれブレイクダンサーやストリートダンスをもっとダンサー目線以外からも知っていただくために、かろうじて、また載せます。
これを書いて彼ともうだめだ、もう二度とあんな奴大っ嫌い!!とか思って消したんだけど、また復活。
消えたり復活したりすると思います…・

 

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なんだかんだと、何度ももうこれでとうとうおしまいと思いつつ彼との付き合いも長くなった

私の愛する人はブレイクダンサー
一時期、世界中の大きな大会から小さな大会まで、あらゆるバトルで優勝し、
またファイナルに残り、そのタイトルはソロ・クルー両方合わせれば数えきれない

ブレイクをしている人なら、誰でも知っているダンサー。

技の確かさはもちろん、その個性的で唯一のダンスは、誰も創造しえないものであり、
その独創性から日本を始め世界に多くのファンを持つ

私自身が彼のダンスのファンであり、
その美しい動きと独創性は、昔の動画を見ても色あせていないし
未だ誰も真似はできない

彼の20才くらいのダンスからして何度見ても見飽きない

ブレイクダンサーは常に新しい技を覚え新しい技を繰り出し新しいスキルで挑まなければならないと、
よく言われる

でも彼のダンスは、同じルーティンでやっていても見飽きることがない
彼のファンが望むものも、彼自身が分かっていて、あえて同じことを披露している感がある

だからといって、いつまでも同じことをしていたらやっぱり勝てないこと・批判されること
ぐらい彼も知っているから

人生のすべてをダンスに費やしている…

だから私はもう嫌になってしまい、この人のことはもう忘れたいと何度も思った
でもなぜか続いている…

あまりにも連絡無精で、あまりにもダンスにだけ人生をかけているので、
泣きどおしで私をもっと大切にしてくれと頼んだ

もう何万回もさよならと思いました

でもなぜか、彼は私の人生にいてくれる
(いてくれるっていっても世界中から引っ張りだこでほとんど家にさえいない)
不思議に思ってきた
ダンス一筋のわりには…
それでもいつ、彼が去っても仕方ないといつも覚悟している

 

ブレイクは他のどのダンスよりも、賞味期限が短いと思われる
何せその体の使い方がすべて、まあ中国武術で言えば連続超絶技法なみといえる

ブレイクは人間の体のポテンシャルの限界に挑戦するものだと思う
だからこそ、見ていて面白いし、感動するし、学ぶことができる、そういうダンスだ

その魅力は、一般の人にはほとんど知られていない
残念ながらブレイクダンスは、一般の人達には人気がないただのその業界の人の
内輪の楽しみみたいになっている

ブレイクダンスがいかに感動的なものかを、もっとみんなに知ってもらいたい
(などとダンス超ド下手の私が言うとは何と偉そうなのだろう)

でも、ブレイカー自身があまりそういう広報的なことに関心がないようなので、
私が言ってみたいだけ…

 

さてブレイクダンスだが、

あんなことをしていたら体に無理をさせるし、もともとダンサーの終わりは30くらいなどと言われる中、
ブレイクみたいに激しい動きの繋ぎ合わせみたいなことをしていたら
30までできればラッキーぐらいなものではないのだろうか

あとは下降していくだけ。体は超絶技巧についていけなくなっていく

 

彼も30をとっくに超えて後先を考えなければならない歳だ
でも相変わらずダンス一筋。

「もしかして、衰えを感じてませんか?」などとは聞けない
彼にもプライドがあるからだ

それは私が探りを入れることではない
彼自身が分かり、彼自身が気づき、どうこれから生きていくかを探っていくべきものだから

30過ぎれば落ち目になると言われて当然のようなブレイクダンス業界だが
相変わらずバトルで優勝し、相変わらず新しいスタイルと技と見せ場を作って
創造的なダンスを世に出していることには、正直関心する

それどころか彼の体は20代の頃より強靭になっている
フィジカルは上も下も安定してグラウンディングしてきており、
上半身が下半身を支え、下半身が上半身を支えうる体になってきているので驚くばかりだ。

20代の頃の方が確かに軽くふわりと技をこなしていたが、
今はその強靭なフィジカルでどっしりとグラウンディングした大人のダンスに変わっていっている

まったくどこまでここに至るまで努力したのかと思うと…果てしない努力である
自分がダメ武術家なので良く分かる。体は一日でもさぼれば衰えるからだ。
でも私はすぐめげていじけて、すぐ練習をさぼる。
彼は一部の武術家以上に体の空位がはじけてスムーズなので、武術家よりもさらに修練しているといえる

ある意味ダンサーは自己犠牲を払ってでも自分のダンスにかけているからダンサーでありづづけられる
それは周りにとっては嬉しいことでもあり哀しいことでもある(泣)

彼は、もうとっくにブレイクを卒業したのではないかと思っている

彼の中には無限の想像力と創造力がある
誰しもそうなのだけど、彼はそれを自ら引き出し続けている

それによって、もともとジャンルのないダンスと言われてきた彼のダンスは
ブレイクを越えていき、ジャンルレスなものになってきた

「彼のダンスにもうストリート系の音楽をかける必要はない」
って言っている人がいたけど、良く見れば、彼のダンス自体が一つの音楽を形成していた

ブレイクを越えて、いろいろな彼自身の「音」をダンスの中に織りなすようになった
だけどしっかりブレイクの技を取り入れてもいる

音、とは人が持つ、宇宙の倍音。
音は最も神聖なもので、すべての人がエネルギー的に音を持っている
彼はその音、を自分のダンスとして世に出すことができているので
ある意味、それによって地球の波動を変えている
そこまで行くには、相当のダンサーでなければならない

でも、誰しもができることだ、その人の思いと努力によって…

 

彼はこれを維持し向上させていくために、ダンスのために生きている
そのためにとてつもないフィジカル維持をしている

私はそれを手伝うことがいくらでもできる
何せ私自身が、人の体を観てはヒーリングワークをするボディワーカーであり
エネルギフィールドのヒーリングワークのプロだからだ
私の持ちうるすべての能力と知恵と知識は、すべて彼のもの。
私は彼を愛しているから、すべて彼に捧げる

 

私の持つ能力も無限だ。
そういうと皆さん、ずいぶん自信家ですね、と言われるかもしれないけど
自分の能力が無限に広がっていくことを信じられない人は、
ヒーリングワークはできない、ですよ…

私は自信家ではない、自信なんて本当はない。でもそう思うようにしている
私の可能性は空のようだと
それはダンスでも同じではないでしょうか?

私は彼にも言う
あなたの可能性は空のようだと
あなたのダンスは空を突き抜けていると…

 

さて、エネルギフィールドが健康で強靭でなければ、ボデイ、肉体も健康で強靭ではいられない
多くのダンサーやアスリートは、そのことを知らない

未だにスピリチュアルボディ、スピリチュアルフィールドが人間にはあって、それがフィジカル体に
いかに影響しているのか、繋がっているのかを知り、認める人はこうしたフィジカルベースな
業界でも少ないと思う

しかし中国武術だけは、それを古代から認めてきた
中国ではそれを「氣」と呼び、この氣をベースに体の健康を維持し、また武術のパワーを最大にしてきた

中国武術では、格闘技のように力づくの筋肉もりもりで戦うってことはあまりない
もちろん武術家には筋肉が必要であって、それは鍛えなければならないけれど
筋肉の力で勝つのではない。一番大事なのは内力であって、それは氣によって養われている

内力を養い、それを自由自在に使うことによって、強大な力を出す
よって、中国武術では、ムキムキと力を出すのではなく、逆にいかに緩めるかが大事。
よく私の先生も「ファンソン、ファンソン」といっているが、ファンソンは中国武術とか気功太極拳などでは
大事なこと。そして私たちの目指す究極の状態。また、あらゆるフィジカルムーブメントにも応用できると思う

これはブレイクダンスにも応用できるものだと思う

 

力を抜き、緩めることによって、無理無理に筋肉を動かしてムーブメントを創り出すよりも
内力を高め、頸の力でムーブメントを創造することができれば、歳は関係なくなる

何でも力づくでやろうとするから、年齢が関係してしまうのだ
正直、氣には歳はない
人の感情や精神、体の健康などは影響するけど
人のスピリチュアルな力には歳は関係ない

なので、そこには無限の宝庫が眠っている
スピリチュアルなパワーを掘り起こしたというダンサーは今でかつて見たことがない、
残念ながら…

 

でも、最近世界のストリートダンサーでは、彼を始めマーシャルアーツを修練している人が少なくない
最近のストリートダンサーは中国武術を尊敬している人が多い
それも内力やエネルギフィールドの持つ意味に人々が気づいた証かもしれない

欧米では、最近ダンサーはスピリチュアルなエクササイズを取り入れていつ人が非常に多い
というかもう当たり前になってきている
もともとダンスというものが最もスピリチュアルなものだから、
スピリチュアルな実践は彼らにとって、やってみれば受け入れやすいのではないでしょうか

弱冠50年ほどの浅い歴史しかないストリートダンスは、
4000年の歴史を持つ中国武術や中国医学から学ぶことが山とあると思う
そこには、「ストリートダンサー、30過ぎたらただの人」という従来の固定観念を越えさせるものがある

私の武術の先生は、60近いのにあった時40過ぎ位にしか見えなかった
さすがに20代と同じことはできなくても、その動きには目を見張るものが今だある

中国武術の奥深さは宇宙にも通じる
と、ここでまた中国武術賞賛の話になるといつまでも書いているだろうからやめます…

 

だからストリートダンサーがマーシャルアーツに身を入れていることは正しい道だと思う
日本ではそういう人をまだ見たことがない
むしろ、思い切りバカにする人には会った
まだ未だに、中国を蔑視するようなことを言っていた
そんなあり方は、そもそも人としてどうかと思うし、もちろんダンサーとしても大損している

 

日本はそういう意味で、ストリートダンスの最先端から遠ざかっていると思う
今私の知る限りで世界のブレイクの人々の中には、マーシャルアーツや瞑想、ヨガ、タオイズムなどを
取り入れている人が少なくない。

もうストリートダンスは、アメリカのギャングのものだと言ってギャングみたいにしている時代は
とっくに終わった。でもまだそれを信じている人もいるけど…
未だにギャングみたいにして、少しぐらい悪いイメージ持たれたっていいのだ俺たち、みたいな
そういう社会性のないマナーのないストリートダンサーを少なからず見てきた

でもそれはすごくダサいし、古臭い。ダンスの技以前に態度が古臭いのだ。

いわゆるストリートダンサーに、悪態をつくように酷い言葉でののしられたことが何度かあるが
それが彼らに許されるものだと、ストリートカルチャーはカウンターカルチャーなのだから
それがdopeだと、彼らは思っているのかもしれないが、

ダンサーは謙虚であるべきだ。というか、すべての人は謙虚であるべきだ。
何がどうあろうと、Red bullで優勝しようと、アカデミー賞を取ろうとグラミー賞をとろうと、
在る視点から見れば天才でも、
多くの視点からみればそんなセレブだのなんだの言っても所詮はタダの人であり、
普通であり、一般人であることを忘れず、謙虚でピュアで誠実であること。

それがその人の能力を最大限に掘り起こす下地になる

天は見ているよ…
天は、傲慢になった人に無限の才能は開花させない。
私はそう思ってる
今まで色んな人見てきても、そう思うもん

 

ストリートダンスはもっとその視野の領域を広げればいいのではないか、と思う
バトル的にも仕事的にも人気的にも、その方がいいと思う
ストリートダンスができてボディワーカー、ストリートダンスをやってヨガの先生でもあり。
ストリートダンスをしているがマインドフルネス瞑想の先生。などなど。つながるところが大きい。

ストリートダンサー=30過ぎて老化しておじさん=ブラックな仕事で慣れない社会にいきなり進出か
先生やって細々暮らす。そういう流れをもうやめたらいいのに、と思う

そんなことを言うと怒られるかもしれない
確かにそんなに世の中甘くない
ダンスだけで生活し、そこから派生した仕事でその後も生きていけるのはトップダンサーだけ
トップだったとしても、やり方次第だから成功するとは限らない

でもストリートダンサーという素晴らしい能力を持っていながら、もうおじさんになった
と焦燥感でイライラしぶつかってくるような人を見ていると、悲哀を感じる

 

そして最も悲哀を感じるのは、新しいことができなくなったことを隠しながら
今の若い世代を下に観ながら、過去の栄光にすがりついているダンサーだ

ストリートダンサーには過去はないと思う
もともと、古典を継承するジャンルの芸術ではないからだ
むしろ革新にむかって突き進むタイプのアートだからだ
それを、過去の実績を並べて、もう踊れないのに、その情けなさを隠すように過去の栄光に
こだわっているのは、ストリートダンサーの一番みじめな姿…

彼にはそうなってほしくない
でも誰にも虚栄心やプライド、捨てられない執着心がある
彼にもないとは言えないし、いつ自分を見失ってそうなるかもわからない
そうならないでほしい。でもずっと革新的であり続けることは、ダンスの世界では無理だ
やっぱり80歳でパワームーブは出来ないのだ
だから別の道を見出さなければならない

彼なら、振り付けでもなんでも、ダンスに関わる何かで生きていけるだろう

でも彼のエネルギーシグネチャーを見ていると、「本当に100%ダンサー」なのだ(笑)
ダンサーとしてのエネルギー純度100%で他が入る余地がない…
例えばdjになったりする人もいるが彼のエネルギーシグネチャーにはdjはない

彼はダンスをすべくこの世に生まれたのでしょうが、いつまでもあのダンスをやれるわけではないので
いつかはダンスとの関りを変えていかなければならない

その時、彼の葛藤は大きいだろう
大きな光を、栄光を手に入れれば、さす影はまた一段と重くのしかかる
それが人生ってもの。いつまでもいつでもいい思いをし続けることはできない
チャレンジャーにこそ大きな課題難題が与えられる、それが人の魂の旅路。

彼がダンスにこだわりすぎるあまり、過去の栄光を引きずり、常に革新を生み出しつづけるのが
当たり前のストリートダンスの世界の中で、見飽きたようなむっかしのダンスをやり続けていたら
もう見ていられない。そういう人にはなってほしくない

でも、それにしても、ストリートダンサーの末路って哀しい、と固定化させてしまうのはもったいない

もっと可能性を探求すればいいのに…って思う
ストリートダンサーとしてのキャリアや努力は、30過ぎたら意味がないなどといじけないで、
絶対に行かせる道がもっとある。特に日本のダンサーはそれに気付いていない気がしている

他のものとストリートダンスが結びつくと、一般の人にも入りやすいものになっていく
そして、ダンスという無限に素晴らしい世界と芸術を、それによって知ってもらいやすくなる
もちろん、自分のダンススキルとフィジカルの向上にも格段につながる

多くのダンサーはスキルがあっても30過ぎると、落ち目になり、何かそういう自分を認めたくなくて
荒れていく人が多い気がする。それは日本だけではないが…それがストリートダンサーの運命だろうか?

確かにストリートダンサー、というかダンサーの運命として、30歳は一つの分岐点、らしい
確かに人間の体って目に見えて衰える
スピリチュアルなボディが並大抵ではないほど強靭な私でさえ、老化していると思う
20代の頃は、なぜクラブとかに朝まで要られて、なぜ部活の練習に2徹できたんだろう…

人の老化。それは運命というより宿命だ
人間の体は老化する、それは避けられない…

でも、ある方向からすると人間の体はたとえ老化しても、一方で無限の可能性を持つことができる
それを、ヒーリングワークをしてきた私はよーく知っている

無限の力が私にはある、といつも言っていよう、例えそう思えなくても。
無限の力が私にはある、ととにかくそう言っていることで、細胞はそれに反応する

「もう30過ぎた、ダンサーとしては終わりだ」などと終始自分に言っていたら
細胞はその通りになる。細胞には叡智がある。これはまた違う時に話すことになると思うけど…

 

最後にやっぱり言いたいのは、ダンスは愛だということだ
そういうのをギャングとしてのストリートダンサーは嫌いだろうけど、
ダンスは愛だ

だからダンスを人並み以上に愛してきた
私はカナダで、ある素晴らしいダンスの先生に出会った
彼は私に、ダンスがいかに楽しく、人の体・心・魂を開放し、変えていくかを教えてもらった
ダンスとは、究極のスピリチュアルツールなのだ
ダンスがこの世界を輝かす大きな原動力になる
とくにこれからは、皆が踊り、ダンスに感動し、ダンスからインスピレーションを得ていく地球になる、
と願いたい。なぜなら、良い思いつまり愛から生まれ出たダンスは、地球の波動を変えることができるから

それは、音楽も同じである
だから音楽とダンスは、双子の兄弟のようにくっついて影響し合っている

ダンスの無限のポテンシャルを、その渦中にいる人より深いレベルで知っている私は、
ダンサーに並々ならぬ期待を寄せている

ダンサーの果たす役割は大きい
でも、それは愛から始まらなければ意味がない

 

私は彼が、いつまでもブレイクのトップでいられるわけはないと知っている
そのことは彼にも言っている

この地球に愛をもたらすことこそが、一番大事なことであり
一番愛されるダンサーであれる秘密であり秘訣であり秘術なのであり、絶対技巧なのだ

 

歳を重ねバトルに出なくなっていっても、彼は彼の愛を表現するためにダンスに関わっていくだろう
それは彼の魂でありスピリットだから
そして、愛を表現すると決意した魂にしか、与えられない超人的な能力というものが、あるのだ

 

ダンサーの方、愛をもって地球で踊ってください

みんな、待ってます

 

 

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