freestyle spiritual~スピリチュアルはフリースタイルで

portrait of a beautiful sad woman

ラッパーになりたかったヒーラー

以前、クラブに行くのにはまっていた時があった
もともとHIPHOPが好きで、クラブで友達作っていたら偶然私もラップを
やってみる機会が与えられて、それ以来ラッパーって最高!
おもしろーいって思うようになった。

普段格好は別にストリート系ではないけど、今でもストリートカルチャーが好きで
男物のファッション誌などを、立ち読みしてますね

自分がラップの師匠と勝手に思っていたF君がニューヨークに越して以来、
ラップからはすっかり遠ざかってしまったけど、F君がまだ日本にいたら
私も今頃ラップ上達してたのかな

そんなわけで、私は”ヒーラー”といっても、そんなヒーラーです
本当はヒーラーという言葉も使いたくはない
誰かを癒すhealerなんて、厳密にはいないもの
癒しはソース(生命エネルギーの大本、根源)から来るものだから
私は結局、仲介役・エヴァンジェリスタ(伝導役)。
でも自己紹介や名刺で”エヴァンジェリスタ”って書いても誰にも意味不明
だから誰でも何をしているのか分かるようにヒーラーとあえて言っているだけ。
本当は、私はスピリチュアルな領域から来るものの伝導管というのが、正しい

そして以前にも書いていることだけど、
本当はスピリチュアルという言葉も苦手としている

スピリチュアルなことって、すごく”イメージ”がありますよね
宇宙的な、壮大。”愛と光”、いつでも無条件でやさしく慈悲深く・・・
よく分かんないけどとにかく超越的、瞑想的、異次元、高次元・・・などなど。

スピリチュアルっていうものが、何らかの一つの大きなジャンルになるにつれて
出来てきたイメージとか、ヒーラー像みたいなものを
自分はあまり好きになれないし、「それがスピリチュアルか?」と思うものもあるし、
正直、私には理解できない事柄までもがスピリチュアルのジャンルにはある
でも自分ではもっとフリースタイルな自由でカジュアルなスピリチュアルがあってもいいと思う

また世の中には”スピリチュアルなことはこうでなければいけない”、”ヒーラーとはこういうものだ”、
”ヒーリングサロンとはこういう雰囲気のところだ”・・・などなどの沢山の社会的ラベルもあります
それにとらわれて、一生懸命”愛と光”を無理に出そうとするヒーラーもいるし
「いつでも愛と光と許しを!」とか、そう言っておけばスピリチュアルっていう風潮もある

私はそういう、スピリチュアルにまとわりついた既成概念を越えたいと思ってきた

私はいつも愛と光と許しになんか生きてない
嫌いな人は嫌いだし、嫌なことがあれば怒るし(結構短気です)、
弱気で、だめなアホな人間だからそうとしか言えない

愛が全てなのはわかる
愛を体験してきたから
愛。つまり根源から来る本当の無条件の愛とは
何かと言うことを、スピリチュアルな広大な領域にアクセスする能力を
なぜか与えられて生まれてきた私は、幾度となく体験してきた(毎日)
でもいっつも愛について考え、愛情たっぷりでなんていられないよ
だからって自己についてすべて理解したかって?とんでもない。
自分のダメさを乗り越え、聖人みたいかどうか?全く違います

厳しいいい方かもしれないけど、「私はスピリチュアルです」
っていう人に限って、自己愛がつよいというのを何度も見てきた
「愛だ許しだ」と言いながら、残忍な方法で人を傷つけるヒーラーや
お金を巻き上げるインチキな人にも会ったし、
「いつも平和を祈っているの」と言っている「ライトワーカー」の人が
友人を平気で捨てたり、「許しに生きましょう」と説く人が
離婚した相手の悪口をばしばし言っていたり。

自称スピリチュアルな人ほど、傷つきやすい自分や自己陶酔的なところがある

そういうのが、嫌になったし、スピリチュアルにまとまりつくいろんな
”イメージ”も嫌で、何とかそこから脱却したかった

私にとっては、ライトワーカーだ、高次の意識だどうだこうだと言っている人より
造園やデザインの世界で出会った人々の方がよっぽど”スピリチュアル”だったりした
愛があり、笑いがあり、生きることを楽しんでいる人達・・・

そして、ストリートカルチャーに夢中になっていた頃も、
優秀なDJやラッパーに沢山会えて、彼らは確かにイメージでは”ちょいワル”かもしれないけど
真剣に自分を探究していたり、意識を新しく変えようとしていたり、
好きなこと愛するものを必死で追い求めていたり、
人間臭くもあるが、魂から正直に、本音で生きていた

 

ところで、スピリチュアルって何ですか?

歴史が始まってからこのかた、
あらゆる文明がいのちの霊的な側面を探求してきた。
私に言わせればスピリチュアリティーとは、
私達すべてを生かしてくれている生命力の普遍的な源泉のことに他ならない。
―ロバート・フルフォード

そんなわけでラッパーになりたかったし、HIPHOPが好きだった
自分のハーブ製品ブランドの名前はHIPHOPHERBSと名付けた

ストリート世界の人たちは、いわゆるヒーラーとかいう人たちと違って
愛なんて出せないのに、愛だ愛だと騒がないし
余計な荘厳なふりや善良なふりをしない
怒りでも悲しみでも、そのまま表現する
したいような恰好をして、自分のスタイルを見つけていく
スピリチュアルって、ブレイクやロッキンみたいに
本来生命力にあふれて自由な動きをするものじゃないかな?

私は世間の”スピリチュアル”的なものから脱却したくて
だからカウンターカルチャーであるストリートに魅かれたのかもしれない
私自身のスピリチュアリティーもストリートカルチャーでありたいと思う
”スピリチュアル”って、
もっとヒューマンで、本音で、カジュアルで、普通でいいと思う
スピリチュアルってもっとフリーで自由なものだ
もっと世の中にとって受け入れられやすいスピリチュアルがないかと
ずっと考えているし、そういう同じアイディアを持った人を探している
そもそもスピリチュアルって何なのか?

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もし私が「あなたにとってスピリチュアリティーとは何か」
と言われた時、どう答えるでしょうか?

私ならば、

1.すべてはエネルギーであり、すべては根源的純粋な、生命エネルギーの源から生まれる。その根源的エネルギーの純粋なありようが、自らのスピリットであり、わたしが、スピリットと言うわたしの本質を最大限生きていくこと。

2.私たちは物質的次元と時空を超えた、魂そしてスピリットの存在である

3.すべてもとは同じ一つの根源的なエネルギーから成り立っている、よって
ワンネス、すべての根源(本質)ともいえる愛との一体が、誰にとっても究極の目指すところ

4.Only love is real, love is essence, love is light, and light is love.

(英語の方がしっくりくるのでこれはこのままで)

5.スピリチュアルとは、自己探求すること、自分を知ること、本当の自分を生きること。

シンプルに、それだけです。

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スピリチュアルにすがれば何とかならないかとあっちこっちに行っている人を多く見かけてきたけど
自分の内を旅しないと、何も見つからないぜ!
それと、スピリチュアルと宗教は違うよ。宗教は人を救済するためにあるんだよね?
でもスピリチュアリティーって、自分を探究することだから、自分でやらなければならない。
孤独で、長い旅。忍耐がいる、努力がいる。
救済を求めるのであれば、お坊さんとかのお話を聞くとか、宗教家の門をたたけばいい。
もちろんそういうところにも自己探求のエッセンスがある
カナダでの親友は尼さんだったし、
今でも聖書のことを知りたくて神父さんの話を聞きに行ったりする
何かを信仰しているわけではないが、
神社仏閣教会あるいは神聖な場所、どこに行っても、お祈りだけはしっかりする
本当に神聖なものは、必ず源とつながっているからだ

でも、やっぱり私は基本ストリート。
基本は、気持ちだけでもヒップホッパーでいたいなと思う
表面的に壮大なモノより、
ストリートカルチャーの方が、人間的で、人間そのものを良く表していると思う

かっこつけたい自分、嘘つけない自分、弱さ至らなさを抱えた自分を
そのまま出せるからラッパーになれる
そういう方が自分にあってるし、そういう方がもっとスピリチュアルだと感じる

本当の自分になるためには、本当に感じていることを表現できなきゃ、だめでしょ?

スピリチュアルヒーリングもオリジナルスタイルで

ヒーリングについても、自分ではこの世界で当たり前化しているものが
自分には合わなかった
パワーストーンをじゃらじゃらつけたヒーラーが、天使のオルゴールのなる部屋で
アロマテラピーを香らせながらひっそりヒーリングしている、っていうのとか性に合わなかった

アメリカのヒーラーが、真っ白い服着て、真っ白ーい部屋で
施術ベッドにクライアントさんを寝かせて何やらやっているのを見て
ぎょっとしたこともある
なんだか~不気味な儀式みたいで・・・

なぜ、ああいう風に余計に荘厳な感じとかをつくりだすんだろう?

私は第一、ヒーリングセッションはすべて地球・ガイアと共にあると思ってる
そこはガーデナーとしての特権、自然との関わりは非常に深い

私たちのスピリットは、地球に根差している
だから、地球の上でヒーリングしなければ意味がない
そもそも人間が不調を起こすのは、「反自然」になったからだ
どこか反自然になって自然に流れないから、不調になる
それをきれいな流れにしていくためには、地球の力がいる
そう思い、最初から「屋外でのヒーリングセッション」にこだわってきた
天候などに左右されるため、すべてを外では出来なくても
半屋外に設置するなどして、工夫している
そしてその理想の形がセッションの出来るヒーリングガーデンだ

ヒーラーというと、シャラシャラしたロングドレス的イメージもあるが
私はいつもジーンズ
庭作業がジーンズが一番だから
エネルギーワークをするにも、
細かい動きなどはジーンズの方がやりやすいし
あとは大好きなワンピースだね

それから、私は自分では分からないことは分からないと言うし
基本、クライアントさんの持つ疑問に答えは出さない
前にも書いたけど、先生であるアンドリューの影響かもしれない
ただ、スピリチュアルとは自分で自分を探究すること、という
信念からは、なんでもかんでも答えを言ってあげたり、
先生のように上から説くことは違うと思う
多くの人が、自分の人生がこんがらがったからといって
外(ヒーラーやプラクティショナー、コーチ)に答えを求める
そしてそういう人たちも、自分は分かっていると見せなくてはと
必死に答えらしきことを言ったりすることは違うな・・・と感じてきた

だから私は、知らないことは知らない。分からないことは分からない。
そういうあり方で通している。

こうして、スピリチュアルといっても、既成概念を越えたものを目指してきた

そうやっているうちに、自分のオリジナルなスタイルが生み出された

 

SPIRITUALITY IS ART AND BEAUTY
私が創る、ガーデナーとしての世界

 

 

ストリートカルチャーともう一つ、
自分のスピリチュアルに色とインスピレーションと美学を教え続けてくれているのが
アリエッティの主題歌を歌ったセシル・コルベルの世界だ

私の持つ全体的な世界観は、セシルの世界観と混じり合う
彼女の歌が好き。詩も好きだし。
そもそもが私は、詩的世界が好きであり、ロマンティシズムに生きている
(子供の頃から)
子供時代をヨーロッパで生きたせいなのか、美しい世界に浸って育ったので
クラシカルでロマン派的な世界が大好きである
また、ケルト文化には特別な思いがある

そして、”自分の中に詩がある人”が好きだ。
セシルの音楽には全編に詩がある。美しさに満ちている。
彼女の歌の世界、音楽世界をモチーフに、自分は
サイトやセッション、特にナチュラルヒーリング、ハーブワーク、
ガーデニングワークを作ってきた。

それがこれ、
EARTHANGELGARDENS
http://earthangelgardens.net/

以前、デザイナーの先生から、
「君の創るデザインは詩だね、物語だね」
と言われたことがあるが、とても嬉しかった
自分は詩を作るつもりでガーデンをデザインし、
庭造りをする。
自分のエネルギーワークも、天使と織りなす音楽である
そして、スピリチュアルとはアート、魂のアートだと思っている

実際、庭のデザインも、スピリチュアルヒーリングも
まず詩を書くことから始めることが多い

この僕の心のなかの、そして魂の中の、
すっと奥へと広がっていく、広がっていく、それは本当に広大な世界
そこに僕とすべてのものの創造の力との、触れ合いを見つけた
そしていつしか、僕は気づく
僕自身がこの創造の力そのものであったことを
―the poem, the book of Gabriel

そんな中、彼女の芸術世界は、私のスピリチュアリティーの一つの指標。

憧れであり、ずっと自分を励ましてくれた
私がわたしらしくスピリチュアリティーを生きるための励ましであり
インスピレーションの源泉。

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これからの時代、スピリチュアリティーはなくてはならないものになるだろう
私たちすべてが、真実を、自分を、改めて捉え直し
本当の自己=魂あるいは物質を越えた広大なもの
と出会って行くことを余儀なくされる
そういう時代に、もっとスピリチュアリティーが自由でとっつきやすく
カジュアルで安心できるものであることを私は願い、

私は私なりのスピリチュアリティーを目指していきたいと思うのです