夜逃げするヴァンパイア

スピリチュアルな人生に自分の好みを言える場はない
ーアジャシャンティ

このタイトルは私のブログにしては珍しくスリラーな印象があるけれども
まさに今日書くことは「thriller」なことだと言えるかもしれない

読む人にとってはいい気がしないかもしれない
でも書かずにはいられず、ずっといつかは書こうと思っていた

ちなみに、「夜逃げするヴァンパイア」。結構上手くできたタイトルだな、って思う

ヒーラーになりたい?でも、そこにあるのは・・・

さて私のところに、時々「私はヒーラーになりたいです、どうすればいいでしょうか」
という質問をいただくことがあるんだけど、

私は誰かがヒーラーになることに反対でもないし、でも賛成でもない

出来れば、私のセッションを熱心に受けてくださっている方々には、ヒーラーとは言わなくても
何かの形で仕事に、そのスピリチュアルな体験とかそこで得たものを活かしてもらえれば、
といつも思っている

ただ、ヒーラーになりたいという希望に対しては、
素直に「そうですか、いいですね」とは言えない

それには大きな覚悟が必要だ
ヒーラーというのは、そう簡単にできるものではない

現代社会では、「ヒーラー養成講座」とかヒーラーやセラピストのためのスクール、講座などが山ほどに
あふれているため、それさえパスすれば誰でも何かスピリチュアルなことができてしまうかのように
謳われているが、実際のところ、スピリチュアルプラクティスを他者に向けて提供する身になるには、

持て余すほどのスピリチュアルなパワーと、霊的な能力が必要になる
それは習ったことをただ踏襲していれば成り立つような単純なものではない。

そして、そうした能力やパワーよりももっとずっと獲得するのに難しいのが
他者を受け入れる能力、コミュニケーション能力だ

特にスピリチュアルな世界における人とのやり取りは、
元バリバリの営業マンだったとか、バリバリのCAだったとか
そういう接客キャリアがあれば、やりこなせるとは限らない

スピリチュアルな分野に興味を持つ人の中には、非常に重症な人とか、
とても敏感な人、被害者意識の強い人、意識がおかしくなってる人、
依存的な人などもたくさん集まってくる

そういう人と、うまくやり取りができ、出来ることはできる、出来ないことはできない、
やりたくないことはしない、やれることならきちんとやる。そういうスタンスをはっきりと提示できるか
どうかが常に問われる

そして出来ることと出来ないことを、率直に伝えられるかどうかがカギとなってくる

なぜなら、ある程度まで率直でないと、あっという間に本当にべったりと依存されて
エネルギーを吸い取られてしまうからだ

ヒーラーの在り方を決める「健全な境界線」

この、「適度な境界線」「健全な境界線」を引くことが、スピリチュアルな分野では非常に難しい

なぜなら、普通の「接客」や「商売」の世界だと、ある程度の社会通念や営業のスタンスに沿って
人との距離感というのはあらかじめ暗黙の了解があって成り立っているといえるけれども、

こと「スピリチュアル」とかヒーリング、セラピーなどの分野の場合は
初めからもう境界線なしで、「私を救って!!」と言わんばかりに突進してくる人がいる

それにどうこたえるのか?
ヒーラーの頭の中では、
一方では、「スピリチュアルな人は、無条件に愛情深くなければならない、天使のようでなければならない」
「やさしく、穏やかで温かく」なければならない。そういう顧客のイメージを壊してはならない。
という一般的なヒーラーに対する”ラベリング”に自分も応えようとする。

しかし一方では、自分はそんなに大した人間ではないし、
(いつも私が書いているように)ヒーラーなどと言えども
怒りもすれば憎みもするただの人間なのだから、
そんなに人の感情やもたれかかってくる人々を受け入れる許容などあるわけがない、という本心がある。

そのはざまで悩み苦しむのが、ヒーラーというものの宿命であり、
それに耐えられるかが、ヒーラーの資質を決めると言ってもいい。
それは、霊的能力よりも大事な部分だ

エネルギーヴァンパイアとどう対峙するか
~あるヒーラーからの怒号のような助言

欧米では、ヒーラーやスピリチュアルプラクティショナーたち、エンパスたちが如何にクライアント達と
境界線を築くのかということについて、多くの議論やアドバイスがある

そして、境界線を踏みにじって、人のエネルギーを吸い取ろうとする人を
「エネルギーヴァンパイア」と呼ぶのが習慣になっている

そう呼ばれる方としては、吸血鬼などと言われてうれしいはずがないが
エネルギーを吸い取られる側からすれば、そういう人たちは全く、
ホラー映画のお化けよりもおそろしいかもしれない存在だ

私も以前は、こうした「エネルギーヴァンパイア」に疲弊したことがあった
そういう人たちは、心がとても傷ついており、そして傷ついている自分を
ひたすらかわいそうなものと思っており、いつも「救い主」を探しまわっている

そしてあのヒーラー、このセラピスト、あれでもない、これでもないと
あちこちに通っては、最初はいい思いをして、後になってトラブルや気にいらないことが
出てきて、「あんなのは本物のヒーラーじゃない!」とネットで悪口を書いたりしながら、
余計に自分もマイナスエネルギーを抱える羽目になって、また次のヒーラー、次のセラピストを
探して歩き、「スピリチュアルジプシー」となっている

こうした人たちは、ひとたび誰かが、「この人、頼れる。やっと見つけた!」と思うと
飛びついてきて、ヒーラーをほめそやし、個人的悩みを長々と説明し、
こちらが「受け止めてあげなくちゃ」「ヒーラーなんだから、優しくしてあげなくちゃ」
と思って嫌なのに優しく接していると、どこまでも頼ってきて、もう朝も昼も夜もなく
連絡してくる。セッションを受けてくれるのはいいが、ちょっとのことで文句を言い、
ひどい思いをしたといって泣いたりもする。
勝手にこちら側を「無条件の愛をくれる、すばらしい、優しい人」と理想化し、
いつしか理想と違うと分かるとべったり愛が憎しみに代わって豹変する
そして、「一生あなたについて行きます」態度が変わって今度はネットで嫌がらせなどをしてくる

ヒーラーやセラピストというのは、いつでも、そういう人たちに
エネルギーを吸い取られ、生活さえも疲弊させられるリスクを持っている

私がそういう人たちに、まるで生き血を座れるようにエネルギーをとられていた時、
ある先輩ヒーラーに相談をした
すると、びっくりするくらいの権幕で怒られた

「あんたそれでもヒーラーなの?それでもプロ?お金とってやってんでしょ。
だったらはっきり言いなさいよ。やれないことはやれないって言いなさい。そんなこともできないで
プロって言えるの?自分を見直しなさいよ、くどくど弱音を言ってないで。嫌なことは嫌だと、
あなたは手に負えない、とはっきり言いなさいよ。それで誰かがいなくなっても、いいじゃないのそれで。
あたしなんかかなりはっきりしているから、はっきりものを言われても構わないって人しか私の周りに来ないけどね。それでいいでしょ、なんか文句あんの」

というような調子で言われたのだった。その権幕に、
こっちこそ「ヒーラーなんだから、もうちょっと優しい言い方はないのかよ」
とぐさっと来たが、今思えば、あれだけはっきり言ってくれて、感謝している。

あれほどガツンと言われなければ、目が覚めなかった。

そして、「私は私の身を守っていいんだ。私が安らかでいる権利を主張していいんだ」
ということに気付かなかった、と思う。

あれ以来、私は私のもとにやってくる人や、クライアントさんたちへの態度が一変した。
私は、まずはっきりと何でも言うようにした。
そして私にできることはこれこれです、そしてできないことや、やりたくないことはしませんという、
基準を作り出した。「それでもよろしければ、私のセッションをよろしくお願いします」というスタンスだ

セラピストを困惑させる「理想化」

一般の方々がセラピストやヒーラーというものをいかに理想化しているか、ある体験があります
私があるスクールに通ってセラピーについて学んでいた時、多くの人と出会いました
皆で切磋琢磨していました
しかしその中に、異常なまでに人への依存心やスピリチュアルなものへの理想化がつよいひとがいました
その人は、自分が尊敬するあるセラピストが、ある件で訴訟を起こした、と聞いて、
泣き出しました。大泣きしていました。なぜか?
「愛と光に生きるスピリチュアルなセラピストが、なぜ人を相手取って戦うの?なぜ人を告訴するなんて戦闘的なことをするの?なぜ許しに生きられないの?」と言って泣くのです。そして、その話を伝えた私たちまで責めはじめました。「そんな話してくれなければ、私も先生を信じていられたのに。なぜしたの?」という始末です。

これは大いなる勘違いと言えるものでしょう
なぜ、愛と光に生きるものが訴訟を起こしてはいけないのでしょう
なぜ、不正があったときに、間違っていると叫び、怒り、訴えてはいけないのでしょうか?
愛と光に生きる者、は、そんなことさえもしてはいけないのでしょうか?

ヒーラーは最も辞める率の高い仕事

あれをガツンを言われるまでは、私も無条件の愛というものを勘違いしていた
そしてヒーラーというのは何でも言われるがままに相手の言い分を聞き、わがままでも理不尽でも聞き、
どんな依存的な人やおかしな人でも無条件に受け入れて、自分が傷ついてでもその人を受け止めてあげるのが
「ヒーラー」なんだと思っていた

周りにも、そういう勘違いをして、一生懸命理不尽な要求や態度を受け止め、相手からのものすごいマイナスエネルギーをその相手に代わって浄化してさえあげている「ヒーラー」や「セラピスト」は少なくなかった
そういう人たちは、「受け止めてあげなくちゃ、愛を見せてあげなくちゃ、愛で答えてあげなくちゃ」
と思いすぎて、結果的に自分に愛をあたえるどころか、自分の中は愛がなくなりカラッカラになってしまう

これは何もヒーラーやセラピスト分野の人だけでなく、教師業や福祉業、エンパスと呼ばれるスピりチュアル感度の高い人で人に頼られやすい人、スピ系のブロガーなども、人からの無理な要求や依存という「攻撃」に合うことがあるので、要注意なのである

そして周りから「なんてすばらしい、いいヒーラーなんでしょう」という評判だった人が
突然この仕事をやめる。ひどい時は、夜逃げする。今更、「本当はひどい人だった」と言われるのも
今更、多くのクライアントを裏切ることもできないので、消えてしまうのだ。

こうして、ヒーラーというのは、非常に辞めやすい仕事になっている
海外には、途中で連絡がつかなくなるヒーラー、サイトが止まっているヒーラーがとっても多い
辞め率ナンバーワンくらい、途中で辞める人は多い

「え、まさか、私はそうはなりません。」
と理想いっぱいの時期のやり始めや、スクール通いなどをしているときは思うかもしれない

でも、やればやるほど、人との境界線をきちんと持っていない場合は
続けられずにふっと消えていく、そういう人が非常に多い

ただでさえ、人のエネルギーを受け止め、魂の領域に踏み込む仕事は大変であり、
ずっとは続ける仕事ではないと思っている。でもそこに来てエネルギーヴァンパイアが
出現すれば、もっと現役時代は短くなる

だから、ヒーラーになりたい、と言われても、複雑な気持ちだ
それがいいこと、とは必ずしも言えない

「私のスタンス」で生きることが長続きの道

私は以前カナダにいるフラワーエッセンスの先生に、
「エネルギーヴァンパイアとどう付き合えばいいと思いますか?」
と聞いたことがある
先生は、「それはとても良い質問ね」と言いながら、

「あなたが自分をしっかり持つのよ。しっかりグラウンディングして、しっかり言いたいことを言う。
自分のスタンスをしっかり持ちなさい。すると不思議なことに、わがままな人依存する人達が寄ってこなくなるの」と経験的な話をしてくれた。

確かに、自分のスタンスをはっきりさせてからは、ひどいエネルギーヴァンパイアと遭遇しなくはなった
でも相変わらず、色んな人から問い合わせが日々あるだけに、正直私にはきついな~と思う人も出現する

そういう人の中で、私にやはり依存してきて、「依存されることはきつい」ということを述べたときに
「あなたは冷たい。あなたは愛がない」とかなんとか、やはり文句を言われたことがある

つらかった。別に冷たくしているわけではないのだ。ただ、自分の言い分をはっきりし、
境界線を保たなければ、続けていけないことだからなのだ。
このような仕事をするのに、自分の身を守り、自分を愛することを最優先することが如何に大切かを、
ただ頼るだけの人には、決してわからない。

スピリチュアルな仕事というのはいろんないみで大変な作業である
それは、人の魂の領域に踏み込むという、非常にデリケートな仕事であり、すべてが
聖なる作業であり、実際には「わたし」という個人ではなく、聖なるものが動かしている作業である
こういうことを、続けていくには、私自身に十分な愛と、十分な燃料が必要である
そして、「寿退社するんだ」と言いながら、結局私はこの仕事を何らかの形で続けたい
この仕事は使命だからだ。自分でいうのもなんだが、自分にしかできない、自分に与えられた使命を
この仕事を通じてこの地球という星でやっているつもりだ。だから、なるべく多くの人に、
多くの天使を届けたい。その使命を果たしたい。

だからこそ、むやみにエネルギーヴァンパイアにパワーを吸い取られていてはならないのだ
そんなことを、許してはならないのだ。本当に天使を必要とする人たちのために…

エネルギーヴァンパイアだって天使を必要としているだろう

でも、自分を自分で管理できない人には、スピリチュアルな道は合わないし、スピリチュアルな道は進めない
自分が傷ついているからといって、「愛」をくれそうなスピ系に走る人はいっぱいいるが
スピリチュアルはそんなご都合のいいものではない

前から言っているけど、スピリチュアルな人生こそ、厳しいものなのだ
天使に出会う、ということもある意味では厳しい体験だ
それをエネルギーヴァンパイアは、ひたすら自分に愛をくれるものが登場して、
気持ちよくなり、何か甘えさせてくれそう…と考えている

そういう人たちは、いずれ高次から、蹴とばされる
その人の魂を強くするために、高次の存在は、人にいくらでも試練を与えるものだ
エネルギーヴァンパイアは、それも認めない
そして、嫌なことがあるとヒーラーやセラピストや他の人のせいにする

エネルギーヴァンパイアにならないために

今まで、ヒーラーや、受け止める側がいかに「吸血鬼」にやられないかを書いてきたが
逆に、無意識のうちにエネルギーヴァンパイアにならないようにする心がけについても書いてみたい

スピリチュアル系の人の中には、気付かないうちに、エネルギーヴァンパイアになっている人がいるからだ
こういう人には一定の傾向がある
あなたはそれに当てはまらないだろうか、誰かの”生き血”を吸って生きていないか、考えてみてほしい

こういう人は依存傾向やエネルギーヴァンパイア傾向があります

1.聞かれてもいないのに、よく知らない人に自分の人生体験を長々と話してしまう
2.あのヒーラー、この占い師、とあちこちめぐってスピリチュアルジプシーをやっている
3.誰かや何かに傾倒する傾向がある(心酔しきってしまう)
4.ヒーラーやセラピスト、スピリチュアルに対する理想が強い
5.母性を求めている、母親および母親代わりだった人からもらった
母性愛が欠けている(と分かっている)(無意識の場合も多い)
6.恋愛相手をすぐに「ソウルメイト」と思ってしまう/友人にべったり傾向がある
7.スピ系には興味があるが、ただのものや安価なものばかりにできるだけ頼ろうとする
8.ヒーラーができない、と言っているのに無理にお願いすることがよくある
9.あちこちのヒーラーや占い師やセラピストに、「今あなたは生まれ変わる時です」とか
気持ちの良いことを言われたくて、何度も何度も同じことを聴き、確認するためにサロン通いをしてしまう
(そして何も実践しない、ただ何か言われたいだけになっている)
10.相手に心酔していたのに、腹が立つことがあると、突然逆上する。あっという間に去っていく。

 

誰にでも、誰かに頼りたい気持ちはあります
そして、頼る時は頼っていい、甘えるときは甘えていいと思います

でも、それには立場が対等でなくてはなりません

ある時は自分がたより、ある時は自分を頼ってもらう
ちゃんとエネルギーの交換が出きていればいいんです
それを一方的にもらおうとしすぎると、吸血鬼になってしまいます

エネルギーの交換が健全にできるようになると
確かに去っていく人は去っていきます
それも、人によっては悪口の一つも言われて去っていくかもしれません

でも、良い関係も多くなっていきます
魂レベルの関係は目に見えて増えていきます
その方がいいと思いませんか?

 

 

 

 

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