アセンション~地球と個人が新しくなる時,  各種ヒーリングセッションおしらせ,  地球とガイア~スピリチュアルな視点から,  新しいスピリチュアルな生き方,  精霊と共に歌い踊る~ネイチャースピリットとの交歓

山は聖なるポータル~自然のスピリチュアルな力と繋がろう

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自然は盲目的に動いているのではありません。
人間と同じように、内なる意識を持っているのです。
私たちは存在しています。
すべてが一つであることに気づいたとき、あなた方は知性を超えた意識で、私たちのことをわかるようになるでしょう。

―To honor the earth より

山は聖なるポータル

こうして熊本の状況を見ている中、何か自然の持つスピリチュアルな力や、
自然とスピリチュアリティーの関係性について
書けないかと思っていると、偶然、東北の震災の時に自分が書いておきながら
(当時のHPやフェイスブックで)投稿しきれなかった記事を見つけたので
ここで載せたいと思います

その投稿の前に、自然の持つスピリチュアルな力とアクセスし、つながりたいと思う時には
ぜひ近くの、あるいは自分が気になる「山」と繋がってみてください
山に近寄らなくても上らなくても全くかまいません
ただ、自分が気になる山があれば、根気をもって繋がってみるようにすると
山に魂が同調しチャネルする力が生まれます
そしてそのうち、山がいろいろなことを教えてくれるようになるでしょう

山というのは聖なるポータルで、宇宙的なエネルギーをそこに集めています
丁度ピラミッドと同じようなもので、頂点があって、そこから宇宙的なエネルギーを受信しています
日本での最大の山は富士山です
聖なるパワーを常に受けとめ、補充している山は、聖なる力を持ち
ある種の情報を流しています
山にアクセスし山と同調できる能力が出てくると
山が訴えることがわかるようになります
今、地球のコンディションはどうなっているか?
どの辺で地震および何らかの地球変動が起こりそうか?
エネルギー的に今住んでいるところは安定しているか、揺らいでいるか?
今のエネルギーは良好か、濁っているか?

などなどを、山を通して感じ取ることができるようになるでしょう
私は震災のずっと前から、女川周辺のエネルギー場がくずれ、
非常によくないことが起こることを金華山に伝えられていました
最後には自然の精霊たちから、
「2011年5月までは宮城から出ていなさい」と警告されました

山のスピリチュアリティーに同調することは
新しい魂レベルでの生き方の時代には生活にも大切なことだと思います

その時必要なのは特別なスピリチュアル能力ではなく、
山や自然や地球に対する敬意と、純粋な気持ちと、根気です
山にちょっと意識を同調したからといって、山がすぐに答えてくれるわけではありません
スピリチュアルなことは何でもそうですが、修錬が大事なのです

遠くに見える山でも構いません
私は近くから観える富士山にもよく同調しています
傍にはありませんが、女川の金華山にもエネルギーレベルで同調します
一番よくつながるのは、仙台の泉ヶ岳です
すごく良く見えるポイントがあるので、そこに行くたびに
山とつながり、震災後は日々、
今の宮城のエネルギーコンディションについて聞いていました
山が美しい時は、エネルギーも良好です
逆の場合、何らかの注意をする必要があるでしょう

山は震災でくずれた様々なエネルギーの調整役を果たし、
磁場やグリッドを安定させ、新しいエネルギーを補充することにも
大変頑張ってくれている、一つ一つが神聖なパワースポットです

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金華山のメッセージ~自然の持つ神聖な力

私に祈り、私へと輝きだしなさい
私にはあなた方を受け止める力が、今なお、あるのです
~金華山のディーヴァより

こどものころから、金華山が好きでした。

金華山に住みたいとずっと思ってきたし、黄金山神社の巫女になりたいと思っていました。

私にとっては、金華山はいまでも、宮城の偉大なパワープレイスとして、
きらめく力を持ち、逆に言えば金華山の力が弱まると、
また宮城のエネルギーもおしてしまうということを、金華山自身に聞いてきました。

実際に古代の宮城人は正しかったのです。

その力に気づき、あの山を霊山として敬い始めたのですから。

(金華山は奥州3大霊場として知られています)

金華山は強いエネルギーポータルとして機能しています。
そしてその力は、「金華山」と呼ぶだけで周りに良いエネルギーを振りまくほど強く、美しいのです。

私はいつも金華山を意識しています。金華山へと祈り続け、同調してエネルギーワークをしています。
あの山がより、より輝くとき、それは私たちの生命に力を与えるからです。

さて、今回なぜその話をしたのかということ。

私は生来、霊的な感度の高い人間でした。
それはおもに自然との深いつながりから生まれ育まれた力でした。

「金華山」と話をしている、などといったら、普通の人はばかげた奴だろうと言うでしょう。

でもそんなことは私にとってはごく当たり前でした。
私の自然とのつながりは、ナウシカやシータ、ラナのようなもので、ジブリの世界を地で生きています
自然と交流する、交歓する、自然と語り合う、
より高いレベルのエネルギーにチャネルする、それは私にとって日常的なことなのです。

けれども、そうした能力はことごとく暴力的な偏見にさらされます。
私はそれがよく分かっていました。なぜ人は自分に今たまたま「わからない」からといって、否定するのでしょうか?

なぜ人はナウシカやラピュタの世界をあこがれの目で見るのに、
自分たちはもっとリアルなエネルギー的世界の中に生きていることへは、
かたくなに心を閉ざすのでしょうか。それがたったいま科学機器で証明できないという理由だけで・・・

しかし実際には、私たちにはナウシカよりはるかに深い自然との交流が可能なのです。
私たちはもともと、そうした純粋な、地球と一つであるスピリットなのです。

私は金華山に、これでもかというほどそれを聞かされています。

科学で証明できないとか、自分には見えない・感じられない・繋がれない、という理由で、
見えざる世界を、言い換えればスピリチュアルで非物質的な世 界が厳然として存在することを、
否定し、ばかにする風潮は今もあります。
かといえば、それにはまり込み、盲目的に何でも信じ込みすぎる傾向のある人もいま す。

それは私は、その人の潜在的恐れから来る抵抗だと思っています。

別のポストにも書いたように、私のスピリチュアルな能力は、
これでもかというほどつらい苦しい体験を乗り越えていくたびに強くなり、
とどまるところをしらないほどになって、いつしか私はヒーラーとしての生き方を、自覚を選んでいました。

けれでも、上に書いたような理由で、
それをおおぴらに公言することはしないで生きるだろうと思っていました。

それを変えたのが、自分の故郷に起きた震災でした。
その時悩みに悩んで、自分はスピリチュアリティ―について
これからはもっと、伝えていこうと思ったのです。

私は震災の前から、ずっと金華山の言葉を聞いてきました。

彼女(私にはこの山は女性的エネルギーに感じられます、金星とも繋がりが深いです
)が「もうとても疲れた」といっているのも、エネルギーを落としていっていることも何年も前から感じていました。

自然のすべては、私たちにメッセージを送っています。
金華山のような巨大なエネルギースポットならなおさらです。
無視できないくらいのエネルギーを本来送ってきているのです。

自然とのこうした魂での交流を、私自身「人にバカにされるから」
という理由で無視してきたこと。伝えきれなかったこと。

それが私にとっては、とてもやるせないこと、我慢ならないことでした。

私たちはどうしても今、地球と調和しなければならないのではないか。

でもどうしたらいい?

わからない。

でもその答えは見えないはずの、
聞こえないはずの自然・地球の知性・知恵・ハートとの交流にあるのではないか。

私に聞こえてくること、それが誰かの真実にはならないとしても、
少なくとも私はそれを私なりに伝えていく必要があるのではないか。

今では強くそう思っています。

もちろん私などは、至らない人間です。

偉そうなことをいう立場にはないくらい、未熟ですし、
地球を汚しまくってきた人間であるのに、自然について語る資格はないと、自分でも思って来ました。

けれども、伝えずにはいられない。

もういよいよ、スピリチュアルなレベルでの認識が、
意識が、もう少しでも受け入れられていいのではないか。

もちろんそれは、誰にも強要できることではありません。

けれども、ずっと自然との協調とは何かを探求してきた自分が、
私なりの真実は、語っていいと自分に許せないか?

今回勇気を持って金華山の話をしたのも、その重要性を伝えたいからでした。
金華山がそう言ってくる、そういう感じがしてならないのでした。

あるとき、夢を見ました。

それは亡くなった祖父が、金華山の古文書を開いて見せてくれて、
どれほどに大切な山なのか、ということを教えてくれる夢でした。

私はなおさらに、その必要性を感じました。

もちろん、自然の中で大切なのは特別なパワースポットだけではありません。
私はいわゆるパワースポット本を開いて、そこに行ってみるということはしません。

エネルギーレベルは、自分で確かめるのです。地球が教えてくれるからです。

何を自然から感じるのか、そのありのままを、
お伝えすれば、今は金華山なのです。

私はこれから、自然のことも含め、スピリチュアルなことを、
出来ることはお伝えし、またエネルギーワークも

より優雅に堂々とやっていこうと、決意しました。

スピリチュアリティーにおいては、魂にとって、偶然であるものなど何一つ存在しません。

私たちはただ現象の中をもがき漂う物質ではないのです。

もしよろしければただそれだけでも、
ちょっと心にとどめていただければ幸いです。

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