フェイスブックやめたい、ツイッターやめたい、インスタグラムやめたい、SNSやめたい。そういう時は…

こんばんは
この度はラインに新しくライングループを作りました
フェイスブックページの代わりとなります

それについてはまた改めて告知したいと思います

今日は、

ライングループにお誘いしながら、SNSについてグダグダと書くのは矛盾していると
自分でも思いますが(笑)最近のSNSと人間関係について、スピリチュアルな視点も交え、

(ライングループをやるからこそ)書いておきたいと思います

多くの人がSNSに疲れ、
SNSを止めている時代
だと思う…

 

そもそもそう思ったのはラインにお誘いしたとき、多くの方が
「私はSNSはやりません」と言ってきたこと。それにSNSから距離をおくようにしている、
SNSアカウントはありますが閲覧のみにしています、あのSNS、このSNSもうやめました、
などとも度々聞きました。かく言う私もフェイスブックやめましたし、ツイッターも止めました

なので「止める」「離れたい」「参加はできない」
そうしたスタンスについて私は「もっともだ」と思いますし、
自分もそういう方向になっているので、
ラインへ執拗にお誘いすることもありません

ラインを作ったのは、Facebookページを止めた今、「人との繋がり、を持てる手段を1つは
維持しておきたい」から。です。とても単純な理由からで、何か大きなことを期待はしていません

正直、私は人々のSNS疲れとSNS離れは世界全体的に進んでいると思います
統計を取ったわけではないですが、距離を置こうと努めている人は増えていると感じます

それでも人と「つきあっていかなければ」と思っている場合、止めちゃうとみんなから
のけ者にされる感があって嫌々ながらも続けているケースは
若い世代になればなるほど多いと思いますが、全体としては、
もうSNSはたくさん、という気持ちが蔓延していると思います

あとは、大きなSNSから小さなアプリのSNSに分散されていっているというのもあると思います

 

SNSに疲れ翻弄されてきたのは、
あなただけじゃない
~Facebookの変化、私の見解

 

その傾向はもうずいぶん前からありました
震災直後、フェイスブックが原発問題を中心とした情報拡散、情報確認に大活躍して、
また一時的に日本人も社会問題を声高に語る風潮がどわっと溢れてきた時がありました
その頃、フェイスブックは日本で丁度やはり始め、次々と登録者が増え、盛り上がりもすごかったです

使い方によってあの頃フェイスブックを通して見えてくるものは違ったかもしれませんが、
少なくとも311以降しばらくは、日本ではフェイスブックとツイッターは
正義的な手段、新しいソーシャルコミュニケーションの台頭のようにもてはやされていて、
そこから「スター」になる人も珍しくなかったです

そして、多くの人が非常にアクティブに投稿していたし、顕著だったのは、
すごく簡単に友達ができたことです
あの頃からしばらくは、フェイスブックもツイッターも、友達申請すればすぐ友達。
すぐ繋がれて、すぐ会話が始まった
人と人との垣根があまりなかった。

また、人々が震災を経験することで、より「語り合い繋がりあう」ことを重視した一時があり、
情熱的な人も多かったので、(一時的に)、すぐ真剣な話も含めた会話が生まれました

 

でも、それがソーシャルなものから段々、パーソナルな見せあいの手段に変わっていきました
311のあとしばらくは、どういう日本にしていくか、どう被災地と助け合うか、熱心に議論されていたのが、
徐々に消えはじめ、そのうち「自己自慢系」「承認欲求系」SNSに変わっていきました
特にフェイスブックがそうだったと思います

皆が次第に、社会的なことじゃなく、自分の自慢話をしあうだけの場所になっていった
一見、自慢ではないように書いてあっても、見る人によっては、自慢になることもあります
また、自慢ではないように見せかけて実は大いに自慢している場合もあります

そして「リア充自慢」という言葉もその頃から言われ、皆が自分のキレイでいいところ、見せたいところ
だけを切り取って見え合う、正直言いますが極めてバカみたいなエゴの「見せびらかし主戦場」
みたいなところになっていきました

SNSっていつもこういう傾向になっていくんですね
今はインスタグラムがその「役」を担っています

インスタグラムは特に写真で勝負なので、世界中の人がセルフィ―になり、
自己陶酔の中ひたすら自分を格好良く見せあおうと競い合っています
まさに魑魅魍魎とした自己陶酔自己自慢大大会が毎日開かれています
そしてそれらの多くは、元をたどればただの宣伝です(商品の)

ところでフェイスブックが自慢大会の場所になってからは、フェイスブックの人気は
次第に落ちてきて、投稿も情熱的ではなくなりました
多くの人が、ブログや、それ以上に頼りにしたのがyahoo知恵袋などの、匿名で投稿できる
質問サイトです。こういうところで、自分がフェイスブックに疲れたと、止める方法はないかと、
質問しているのを見かけるようになりました。フェイスブックでは本当の自分、本当の思いを打ち明けられないのでこういう質問サイトが、人生相談の大きな場所になっていきました

今は、フェイスブックはもう流行っているとは思えません
あまりにも世界的に皆疲れて、更新が止まっている友達も山ほどいます
何らかのグループに入っても、営業ばかり・・・

積極的にソーシャルな意味でフェイスを使っていたスタイリッシュな人々は、もうそこにはいない
何となくですが、本当に最先端の人たちは今はあまりSNSに期待していないと思います

自分でホムペを作って、それをSNSに連携させてはいますが、自分主体で出来るものを第一にしている
感じがしています、私の見解ですが…

 

SNSは自慢の主戦場になってしまった

 

なんで人はSNSというと、自慢大会に終始してしまうのでしょう?

低波動のエゴがSNSを使うと、誰かに何かを見せびらかしたい、そして自分というものが
幸せで満たされていてあなたよりも上、という気持ちに浸りたいという欲求に火が付くようです

この低波動のエゴのことをオリンは「副人格」と呼んでいるようです
(オリンが指しているのがこの低波動のエゴのことなのかはっきりはしませんが)
私の先生たちなどは、low energy-self,low selfなどと呼んでいる
いずれにせよ、本当のわたし、本質的なわたし、魂、スピリットである私ではありません

けれど、こういう低次元の自己が大活躍するのが、SNSという場所です
なぜか、こういところでは、その人の愛としての本質が大活躍するのを見たことはありません
皆が、副人格の方で争いあっている、という感じです(表向き、仲良くしているようにみせて)

 

もともと人にはエゴという部分があります
それをスピリチュアル心理学などは否定していません
否定的なものではなく、ただ物質次元で生きる場合のアイデンティティを司っていると
私の先生のアンドリューはいいます

エゴがなくなると、宇宙と完全に一体になってしまいますから、アイデンティティを持つために、
エゴというものを使っているのだと考えます。
これは大体、スピリチュアルな考え方では一致することかと思います

エゴには承認欲求があると思うし、それは自然なことだと思うんですが
SNSという手段がそれをかなり助長しているというか、
助長どころか「大スイッチ」を入れてしまってます

 

誰かが承認欲求のために、一つ自慢をすると、人の競争意識が刺激されて、自分も幸せな姿を
アップしてみせておこう、と思ってしまう。そうすると他の誰かも刺激され…と連鎖されて、
どのSNSも結果として、自慢だけが延々と繰り広げられる場所になっていく

 

自慢というのは非常に低い波動です
皆さんも気をつけてください
自慢することで、人を傷つけることがあります

もし、誰かが失恋した直後だということを知っていながら、自慢気に、
その人が見ると分かっていて彼氏とのラブラブ写真を投稿したとしたら、
それは故意に人を傷つけているので、自慢を越えています。カルマです

こういう場合、その人はカルマを背負い、後になって転落人生になったりします
有名人や一時的に有名になってチャラチャラし、幸せが続いているからと
いい気になって、自慢気に生きていた人があっという間に
転落することが多いのは、何か他に理由がない限りは、
その人が自慢することで負ったカルマのせいだと見ています

 

結局、皆がSNSに疲れている
一番の理由は嫉妬と競争

 

私は人のエネルギーが見えるし、ヒーラーという立場だからなのか、
仕事ではなくても、人から本音や苦しみや悲しみを告白されることは昔から多くありました

人の本当の姿は、SNSに投稿されているようなものではありません
確かにその投稿の瞬間は幸せだったかもしれませんが、オーラを見れば、いろいろ抱えていない人など
誰もいません。見ていられないほど汚れたオーラの人も多く、そういう人がリア充自慢をしていると
本当に無駄な努力をしているんだな、とかえってかわいそうになりました

 

リア充自慢なんか、止めるべきです
リア充など、演技にすぎないのですから
幸せ競争はみじめです
それより、本質に還る努力をする方がずっと身のためです

だから、エゴの幸せ競争が繰り広げられるSNSを止める、使わないと自然と流れていくのは
進化なのかもしれません、そうとさえ思います

まだ未だにリア充自慢をやっている人がいるならば…やめましょう。
自分の波動が下がるだけ。

ヒーラーから見れば、お見通しです
綺麗な家、素敵な海外旅行、かわいい服、イケメン彼氏やイクメン旦那、満足した家庭生活、
すべてうまく行っている素敵な私の人生・・・・そんなことを演じたって、あなたの中には
ブラックなドロドロしたものがたくさんあるでしょうが…
そう言いたくなります

でも、人は、エゴと本質が見分けられないうちは、どうしても人と競い合い、
人に見せびらかしたいと思ってしまうものなのですね

そして、見せびらかされれば、当然それが自分の欲しいものであれば
嫉妬し、うらやましいと思うのも人の自然な姿。

とくスピリチュアルな人や本では
「嫉妬は一番いけないことだ。嫉妬するのはやめよう」
なんて簡単に書いてあるけど、人間は嫉妬する生き物です
私だって簡単に嫉妬します
嫉妬しない人、嫉妬のエネルギーを持っていない人など見たことない。

お坊さんだって嫉妬しますよ。聖人だって、あなたのあこがれる大ヒーラーだってしてますよ。
嫉妬以上に乗り越えるのに難しい感情はないくらいです。

「嫉妬はいけない感情だ。」というヒーラーやセラピストこそが、クライアントさんたちには
聖人のような愛を語りながらも、一方では競い合い、人の成功をつぶそうと、
他人のサロンの看板を壊したり、ありもしない噂をネットで流したりしています。
(これは、私が実際にきいたことです)
(だからひっそりと、看板を出さずにやっているサロンが多いのです、
そう言うサロンの方が優秀だったりします)

うちの祖母はいいます。
「人類がなんでここまで進化してきたか知ってる?嫉妬するからだよ。他人の成功が悔しいから、
負けじと頑張る。そうやって競争しているうちにいろいろな発明とか道具なんかが出てきて、進化したんだよ。」

ってね。

嫉妬、うらやましい、っていう感情は他の感情よりも、まっさきに出てくる一番身近なもの。
ここもまた、私が、よくある優等生的スピリチュアルとは違うところですね
そう言う感情はいけない、なんて
私は優等生的なことは言いません。
それは自然だと思っているので。

それよりも、それがあることを認めて、そこから離れていくことを考えるべきです
まずは、汚い感情でも認めなければ。

そういうちっさな人間だと認め宣言するくらいでいいと思う
多くの、特にスピリチュアルな人は、「キレイに」見せたいばかりに、
嫉妬などしていないように装っていますが、
そういう在り方は「嫉妬はいけない」という入れ知恵から来ているもので、本当は、
嫉妬しているでしょう?嫉妬したり、競争したり、くやしい、うらやましい、と思ったことは
何度も何度もあるはずです。

 

まず嫉妬を認め、そういう感情をダメと思う前に、「ばからしい」と思えるほどに、
自分を愛せるようになることと、本物の真の愛の体験をすることと、
自分自身の持つ魂の本質と目的に気付くことで、

特に今の時代はSNSの中で蔓延する嫉妬や競争、見せびらかし、自己陶酔や自慢などに
自分もはまってしまうことは、自然と少なくなります

完全には無くなりません、エゴがあるから。
でも、魂の本質に気付くと、自然に小さくなり、
興味がなくなり、
あほらしく見え
他人事に観え、
関心がなくなり、
自分の人生からそういう場面が消えていくものです

 

SNS疲れを超える、魂の本質に還る

 

なぜならば、魂の本質に気付くと、

1.まず自分を許し、愛せるようになっていくから
愛に気付きやすくなり、愛に常に包まれていることが一番だと感じ、
愛を生きたくなり、愛にしか関心がなくなります、基本的には。
だから自然と、
外の他の世界と「戦う」争う、見比べ合う、必要がなくなります

2.また魂の本質には、自分にしかない本当にオリジナルな才能や能力がつまっています
それらに気付くと、それらが開花し、
自分にはこれだけ素晴らしい、自分にしかない良さがあると分かり
それが自慢ではなく「誇り」になっていくので、人の自慢に敏感にならなくなります

 

所詮自慢や幸せ競争、リア充自慢は、人の劣等感から来ていると思います

あるいは人も他者も愛せないという傷から来ている

でも魂の本質は、自分がいかに
良き力を持っているのかを見せて開花させるので
自分を認め、愛し、自分は自分でいいじゃない、っていう気持ちの方が
強くなっていくんです

自慢大会やセルフィにも全く興味がなくなり、そこから離脱するので、結果的に
嫉妬や競争も自分から消えていきます

でももちろん、人間だから自分を常に愛することは無理ですよ

自責したり自己嫌悪に陥ったり自分がつくづく嫌になったり…
そういうのを超える力が魂にはある、というだけで
その力が増していくというだけです

3.それから、魂の本質っていうのは、いつも愛がすべてだと知っているんですね
だから、愛に立ち返れるんです、いろいろ、嵐のようなことがあっても、
怒り大爆発しても、人生サイアクになっても、結局愛の力は大きくて、
愛がすべてだと知っている魂に
還るようになると、あまり外界は正直、気にならなくなります

それより、どう自分が生きるか、どうしたら自分が輝けるか(他者と比べてではなく、
源の一部としての自分が)の方がずっと大きな課題になります

外界に自分を見せびらかしてみたい、という欲求も消えていきます
矛盾してますが、見せびらかしたいと思っていない方が、逆に見栄えがしてくるもので、
かえって注目されていったりします

一時的に大注目を浴びたりする人は確かにいます、芸能人とか
でもあれは、大金をかけて注目されるように誰かというか多くの人が頑張っている結果ですから。

また、一時的にYouTubeサイトなどで大人気になる場合も今はありますね

でも今度は、その人気を維持するためにYouTubeという巨大な戦場で、ネットですから
24時間戦います、エゴは。そんな生き方、いいのでしょうか?

そしてそういう急激な注目のされ方は、いずれは「人気急落」という形で消えていくものです
なぜなら人は常に新しいものを求めるから
特に今の地球はそうですから、一時的に売れてチヤホヤされている方々は、注意してください

今、地球のエネルギーは日ごとに大変化を私たちに突き付けています
人の意識はすぐに違う方に移っていきます
皆、成長を求め、新しいものを求め、変化を求め、変容しようとしている時代なので

新しく、新しく、新しくなりたい…
そう思っています
AIなどの開発で伸びていきたいとかそういうことではないですよ
そうじゃなくて、新しいエネルギー、波動になろうと、脱皮しようとしているのです
だから、常にそれに調和したものが流行り、人々を引き付けることになります

逆に、新しいエネルギーに着いていけない人は、それに見合った低波動のものに惹きつけられるので
物事の人気は、2極化するでしょう

とにかく、変容に生きている人の間では、
本当に普遍的なもの以外は、すぐに注目されなくなり、すたれていきやすい時代なのです
それはエネルギー的にそうなのです

 

ツイッターを止めた理由

ツイッターでも、人との繋がりを肌で感じたのは、震災後しばらくの間だけでした
あの頃は、スピリチュアルなことも皆すごく求めていて、スピリチュアルな投稿をすると何か
すぐにレスがあったりして、人と繋がりやすかった。楽しかった。

でもその後は何を書いても反応なし。人との繋がりも皆無です。
スピリチュアルな内容は特にツイッターでは受けません。ツイッターの性に合わないというのか
盛り上がりを見せることはないです。それより今のツイッターは、
炎上やお互いのわるぐちやいろいろネガティブな言葉で盛り上がっています。

いつか、まだツイッターをしている時、
私はある社会問題にも熱心な方とツイッターを通じて出会いました

その人の書いていることが面白くて、人生についても深い言葉が多く、
SNS上の友達になってもらって、
一時は楽しく会話していました

ところが、ある日その人が、他の自分のフォロワーさんとケンカを始めたのです
それはほとんど意味のないケンカでしたが、2人だけの大炎上みたいになり、

フィードに流れてきてそれを読まされている間、波動が下がりっぱなしでした

とうとうその言い合いはカゲキになっていき、ツイッター上殺人予告にまでなっていきました
そして私さえも、そのケンカ相手から、
「お前は○○○のフォロワーだよな。お前の身もどうなるかわからないぞ」などと
言われたのです。ぎょっとしました。そのケンカ相手は私のフォロー友達の
フォロワーさえも憎くなっていったらしいのです

今考えれば極めてアホらしいケンカだったし、
何を大の大人が言い争いしていたのだろう、と思うのですが
私は当然、あのメールが来てすぐにツイッターを止めました

 

このように、SNSは言葉の暴力も生み出しやすいです
それはその人がもともと持っている、怒りが外に出ている状態で、ケンカや炎上自体には
ほとんど意味も脈絡さえもないのです。原因さえお互い良く分かってない

ただ自分の中の生きづらさやイライラをぶつけあっているだけです

特にツイッターには、言葉の重みが、良くも悪くも出やすいので、
言葉の戦いや誤解による衝突が過熱しやすい

 

インスタグラムも止めたい…

 

私が今使っている唯一の大きなSNSは、これで結局インスタだけとなりました

これは主に、というかただただ国際交流クラブのためにアカウントを意地で残している、だけです
それがなければ、今すぐでもやめる(笑)

インスタグラムは、画像で勝負なので、画像同士で戦っています
エゴ同士が、きれい系写真や作品、自分の上手くいっている人生スナップを
必死にのせあって、フォロワーを必死に競い合い、
世界全体で必死で皆競いあっていますし、
他者と比べあい、他者の目を気にし合っています

言っていいですかね。アホらし…

まだ、Facebookにさんざん疲れたのにまだ、まだまだまだまだやるのかと…

ここ数年で、インスタもずいぶん変わりました
SNSが荒廃していくプロセスって、まず最初は、皆が新鮮で、良い投稿をするんですよ、
流行り初めは。そしてすぐ、友達になってくれる、メッセージをくれる、フォローし合う、
絆が生まれる…などいいことが起こりやすい。

でも、その後参加者が激増すると、競争的になっていきます
やたらと周りを気にし、自分に振り向いてもらおうと、有名人も含め、

皆が大競争を始めます。そして似たような写真が膨大にアップされるようになり

個性もなくなります

こうして低波動になっていくと、今度は、

やたらにビジネス系のアカウントが増えていきます
友達を装い近づいてきて、実は商売だったりとか
あからさまに商売戦略でせまってきます

ネットビジネスが蔓延するようになります

そうやって、最初始めたころの純粋な気持ち、新鮮さを皆失い、
皆が懐疑的になっていきます

皆のハートが傷ついているような状態です

そうやって、メッセージをシャットしたり、フォロワーを無視する人が増えていき
コミュニケーションが低下していって、コミュニケーションツールではなくなっていく

そのうち、ただ情報の垂れ流しになっていく…

まったく、一体なんのためにSNSがあるのでしょうか
SNSが人体にも心にも悪いという統計や研究結果が複数出てきて、個人ベースでもそう訴える人が
続出してきたのも、納得がいきます

そして、ネットでもフェイスブック・ツイッター・インスタグラム・ライン
に疲れたという投稿や記事や情報が次第に増えていき、
今では追いつかないほど溢れています

私も一時本当に疲れて止めたかったけど、止める決心がつかなかった頃、
いろいろ意見を見たくて検索したことがあるのですが、
その頃は、日ごとそういう系の記事が
増えていっていました。そしてある記事が得に印象に残りました。

ある社会学者だったか社会学部が、フェイスブックに疲れを感じたこと、それによって心身ともに不調になったことがある人がどれだけいるか世界中で調べたところ、70%近くがある、と答えたという記事、だったと思います。ずいぶんまえなのでうる覚えでしたが、とにかくそのパーセンテージの高さに驚きましたし、

自分だけではなかったんだと理解しました

 

フェイスブック止めたい、ツイッター止めたい、ライン止めたい、インスタグラム止めたい…
それなら、一度止めちゃってください

私も昔、フォロワーさんの多かったころのツイッターアカウントや
フェイスブックの友達が多かったころの
アカウントを止めたくても、勇気が出せない時がありました

一番考えたのは、やはり人とのつながりがざっくり切れることでした
すごく悩みました

今では考えられないですが…なぜなら止めてよかったからです

確かに、止めることでいきなり大勢の友人を失った気がしました
寂しく、心もとない感じで、復活も考えていました

も、そのうち、そのすっきり感の方がずっと健康的だと感じるようになりました

あんな情報の戦いみたいなところから離脱して良かった~あ~すっきり、と思いました

そして、止めたことで消えた友達は所詮友達でもなんでもなかったことも感じました
それでも続く人はいるんです
止めても続く人は本当の友達です

あと、止めてもまたやりたくなったらやればいい

私なんかツイッターは10回ぐらいアカウント変えてます(笑)
もうさすがにやりませんが…
でも、その度に確かにフォロワーさんは減りますよ
フォロワー数を自慢したいなら、別ですが、フォロワーの数が気にならないなら、
後から改めてやりはじめると、その時の自分の波動に見合った新しい出会いが、
結構やってきます

正直、昔ほどではないですが。
どのSNSも、今は皆が心が傷ついて、疲れ果てているので
(多くの人は、SNSで魂が疲弊していることにすら気付いていないけど)
今は、簡単に心開いてくれる人はどこでも少なくなりました

でも、自分が下がっているときに、執着して無理に続けることはないです

だから、止めたいなら止めること、そこから降りることをお勧めしますね

その後、私はまたフェイスブックもツイッターも、新ブログ開設に伴い、
新しいアカウントを作りましたが
それもまた、今年になってやめています
(フェイスはアカウントを残したままですが、実質ストップ)

しばらくやっていて、ここはやっぱり自分のいる場所ではないな、と思ったからです
そして、相変わらず、続く人とは続いています
消える人は、名前も良く分からないまま、消えていきます

大した問題じゃないんですよ、本質以外は。

 

でもインスタグラムには困っていますね

なんだかんだ、3つもアカウントを持っています

これも、すべて国際交流クラブのため。
本アカと裏アカなどを作って、とにかく皆とのコミュニケーションツールとして
動かしているのですが、すごく疲れます、正直
相変わらず、国際交流クラブは参加者とのやり取りで苦労しているからです

もう見たくもないです、正直。
実は最近、ある人物の「なりすまし」に詐欺にあうところでしたので

それもあって…すごくショックでしたね

インスタも最近、ほんっとうに商売重視になってきました
フォローされたかと思うと、見ると宣伝
宣伝誘導なのが一目で分かります
あの手この手で物を買わせようとする、しつこいまでの戦略。。。

 

インスタグラムの3つのアカウント、ちなみにどれもフォロー0です
どなたも、フォローする気はありません
申し訳ないが、フォロワーさんにフォロー返しをしていません
だから、フォローは増えません、閲覧者が極めて少ないということです
それでも、もう人の流す情報に疲れているので勘弁して、って感じです

キレイな写真などもう結構
純粋な愛だけが見たいです

 

でも唯一の支えは、インスタグラムで細々とやっている本アカに
訪れてくれる人がいて、そういう方々が、コメントをくれたりメッセージをくれる時
ささやかながら、嬉しいです

私は、自慢したいものなど投稿しません
もともとは、
PROJECT01のPRと参加者募集を目的にしたアカウントではありましたが、
今は、皆が見ていてほっこりするような投稿をランダムに載せていければいいと思っています

そういうと、いきなり優等生的ですが、これは本当です

皆、競争に疲れていると思うので…
私は自我を露呈したものは出さず、
ただ天使の絵とか、PROJECT01の落書きとかを
載せているだけ。

なぜか懸命にえがいた天使画よりも、PROJECT01の落書きの方が
受けがいいです。緩い、力が抜けているからでしょうか。
でもあれも、愛なんですね、

あれも、っていうかPROJECT01こそ、
私にとっては自由に書きたいように「愛」そのものずばりを
書ける場です。やっぱり、こういうスピリチュアルなサイトだと、
なんだかんだ言って、ヒーラーらしく、行儀よく、文章もきれいなものを…と
意識し、読む方がスピリチュアルな事柄に触れやすいようにとか、、、、まあ
いろいろこれでも気遣って書いているつもりです

でも、PROJECT01の方は、全く自分の思うように
「バカヤロー!ふざけんな!ざけんなよ!出てけ!」
みたいなセリフもかけるし、人間らしいものを全面に出しながら、
それでも愛、やっぱり愛、最後は愛、みたいなものを自由にかける
だから愛の力で続けているんです

参加者は何を思っているのか相変わらず、分かりませんが
私はとにかく私の考える理想の愛をPROJECT01を通してひたすら書いているので、
例え下手くそな絵でも文章でも、
そこから愛を感じてもらえれば、嬉しいです

 

ある時、インスタアカウントを、「見ていて、ピュアな感じがして、気持ちよくなりました。
ありがとうございます。」というメッセージをもらいました

それがとても嬉しかったです

そういうメッセージをもらうためにやっているわけではないですが
そうしたメッセージをもらうことは少なくありません

インスタの良いところは、フォロワー数があまり関係ないってこと。
あれはハッシュタグがすべてだから、
ハッシュタグ如何によっては、出会う人とは出会います

実はインスタの裏アカでさえ、未だにいいね!とかフォローをしてくださる方がいます
私はフォローは絶対に0で通します
それに裏アカは国際交流クラブの活動を裏でするためだけですので、
本当は機能していないのです
インスタにもそう書いて説明しているにもかかわらず、フォローしてくれる人がいる、
嬉しいことですね

これからも、インスタグラムは、ただ愛だけを載せていけばいいと思っています

 

皆、一度ハートを癒そう、SNSの前に。

ミクシィ全盛期から、インスタがそろそろ廃れ始めている今に至るまで、
SNSではずっと、基本的には人との比較・競争・嫉妬・争い・炎上などが続いてきました

だから世界的に不健康な統計結果が出ているわけです

ミクシィ全盛の時から、SNSを利用して酷いことをする人達はいました
例えば、表示される「日記タイトル」によって親友から
よこどりした彼氏と結婚したことを報告する人など。
そういう話、きりがありません。

私も日記タイトルで人から嫌がらせを受けたことがあります

上記に書いたように殺人予告にまで巻き込まれたこともあります

信頼していた人が、フェイスブックで連絡もなくなり、勝手に友達切りされたことは
今でも忘れられません

嫉妬する自分に疲れたり、逆に私に嫉妬してくる人もいた

こういうことって、皆が、本当に皆が体験しているはずなんですね
もしSNSをやってきたなら・・・

だからこそ、ハートはそれによっても、傷ついているんですね
これは現代人の宿命ですね

ある程度もう年配の方々は、SNSが馴染みがないのでやらない、だからそういう傷がすくないかもしれません
ある意味、そういうのって、どういう傷?って思うかもしれない

我々20~40代までの世代っていうのは、本当にSNS祭り世代といっても過言ではありません
だから、気付かないうちに傷つき、心も魂も疲れ果て、自分にも他者にも疲れ、
人に心を開けなくなっています。

またSNSがすでに当たり前になってから成長した今の10代は、すでに傷をたくさん抱えています

ハートがオープンじゃなくなった、世界的理由は、気づかないうちにどうでもいい競争や言葉の暴力に
はまってしまい、それによって傷ついた結果かもしれません

それもまた、自分で認めてあげることが大事なのですね
SNSで傷ついた心も、閉塞感や寂しさ、暴力、想定外の友達のふるまい、などによる疑心暗鬼になりやすさも、
世界的に蔓延していると、国際交流クラブの団長としては思います

それを、癒すのも人の智慧。ハートを、癒してあげてください。

ピンクのピュアな光線で、癒してください

私は定期的に癒しをやっています
気づかないうちに、傷が溜まっていたりしますから…

そうやって、うまくSNSと距離を置きながら、
必応な時はバッサリ切り、そこを去る。そうやっていく潔さも、今の時代、必要かもしれません

 

 

 

 

 

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