カジュアル&ビューティースピリチュアル,  女子だってできるGIRL'S KUNGFU!

とんだロマンス、チョルスに恋して

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a Healer & the jellychocolate

 

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今日はお正月休みということで、自分の好きなことをただ、だら~と書きます~♥

さて前回の記事でもちょっと書きましたが、私は海外ドラマが好きです

海外ドラマ3つの面白い点
1.異国の文化が楽しめる
知らなかった風習とか、インテリアとか、風景、家族関係、音楽など、
多方面に渡って外国の文化を楽しめてその都度新発見。

2.異国の言葉が楽しめる
私は「言葉」が好き。普段言葉では説明しきれない世界
に関わる仕事をしているけれど、
「言葉」の中にある、
聖なる音や言葉の奥深くの、
「言葉にならない部分」など、
言葉の奥深くに触れることも文化だと思ってます。
だから多言語が好きです。
今でも語学勉強もしてます。

3.日本にはないアイディアとか創造力が楽しめる
こういう俳優さんは日本にはいないな、
とか日本にはない視点を持ったその国の監督さんとか、
ドラマの創り方とかに触れることが出来る。

特に私は日本にない「シットコム」のジャンルが大好きなので、
自ずと海外ドラマを探すことになってます

 

ところで私の定義では「海外ドラマ」と言ったら、
西洋ドラマだけでなく韓流・台湾・中国ドラマも入ります
一般的には海外ドラマ=英語圏のドラマ
というふうに捉えられやすいですが、
私は世界全体ドラマをそう呼んでます

今一番見たいのはインドドラマ。
何でも5000話あるっって話(笑)。昔マハラジャ映画とか見に行ってましたし、
何か面白そうっぽい。

正直、ヒーラーという仕事はとてもエネルギーを使います。
一般的には見えないと思われている世界を、
この物質次元に(比ゆ的に言えば)降ろしてくるっていうことは、
クリアなチャネルとなるために純粋さを保つための常なる修錬が必要ですし、

こうした一連の仕事は集中力ははんぱないほど必要です。
そういうことを日常的に行っていると、
やはり気が張りすぎてしまったり、疲れやパワー切れになりやすい。

そこで、日常的にぼや~っと出来るリラックスタイムが絶対必要。
朝5時に起きてスピリチュアルなワークに専念し、夜寝る前がドラマタイム。
それによってほけ~っとして、すべての力を抜くことで、
また新たなことに取り組める。

海外ドラマタイムは毎日の充電時間。
それも、私はしんどいドラマは極力見ないので、
いつも甘いスイーツを食べるようなもの。
海外ドラマは、とてもジューシーな果汁がぎっしりつまった
フルーツゼリーチョコレートのようなものです!

 

 

My best drama award
~That is not for him、that is yours!

今年一番の海外ドラマ~それはスタードラマじゃない

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さて今年見た中で一番のドラマは…というと、
マイク・ハー主演の台湾ドラマ「とんだロマンス」でした。
「え~~?!」って方もいるでしょうが、このドラマは構成や内容が良いとか優れているっていうより

すごく全体的に流れるものが、のんびりしてるんです
ゆったりしてるんです

英米ドラマや韓流は、最近ドタバタハラハラさせすぎていて、
人が”ゆったりしたい”、という気持ちのニーズに
合っていないものが多い。

そんな中この台湾ドラマは、お国柄が反映されているのか、
見ててすがすがしい感じが
いつもしました。

主演しているマイク・ハーがとてもいいです。
”転落する御曹司の復活劇”、っていうありきたりな設定で、
一見マイク・ハー彼のための”スタードラマ”
かと思いきや、これはラブコメが好きな人のための甘いスイーツ。

彼の演技がちゃんと物語を生き生きとスイートなものにしてくれているのは、
マイク・ハーの魅力でもあり実力でもあると思いました

そして、マイク・ハー演じるファンジャン・ユーの
ロマンスの相手となるマンリン(アンアンさん)も魅力的。

決して、「スゴイ美人が突然現れてなぜかわかんないけど恋におちちゃった」的な展開ではない

落ちぶれても決してユーのことを見限ったりしないで
「私はあなたの友達」と素直に彼を助けようとするマンリン。

そこですこしづつ自然に恋が生まれていくと言うお話が、
ナチュラルで、ありえるなと感じさせて、
恋っていいなという気持ちにさせてくれます

また、脇を固める俳優陣さんたちも、みんな魅力的でした
マンリンのお父さん、メイおばさん、ユーの部下のデビット、マンリンの友のシャオハンなど、
みな見ててほっとする。

温かいし、ユーモアがあるし、ゆったりしてる。
キャラが立つキャラが多いというか、「ロマンスコメディ」を
しっかり作ってていろんなシーンが素朴に笑えるんです
韓ドラみたいに、変にイジメるキャラも出てこないし。

ウェイチョン役のシンさんも、うまいですよね
ちょっとしたしぐさとか表情が、”優しきエリート”っていうカンジで・・・

ただ、このドラマが面白かったのは前半のみ。
残念ながら、後半になってくると話の展開が「え?」なことばかりで、

マンリンの幼馴染のウェイチョンが実はユーの父母の実子だったことが判明するなど、
ほとんど話的には不自然的すぎて、段々しらけてきました

このドラマは、マンリンとユーが友情から次第に
ロマンスになっていくあたりがピークで
いちばん夢があると思います

好きなシーンは二人で夜市に行くところ。
御曹司だから夜市など行ったことがないユーが
マンリンに連れられて、
次第に楽しくなっちゃうところを
マイク・ハーがすごく自然に、ホントに楽しそうに演じています

演じてないみたいに、楽しそうで。このシーンはエンディングでも使われていますが、
エンディングだけでも何回みてもしあわせな気持ちになりました

マイク・ハーの表情の描き方っていうか、豊かですよねほんと
さすがはスターというか、ただのスターじゃなくて、ゆたかな物語を生み出せるスターなんだなと感じました

そしてこのドラマは純粋に「素朴」。
人を疲れさせるところがない
今、世界的に見ても「素朴」なストーリーって減っていると思うんです
でも人が本当に求めているものって、素朴なものだと思うんです

 

 

“I’m sorry, I  loved.”~
Why people in Japan leave  the Hanryu(Korean wave)?

「ごめん、愛してた」
なぜ韓流ブームは去ったのか?

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さて、こうして台湾ドラマを見て、
来年もしょっぱなから台湾ドラマで行こうと思ってる私ですが、
アジア系ドラマが好きな人には例にもれず、
韓流ドラマもすでにかなりの数見てきました
ホント日本で観られるものはことごとく、知らないものはないぞってくらい・・・

しかし最近めっきり冷え込んでますね、
韓流ドラマ熱っていうのは私の中で。

というより世間全体的にそうだと思いますが・・・
韓流ブームというのはとっくに終わってしまっていると思います
それどころか「寒流」などと揶揄されるほどになってしまいました

私の周りでも、あんなに好きだったのに、
DVD全部捨てたと言ってる人もいますし
最近すっかり見ないという人も増えている

今ではもう、韓流好き=マニアックなものが好きな人、
になってしまっている。
つまり今、日本では韓流は一部のコアなファンが支えているので、
どんなスターであってもコアなファン以外にはほとんど知られていない
悲しいほどに、全く共通の話題になりません

 

なぜ、韓流から人が離れ、韓流ドラマを観なくなっているのか、
(すでに言い尽くされているんだろうけど)
素直な気持ち、自分なりに思うことを書いてみます

①やはり日韓の政治的感情的関係性の変化
政治的な混乱は、文化的な側面に影響しないというのは間違い。

実は政治的なことって、すごく人の感情に影響を与えるんですよね。
こうしてエネルギーが見える人生を送っていると、つくづくそう思います。

地球のどこかで政治的な何かが動き出したり決定が下されると、
集合的意識や感情も動いて、
それが地球自体に、私たちの心身に影響してくるっていうことを、
今までいやというほど捉え痛感してきました。

日本と韓国の関係性は、私たちのハートチャクラの課題でもあり、
日本とこんなに近い韓国との政治的・感情的関係性がよくないと、
私たちのハートチャクラにとっては打撃です。
そして何らかの良くない影響を自分にまず与え続けてしまいます。

だから韓国と日本は本来は仲良くしているのが一番です。
お互いの心身のバランスのためにも。
でもそれがそうはなかなかいかないと。
そしてこういうこじれた関係性というのは、
ハートチャクラにはじまって文化的な関係性に
あれやこれやと微細に影響してきます。

ヨン様時代の韓流ブームで変わりつつあった時の
気分的高揚みたいなものは、
もうそう簡単には生み出されないでしょう
むしろ一時韓流ブームがすごかったからこその
複雑な心境というのはあると思います

例えこれから日本で大流行りする韓流スターを
一人二人出してきても、それは一時のこと
今後大事なことは日本で注目される「スター」を輩出することではなくて
じっくり時間をかけての地味な国際交流だと思うのですが、
それが育まれる下地がなかなかうまくできてこない

正直、多くの日本人が思ったでしょう
冬ソナブーム以来、大挙して押し寄せてきた韓流スターやアイドルたちの一体何人が、
本当に日本を好きなのだろうか?
日本の文化を学び、知ろうとしてくれているのかと。
あるいは多少の軋轢は覚悟しても国際交流の懸け橋としての
立ち位置にいようと思っていてくれるのかを・・・

 

ブームに沸いた日本でも、全体的に「一体次は韓国はどう出るつもりなんだろう?」
っていう疑いみたいなものが
漂っているので、文化的側面で高揚させようとしても、
もうそう簡単にはいかないでしょう

ただ、今の冷え切った日韓関係の中であえて
”自分が日本と韓国の文化的・国際交流の懸け橋となる”と
公言しそれを実行するというのは
一般人ならまだしも韓流スターとかアイドル(また逆に日本の俳優さん)など、
なかなか公に知られている人にとっては
両国において風当りが冷たいことも予想されて、そう容易ではないと思いますが、

それでもあえてその役を自分が果たして行こうという意志の方がいるなら、
まあ、その人は半端なくハートチャクラが開いている人、
あるいは日韓関係を通して自分のハートチャクラを成長させるんだという、
魂の目的を持って生まれてきているんでしょうね

繰り返しますが、日韓関係っていうのは、ほんとにハートチャクラに関わる問題であり課題です

とまあ、どんなことでも、スピリチュアルな側面からも見ることができます

②韓流ドラマの内容が、、単純につまらなくなってしまった

韓流ドラマは、ストーリーの展開に一定のパターンがあって
実は皆同じような展開をしている感じもあるんですが、
その反面すごく人を引き込むような、
「次はどうなるの~?!」的な部分がすごく多かったです

「多かった」と過去形なのは、
最近の韓流ドラマには、「次一体どうなる?」
とこっちに情熱的に思わせてしまう展開力みたいなものが
ないから。むしろ「次はどうでもいいや、なんか飽きた」と思わせる感あり。

最近の韓流ドラマって、ただ主人公たちがあっちでドタバタ、
こっちでドタバタしてるだけのように見える。
最初は嫌い合ってた男女が、思いきりケンカしてドタバタ、
だけどいつの間にか好きになっちゃって家族中ドタバタ、みたいな。

そしてまた、ちょっとシリアスなものになってくると意地悪がすぎるというか、
これもまたただひたすらイジメていじめ抜いて、
最後には「あいつは殺しましょう」みたいな話が平気であるから(笑)、
もうこっちもうんざりしてくるというか・・・

一昔前の韓流ドラマって、
もちろん恋愛でドタバタとか必ず意地悪とか、
不自然な展開とか、いくらでもありましたけど、
物語そのものに引き込む力や重厚感がありました

そして、なにより「言葉」が生きていた
韓流ドラマの最大の魅力って、このセリフの中の言葉でした
言葉が、人生を語ったり、なるほどなと思わせたり、
人の深さを感じさせたり・・・

決して夢物語ではない
人生の機微に気付かせる言葉が生きていたんです
どこかにメモしておきたくなるような言葉・セリフが必ずあったんです

そして、激しいストーリーやおバカなストーリーの中にも、
必ず何か物語の緩衝剤となるような
魅力的な脇役が配置されていたのも面白かった

そういう人がまたいいセリフを言うんですよね

韓流ドラマを見続けて思ったのは
韓国の文化として言葉を重んじるというか、言葉をクローズアップする力が
独特なものとしてあるのかな、って感じました
韓国の詩とか勉強したいって、今も思ってます

「いかにも韓流ドラマという直球のストーリー展開の中に、
物語を追うことの醍醐味と人生への情感が、しっかりと練りこまれてある」
というのが韓国ドラマの魅力だったと思うんですが・・・

最近はこの「人生を感じさせる」ところがなくなってきてるんです

私が「もう韓ドラ見るの終わりにしよう」と、
ほとほと思ったのは「大切に育てた娘ハナ」を観た時ですね

ながながと続くイジメ。最後にはハナを殺すことにして、
未遂に終わると隠そうとする。
意地の悪い人がひたすら出てきて、
見ててもずっとただ嫌な気持ちになり、
最後の辺りではこっちがハナの夢でうなされる始末(笑)

だけど最後までどうなるかが気になって仕方なく見てしまったけど、
もうこうやってずるずると不快なものを見ても…と思って

それにこのドラマ、撮影するところがいつも同じで、
一昔前の韓ドラで楽しめた「風景」がないんですよね

③スターが入れ代わり立ち代わり・・・

私は韓国のエンターテイメント業界うんぬんのことは全く知らず
私はただひたすらドラマ鑑賞に徹してました

韓流エンタメ情報を読んだのも今までネットで2回ぐらい(笑)
雑誌はキムレウォンさんが特集されてる1冊しか読んどらん

誰かのファンになることもなく・・・
好きなのは「ドラマ」だったんで

ただ、ドラマのおかげで韓国文化についての本は、
読みました
歴史の本とかね

また、「ドラマ(時に映画)」だけひたすら追っかけしていても、
これだけ見ていれば傾向が分かります

なんていうか、いろんなスターというかアイドルというかが
20代の頃から韓流ドラマを見てて、まあどんどん現れて…

特に女性は、男性よりももっとサイクル早く、
やはり女性に求められるのは若さなのかってカンジ。
女優さん達もそれが分かっているのか、先を急ぐようなざわつき感を持っているので、
じっくり安心して観ている気になれないのが正直なところ。

どこの国でもまあ、若い層を中心にするという
そういう傾向は厳然としてありますよね
元々、日本のドラマを高校生ぐらいから観なくなったのは
「そのつど流行りの芸能人が主人公をやって、しばらくするとあっという間に世代交代」
みたいなサイクルが好きになれなかったから
日本でも世界でも「若さ」が重要なら、こういう傾向はあると思うんですが
韓流はとにかく「スター」が多いし

目まぐるしくて、1人の俳優さんがどう成長していき、
どうイメージを越えていき、新しい役をやるのかなっていう
「ずっと見ていく楽しみ」っていうのが持てないんですよね、あんまり

「お父さんお母さんハルモニハラボジ」の役の人って
決まっていて、何かいつもいつも同じ人が
お父さんお母さん役で出てるカンジするんですけど・・・

その逆に若い主役人は、あまりに色々な人がいすぎて、
世代交代が早い気がします
そして韓流って、若い時代に売れた人が
「お父さん・お母さん」役をやるってことがないみたいですね

やっぱり、「若いかわいいかっこいい」っていうことに重きが
置かれている社会なのでしょうか

今は、いわゆる「韓流スター」の時代ではなくて
グンちゃん以来「かわいくてちょっと身近な」
アイドルタイプの子たちが
「スター」の座を占めている傾向がありますよね

日本を意識してか、日本人女の子の好きなかわいいタイプのスターが多くなっている

だから、若いファンも増えているでしょ
それはそれでいいと言うか嬉しいんだけど・・・私が20代の頃は
韓流好きな人って言っても、
自分の母親の世代の方々しかいなくて
母親世代の方と友達になっておしゃべりしてました
今でも、同世代で好きな人が見つからないので・・・
ただ「かわいい」とか美形をあまり売りにしてしまうと
年とっていくと見かけることが少なくなり、ドラマ世界からは段々フェイドアウト?

今若い人もまた若い世代におされていくのかと思うと、夢がない
年を重ねていくことで、もっとかっこよくなる場合もあるし
その人の魅力を見続けていたいっていうのはありますよね

だけど”雨の中の青空”、アジアに流れる情と心

but….Your tear drops are our clear sky,
Asian sentiments is the “heart” of us

rain-cloud

でもそんなことを思ってて、韓ドラ熱が冷めていっても、
やっぱり韓国と日本が仲良かったらどんなにいいかって思います

私はお隣の国・韓国について、申し訳ないくらい知りませんでした
近いのに、とても縁遠い国でした
それがガラリと変わったのが留学時代でした

自分たちのそれぞれの自国にいると、
何かとライバル視したり、
政治的にぶつかり合うことばかり目について
それが感情体にも影響している日本と韓国ですが、
いざ西洋社会で暮らしてみると、状況は変わります

西洋社会では私たちは同じアジア人であり、有色人種として扱われます
時に差別を受けることも珍しくありません

また、西洋社会は私たちの社会と違ってとても合理的で、理性的です
人間関係も、フレンドリーである反面とてもドライで、
西洋でしゃかりきに生きていると、
自分がとても乾いてカサカサになっていることに気付きます

そういう時、同じアジアの人々との間には、何か言葉では伝えきれない
「情」でのつながりが生まれるんです

この「情」というものは、
なぜかアジアの人間にとって共通の、心の底辺にある”川の流れ”のようなもので
生み出そうとして生み出せるものではない、心のつながりです

どんなに文化が違ったり意識が違ったりしてても
唯一共通のもの、それがアジア人に流れる「情」だと思います

日本人と韓国人の間だけではなく、
アジアの人々とは不思議とこの「情」とか「情感」
によって心を繋ぐことが出来る
そういう体験をしました

そして西洋社会に生きていると、
この情がお互いにとても深く、育まれるものなんですね

私は留学先で、人生に大きな影響を与えるような韓国人の親友ができました
大学内外でも、多くの韓国人たちと仲間になり、
協力しあって厳しい西洋社会を生きてきました

この留学というのが、
私が韓国人と生まれて初めて人間対人間として交流した機会であり
韓国という国を意識するきっかけになったのです

私は同じアジアの国の仲間たちと、
韓国人の友達たちと、愛しあって生きてきました

だからこれからも、愛しあって生きていきたいんです

政治的うんぬんより、ただ愛しあって生きていきたいんです

そんな思いもあって、私は留学出の体験を元に、
「日本人・韓国人・中国人とカナダ人や西洋人の留学生
が出会い協力しあって会社を作って成功する」っていうブログ小説を書いてました

当時テレビ局で働いてたイム君に協力してもらい、まさに日韓合同で
習ってきた脚本ぽさ(海外ドラマ好きが高じてシナリオセンターで受講していたのです
もちろん100%趣味です)
をまぜた脚本的ブログ小説で、ほんと夢中で書いてて

書いててほんと楽しかったのは、愛があったから。
下手でも何でも、ただ書くことで愛を外に出したかったんです

自分はこのブログ小説書くことで、
「仲良くなれ日本と韓国、そして世界のすべての人々!」っていう

留学時代の熱い思いや願い、祈りを、
自分の強い祈りをそこに投じてて、
だから楽しかったんですね

いろんな人に協力してもらって、この物語を書いて、
それなりにアクセスも良かったと思いますが・・・

しかし故郷が震災にあってそれどころじゃなくなり、
書く気持ちになれなくなって途中停止してしまいましたが

そして今、日韓の関係がこじれ、関係性についていろいろ思う中で
自分は改めて「みんな愛し合おうよ!」みたいな気持ちが逆に強くなっていて
「あの頃のように愛しあいたい」いつもそんなことを考えていたら、またまた物語が浮かんで
それを一気に脚本にしてしまった・・・

日本と韓国の国際交流を願ったコメディドラマで
(私の心の中でのキャストはオムジョンファ姉さん、
ジソブってかソガンジさん、ユ・アインと壇れい姉さん、川島海荷ちゃん、堤真一氏が出るの笑)
これをまたイム君に手伝ってもらって整理して良い作品にしようと
これを韓国の友達たちと一緒に書くこと自体が国際交流でもあるのだから

さて話もどりますが、政治的状況から感情的に軋轢が出来てしまい、
韓流が人気を落としたどころか、
「何いまだに韓流なんか好きなんだよ!」
という人も多いですし、そうじゃなくても、無言でシラケられることは普通にあります。

確かに露骨に反日の態度をとるスターが出てきたりして、
やっぱり日本人としては、今までニコニコしてやって来ていたのに
なんだろう?って思うじゃないですか。
それは誰でもそう思ってきたと思いますよ、
どんなとてつもない韓流ファンであろうとも。
怒りを感じる人がいても、おかしくないと思います。

でも私自身に限っていうと、
韓流をわざわざ好きになってるというより、
海外のドラマで面白いものを探しまくっていたらそこに辿り着いて、
自然に自分の好きな作品とか俳優さんとかが出てきただけ。

日本にはないトーンを持っている人だっているし、
日本にはないテイストがドラマにあったりするわけで、
私は自分の命かけて演技しているような俳優さんが好きなんで、
それは国籍とか関係ないと思うんです。

それがポルトガル人であっても、アゼルバイジャン人であっても、
その俳優さんが魂かけて演じていたら作品を見続けると思います

ただ、疑念やお互い気まずさの気持ちが高まると、何が優れていようが、
作品楽しみましょうっていう
気分にはならないですよね

台湾ドラマやアメリカドラマだったら、何もそんなこと考えないで、
安心してみていられる。
それはもう、コンテンツの問題じゃないですし、
写っている人がかっこいいとかかわいいとかいうレベルのことでもありません。
そこで、じゃあ誰が反日スターで、誰は親日スターなのか、
っていう議論や推測が沢山でてくるわけですが、
そもそも、「誰が反日誰は親日」っていうことが話題にならなければならないこと自体が、
深い悲しみですよね。
そんなことは、芸術を作っていく中で、本当は関係ないことなはずで、
魂でものを作った人の作品に感動して、
その人の魂に触れたいと思う。
そういうことはそもそも、国同士の感情的問題ではないはずなので…

 

誰が反日で、誰が親日かなんていうのは、
正直なところ、その本人にしか分からないことだと思います。
例え日本でニコニコしていても、インタビューで何を言ってても、
二枚舌なのかもしれないし、確かにお金のためだったらどうとでもやれる人もいるかもしれません。

けれども、人気が絶頂の時にちょこっと日本に来てあとは去って行った人は別として、
長年日本に来て関わっている人達は、ちょっと違う立場かなと思います。

やっぱり、日韓という関係性の中で、
長くに渡って日本に関わり日本と交流するということは、
それだけ人との関わりが個人レベルでも増えていくわけで、
そういう時、やはり日本に親しみを感じる気持ちは自然に深まるのではないでしょうか。

公言しなくても、私が書いてきたアジア人同士の中にある情というものが育つということですね。
それは一般レベルでも、例えば私が留学先で韓国人と協力しあって暮らしているうちに
親しみとか、最後には絆・愛情が育ったように、人間として自然なことです。

また、今のよくない関係性の中で、
長く日本に関わると言うこと自体、リスキーなことでもあると思います。
自国でもいろいろ言われるだろうし、日本でも嫌韓ムードで冷たい目線も飛んでくる。

見えないけれども、人の想念が出すエネルギーを受けとめなくちゃいけない。
想念ってすごいエネルギー強いですから、
いくらお金のためだからといって、長く交流するということは、
タレントさんみたいに特に注目される人はそれだけ多くの人の想念を受けとめなくちゃ
いけないので、体を張った行動でもあります。
人間はお金だけじゃ生きられない。
まずは心身の健康の方が、大事じゃないですか。

きつい想念を受けとめ続けるってことは、お金以前に体がもたないですよ。
それでも日本に関わるっていうスターやアーティストは、
それなりに覚悟をしていると思います。

だから韓国人であれ日本人であれ、
両国に関わり続けると言うことは、お金以上のことがあると思います。
また、自分では意識していなくても、長い交流をするっていうこと自体に、
文化交流へ貢献するっていう側面はあると思います。

誰もそれをやらなかったら、それこそ本当に感情的冷戦みたいになっちゃいますから。

だから日本に縁が出来て、それを維持できている人は、(逆の場合も)
単にビジネスか、それとも日本好きなのかっていうことや、反日親日かっていうことよりも、
大きなパースペクティブで見ると、人と人とを繋げるということを
魂の目的にしているとも言えると思います。
他の国籍同士の交流よりも、より強い魂の目的ですね

そして結局究極的には、個人と個人の中で、
どういう愛が育まれるかっていうことですよね。

それが、どれだけ維持できるのかっていうこと。
これは、今まさに世界的課題でもあるのですが。

個人と個人なんて、小さいレベルで国と国の関係などに
影響しないとかいうかもしれないけど、
実は人の心の中の、ある国に対する意識って、
国家間の状況に影響される面があっても、
結局個人との出会いにすっごく大きいんです。
それはもう子供の頃から海外住んでいるのでわかります。

 

 

Old shelf is my serendipity~Kim Rae Won

古くなった本棚に小さな奇跡~キム・レウォン
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まあ、そんなわけで韓流を、愛してたけどごめん・・・
先に挙げた理由で去りました
っていう感じで来てて、
ヨーロッパドラマに復活したり他のアジア系ドラマに移行した私でしたが、
ある時、ふとキム・レウォンさんのドラマDVDが目に入りました

キム・レウォンさんって、いわゆるいかにもな「韓流スター」とは違って、
すごく自分の立ち位置がある人という印象。

スターというより、役者さんだなって思わせる方です。
演技力と存在感に安定感があって、
また出ているドラマや映画も、
見ていてほっとするようなところがある。

最近の韓流に疲れたので、レウォンさんの昔のドラマは、
いいなと思って見始めました
もう片っ端からキム・レウォンドラマを見ることになり・・・

だけど、とうとうネタが尽きてしまった
最後に見たのは「順風産婦人科」です
でもこのシットコム、
韓国では長丁場でやってたみたいだけど、日本では6巻しかないから
あっという間に観終わってしまいました

やっぱキム・レウォンさん好きです
何か、彼は年とっても、ずっといい演技をしてくれるだろうっていう安心感があるし
ものすごい量の韓流スターみたいな人たちが現れては消えても、それと関係なく
彼らしい生き方をするんだろうなって思わせてくれる
ずっと役者としての自分を大切にする人だと思うし
私もずっと、作品を見続けたいって思ってます

さて、「順風産婦人科」も終わり、
あ~シットコムが見たいと思って、たまたま知ったのが他のシットコム
「男女6人恋物語」でした
ソン・スンホンとジソブが出てますが、
日本ではスンホン編とジソブ編で別れてます

なぜかツタヤ行ったら、ジソブの3巻しかなかったので仕方なく借りました
「仕方なく」というのもスンホンの方が見たかったんですよね最初は。
ソ・ジソブが「コメディ」でシットコムっていうのが
すごく違和感があって「?」な感じだったので・・・

 

 

 

巌流島のソ・ジソブ
ソ・ジソブが日本で人気なわけは・・・私が思うその秘密

So Jisub in Ganryuisland

the image of So Ganzi in Japan


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ジソブってイメージが強いというか、
イメージを強く出してやってきた人っていう感じがします

ジソブはソガンジとも呼ばれ、「とにかくかっこいい」という人なので
そのカッコよさを際立たせるために、
「かっこいいクールな感じのソガンジ」が全面に出てしまい
それが行き過ぎると装飾的になってしまう

「かっこいいんだ」っていうことがことさら強調されると
そのイメージに合った役が多くなり、そのイメージを生きなければならないような・・・

あともう一つは、
彼にしか出せない美しさがあって、
例えばそれは独特の悲壮美だったり、
しかもそれを彼はすごく魂入れ込んで演じるから、
ジソブのオーラは演じる時と演じてないときとでは同一人物か?
っていうくらい変わって、
演じてないと柔らかいからほっとするんだけど、
演じているとその役通りで凄まじいオーラになったりします

役を演じていると自分自身のオーラとはまるで違ったオーラになる
役者さんもいるんですが、彼はそういう意味で真の役者さんなんですね

一方でそれによって、彼ならやっぱりこういうイメージの役かな
っていうイメージを皆が持ってしまったかもしれませんが

そんな硬直感を時に彼に感じ、
この人正直、自分でもちょっとしんどいんじゃなかろうか・・・
と思ったりしてたから遠目でしか見てこなかった

”イメージ”と言えば日韓関係も、
大きなイメージの中にあるのかもしれない。
センセーショナルな部分だけをマスコミやネットでたえず見続けることで、
お互いがどんなに仲がわるいのか、
常に表明しあっていて、イメージが先行する。
しかしひとたび、人と人との関係になっていくと、
私はどれほど韓国人の友人に良くしてもらってきたのか、
それだけでなく私の人生を大きく変えるほどまでに大切な人達が、韓国人だった。
イメージを脱した時に、私たちは真実を見る。
真実を直視するまでは勇気がいるが、受け入れれば清々し
それはまさに「雨の中の青空」。

さて、私にとってはソ・ジソブはその作られてきた”イメージ”を越えた存在です

ジソブは、何もかっこつけなくても、戦略的にイメージを
つくらなくても、かっこいいです
例えばユニクロのシャツ来てぼさ~っとしてても、ただいるだけで

装飾一切なしの、無印良品とか…合う。
無印のセーターをばさっとただはおり、
MUJIのお店で買い物してる、ソ・ジソブに会ってみたい…

風が季節を伝え
雲が天から降る水のしたたりの匂いを伝えるならばジソブは詩。

目だけで語り、
たたずまいだけで物語を演じられる彼は
存在自体がまるで詩です

”もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云つたとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる

けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて

ひとはとうめいな軌道をすすむ”

-宮沢賢治/Kenji Miyazawa

例えば賢治の詩。彼はこんな感じ。

彼が何かを演じると、そこに余韻がのこる
彼は”詩”だから、どこまでも想像力をかき立てる
この役やってほしいな~とか、これを彼がやったらどうなるだろうとか・・
それでまた、日本の人だったら、あれもこれもやってほしいと思って見てました

例えば若い時なら木原敏江「マリと新吾」の新吾をジソブが演じたら・・・
池波正太郎「剣客商売」も見たい(どの役かはしりませんが)
藤沢周平ものもいいな~って思うし柳生一族もいい。

彼は静かに生きる忍びの役でも
(「ある会社員」をそのまま忍び設定にしても良し。「あるお庭番」とか)
いわゆる”忍者”っていう役が合うのはむしろジュンギなんだろうけど、
ジソブの場合だったら、山伏として生きててひそかに隠密、とかそういうのが合う~

極めつけは「宮本武蔵」を待つ佐々木小次郎。
ジソブ小次郎やってほしいよ~って思ってました(笑)

だってジソブが、巌流島に1人立って、「武蔵はまだか・・・」って言ってる姿が
見たいんだもーん
っていうか「武蔵はまだか」ってセリフにしなくても、
目で言うでしょあの人なら!

そして一番みたい役、それは茶人の役・・・
個人的にはし~んとお茶立ててる茶人の役やってほしいっす

それも茶を点てるならば九谷や織部とかではなく、
利休茶碗。黒茶碗。ジソブには絶対黒ちゃわん!

日本庭園みたいに、装飾を一切排除しても尚、
美でありなおかつ艶やかさがしみいるように存在して、
彼は顔立ちは日本人的ではないのに、なぜか桂離宮みたいな人だ(笑)

日本人は、なんだかんだ韓国とは違う文化を持つ。
心の底辺に豪華さや華美より行雲。清風。もの静けさを求める心があるが、

茶禅一味の境地。図らずしてソ・ジソブはそういうエネルギーを持っている
というかそもそも、ヒーラーという立場から観れば彼のエネルギーって
他の人とはちがって際立ってるんだよね・・・

ところで、日本の「わびさび」って何だろう?
韓国文化はすごく前面に出て絢爛豪華なものを愛しているように見えるけど
日本のこの独特の「わびさび」っていうのとは対極ですよね

日本の文化は故意に脇を通るようなところありますよね
俳人・花人である祖母に「祖母上、日本のわびさびとは如何なるものであろう?」
って聞いたら
「それは余韻と余白なり」だと。
余韻?え、じゃあやっぱジソブじゃん!

 

 

君が読んだ詩を別の言葉では表現できない
詩は説明したら陳腐になる

どんな説明よりも詩が示す情感を体験することだ
詩を感じようとすればできる
-パブロ・ネルーダ/Pablo Neruda

 

 

チョルスに恋して、また来年

Falling love with the landscape of yours, again 

weather36

そんな風に思ってる私ですが、
やっぱり彼に対する一つの固定されたイメージがあったんでしょうね
あんまりピンと来なかったけど借りました

ところがこれが予想外に面白かった
面白いのは主人公ウィジョンの上司であるポワゾン先生・・・
ポワゾン先生見たくて何度も同じシーンを繰り返し見てました(脇役ですが)

で、そのうちにポワゾン先生のお店で
モデルとして働くジソブっていうか彼が演じている
ここでは”チョルス”に魅了されてしまった

なぜ?ってこの若い時のジソブは
もうすでにこの役でも人を引き込んでしまうのでした

スンホンをひたすら想う主人公ウィジョンを、ひたすら片思いするチョルス。

クリスマスの日に約束の場所に来ないウィジョンを待ち続けるチョルス。

その寂しそうな姿、それだけで彼の恋心が痛いほど伝わってくる・・・
まるでチョルスがホントに、ウィジョンが好きなのかな~
って気がしてきて、恋してる男がそこにいる、ってカンジでして。

この頃から・・・たたずまいで物語を語る人だったんだ~

しかもその後、久しく彼の出ている作品ではあらわされていない、
やわらかさや面白さもチョルスからは、にじみ出ていて、
本来ジソブが持ってる、柔らかいエネルギーが感じられるのです

ジソブってコメディ合うんだね
こういう柔らかい役をもっとやってほしいよ~

って思ってこのチョルスが大好きになってしまった

 

来年、何を見ようかな?
まずは台湾ドラマ観るつもりですが、
「男女6人」もまた見ます(笑)

なんか、「男女6人」を観てて

 

結局、韓流ブームは去ったといえ、一時のブームが残したものは大きく、
「古い棚を改めて探し求めてみると、そこに思いがけない良き出会いが」
あったりするのが、韓流文化の底力なんだと感じました

韓ドラが流行ったのは
日本の少女漫画のようなうるうるするストーリー展開があるから?
イケメンが沢山出てきて、胸キュンシーンが沢山あるからなんだろうか?
私はそうは思いません

今まで別に韓ドラを見て胸キュンになったことはないし・・・(冷めたヤツなのかも)
韓流ドラマが日本人の中に浸透したのは、
そこにある情とか情感が生きていて、
それに呼応・共鳴するものが私たちの心の中に在るからだと思う

人間の持っている喜怒哀楽というものを、
とてもはっきりと明らかにぶつけてくる韓流ドラマは、
日本人が持っている”情”、だけど最近ではやたらに表象的すぎて
表現されにくくなっている情の世界を一つ一つ、気持ちいいくらいに映し出しています
そしてそれが私たちになぜかほっとさせるものがある

日本人はとても深い「情」の世界を持っているにも関わらず、
ずいぶん長いこと、集合的に感情を抑圧してきてしまっています

そして水瓶座の時代の今になっても、相変わらずそれを解放する人が少ないために、
色々な文化的側面において、
表面をすべるような表象的表現や表現の希薄性に繋がってしまっている

時にそれは「おしゃれ」「芸術的」にも見えるけれど、人間それでは満足しない
もっと「生きている」と感じるために、
人ははっきりとした情感の世界を見たい、情を味わいたいと
思っているものです
そしてそれに韓流ドラマは応えてくれていたんですね

ある意味、韓流ドラマって
人の中にある「風景」を映し出していて、
それは感情、情感というものの描き方が明らかで分かりやすいからだと思っています
それこそまさに「情感」なのかもしれない

”ジソブ”の中の”チョルス”が帰ってくるならば、
また韓流ドラマを見てもいいなって思いました
あ、これ”比喩”で言ってるんですけどね

なんか、好きな海外ドラマの話を気楽に書くつもりが
日韓のスピリチュアルリレーションシップの話になってしまいました・・・

それではみなさん、今年はありがとうございました
来年もよろしくお願いします★

 

 

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