地球と個人が新しくなる時代へ-新しいスピリチュアルへ,  天と空と龍神と~カンフーと生きる日々

ケンブリッジの空のもと~天使と共に歩むライトワーカーの道

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ドリーンの本に「天使と共に歩むライトワーカーの道」というのがありますね
面白いので、興味がある方にはお勧めです

今度新しいヒーリングのサイトをオープンするにあたり
自己紹介もかねて私VERSIONの自分のライトワーカーへの道・・・大したものではないですが
ちょっと書いてみようと思います

ケンブリッジの空の下

高校の時短期でイギリスに留学していたころ
授業をさぼって草原まで出かけていき
そこで大の字になって大空を見つめていました
どこまでも広がる、美しい霊妙な大空、イギリスには
なぜか天とつながっているような空があります
私はとてもロマンチストだったので
そこで寝転がってはその大空に誓っていました
「将来は絶対、この空のように雄大な、何か神聖で地球の役に立つような仕事をするんだ!」
と、来る日も来る日もそれを思っていました

でもその頃私の頭の中にあったのは「ヒーラー」とか「スピリチュアル」ではありませんでした
そんな言葉は知りもしなかった
私は国連職員になりたかったのです
「国連職員になるには」とかいう本を飽きもせず毎日眺めて
世界をまたにかけて世界のために活躍する自分を思い描いていました

自分の中で、何かが、この世界はとても美しく悠久で宇宙的で、神秘であることが分かっていました
そんな地球で、意味のあることをしたいと強く思っていたのです

 

子供の頃の天使体験

はじめて天使と遭遇したのは2歳のころでした

夜寝ていると、上から大きな強いエネルギーのビームみたいなものが私の体全体に注がれて、
わたしはそのエネルギービームに身を任せながら、体が熱くなるのです
時には自分が体から出てしまうような現象もありました
自分のエネルギーが強まり、肉体を飛び出して他のところにいるような感覚でした

毎晩のように経験していたので、それは誰にとっても当たり前なんだと思っていました
だから誰にも話しませんでした
「天使」という言葉すら知らなかった頃なので
それが天使のエネルギーを受けている体験だとは思いもしませんでした

ずっと後になって、ヒーラーとなり大きな天使のエネルギーを受けとめるようになってから
それが子供の頃体験していたものと同じ波動的体験であることに気付きました

小学校に上がると同時に、不思議とこのような体験は消えました
そして日本に帰国し大学受験戦争どっぷりになってからは
完全な理屈主義者・知的なもの優先主義者・ほとんど唯物的人間になってました

もちろん、その頃も理想とロマンには燃えていました
毎日U2かジャニス・ジョプリンかを聴き、
新しい世界を築くロックな国連職員になることをいまだ目指していました

大学に入ると、自分と同じような志で国連職員や国際援助関連を目指す人が
沢山いるような学部でしたので、
最初の頃は一緒にその夢に燃え、
毎日世界に羽ばたく話を友としていました

が、そのうち現実が見えてきました
国連職員などエリートの世界、アメリカの超優秀大学に留学するにはすごいお金がかかる、
その仕事の大変さや倍率・・・などなど

いつしか国連は頭から消え、
その代り自然が目に入ってきました
子供の頃からなみなみならぬ愛情で自然とくに植物が好きだったからです
それは唯物主義の競争社会人間になってからも変わりありませんでした
いつしか町の緑化活動のNPOなどに参加するようになっていました

青山デザイン時代

その後、大学を経て社会人になりました
アルバイトですでに始めていたものでしたが、
建築事務所に入社し、環境プランニングの仕事をし始めました

その頃は毎日ドトールで先輩たちと会社の社長の悪口など言っていましたが
とても楽しい日々でした
仕事内容も自分にあっており、社風も自由でのんびり
環境保全や環境型社会づくりの最前線にいられる生活でした
会社は青山にあり、まさに日本のクリエイティブ分野の中心地。
自分もデザイン用のフォルダを持ち歩きながらデザイナーと打ち合わせし、
つくづく自分はかっこいい人生送っているなと鼻たかだかでした

青山・表参道・原宿などは本当に
クリエイティブなエネルギーに溢れています
そういうものを肌で感じ取り、建築やデザイン業界の人達ともどんどん出会って
デザイン世界に魅了されていきました
会社の帰りはいつも246をぶらぶら歩いて、新しい店を探索したり
〆には原宿のラフォーレとドウファミリー本店によって帰るのが日課でした

この時期に沢山の建築やアート作品に触れ、それらを覚えました
また美について創造することについても学んだと思います

魔法のオレンジの木

 それがとても楽しかったのですが

植物や自然に触れたい気持ちが日に日に大きくなって行きました

会社の昼休み、毎日のように青山の公園に入り浸るようになりました
正直心身人工世界につかれきっていました
そこで大きな木の下で休んだり、木々と触れあっていたのです

ある日、オレンジの木の下に座って木の生命と繋がっていた時です
とつぜん、オレンジの木からわたしへと何かエネルギーの流れの様なものが
すーっと流れてきました
そしてそれを受け取ると、元気になるのが分かりました
あまりにも唐突な体験だったのですが、なぜか何の違和感もありませんでした

それ以来、日々オレンジの木、そしてその他のあらゆる樹木のエネルギーを
捉えたり、受け取ったり、自分でも流したりするようになりました
この観えざるエネルギーに興味がわき、気を学ぶため気孔や野口整体を学ぶようになりました

それが、大人になってからの私の霊的体験の始まりです

でもまさかそれが自分の使命に繋がっているとはその時思いもせず、
ただエネルギーを感じ、捉え、流す。そういうことを自然とやるようになっていました
また、自然の中にある神秘の息吹と神なるものを、段々つよく感じるようになっていました

そんな中、造園についてもっと勉強したいと今度は関西の学校に行くことに決めました
会社で、「まず2級建築士を取ってよ」と言われたとき、自分は建築向きじゃないなと気付き
はっきり道を庭仕事の分野に転向しようと決意しました

関西の宇宙、ヒーリングの原型

関西では、大自然の中に住み、大自然に浸りながら
自然いっぱいの中造園・ランドスケープをどっぷりまなびました

この時日本の自然の素晴らしさと繊細さに、まさに目覚めました
でも目覚めたのはそれだけではありませんでした

霊的な感覚と能力も、まさにこの時期がっつりと目が覚めてしまったのです
それは明らかに大自然のおかげでした
幼少期以来眠っていた神秘的体験もたびたび起こるようになっていました

私は自然のあまりの美しさに酔いしれ、来る日も来る日も日がな一日自然に
触れてましたので、その間に自然と宇宙のすべてが
雄大な力で私の中の霊性と神秘を開いたのです

最初は星から。
満天の星を毎晩見つめているうちに、星の一つ一つがエネルギーを持っていること、
それが私の手と体に与えられ、次第に染み渡ってくることを感じました
それを受け取って満たすと、体や心の調子がよくなることが分かったのです

まさに今私が行っているエネルギーヒーリングの原型ですね
このメカニズムは今でも変わりません
私は天使や女神から、そして木々・花・クリスタルから受け取ったエネルギーを
自分に満たしそれを他者に伝達するというワークをしていますが
その頃天使という項目はなかったものの、私ははっきりと
自然界のあらゆるものからエネルギーを受け取るということを
この時期すでに無意識にも「練習」させられていたのです

どんな植物が、自然のどんなエネルギーが私たちにどう影響するのかも
この時期霊的な頭の中ではしっかりと学んでいたと思います

自然と霊性、ガイアとわたし、宇宙と私が結びついたのはまさにこの関西での時期でした
その後はガイアよりも天使との霊的体験に移っていくのですが
私を宇宙に開いたのは関西であり、ここでの生活でした

 

バンクーバーの愛

私の体は次第に霊性をおびるようになり、霊力が増して行っていました
けれど私はそのことはそれとして、神秘に触れながらも目指すのは今度は海外。カナダでした

この頃の研究室の教授に感化されたこともあって、私は本格的にランドスケープデザインを
学び大学教員になりたいと思うようになっていました

日本ではまだまだ持続可能なランドスケープデザインの世界は遅れていました
カナダ・アメリカでは、300年後の未来まで見据えてデザインする、そういう話を
先生達に聞かされ、どんどん北米へのあこがれが強くなりました

いつしか図書館でランドスケープの洋書ばかり読んでいましたう

地球と調和する、サスティナブルな造園を目指したいと日々ロマンと情熱をもやし
友達と来る日もそんなことを語り合っていました

結局、目指すのはカナダのブリティッシュコロンビア大学
ここで最先端のランドスケープデザインを学ぶ。
そう決めて、大学院受験の準備をはじめました

正直自分でいうのもなんですが、北米のトップ校に大学院留学するなんてことは
もう本当に努力・努力の連続でした

結局とうとう一番の希望校、UBCのランドスケープ学部に入学することが出来ました

カナダでの日々は素晴らしいものでした
私の夢が、理想がすべてそこに展開しているのです
夢にまで見た大学院留学、憧れの大学、美しいキャンパス、入りたかった学寮での生活、恋愛、

英語ずけの生活、国際社会に生きることの実現、バンクーバーの美しい景観、カナダの壮大さ。
学部のプログラムも最高水準であり、仲間も世界中にできました
まさに天国のようなところで暮らし、天国生活。

私はカナダを心から愛していました
学部も心から愛し、先生達も、仲間も愛し、恋人も愛し、自然も愛し、
自然も愛し、とにかくカナダのすべてを愛してきました
今でも、カナダを愛しています

幸せ・・・であるはずだったのですが、私の一方はくだけはじめていました
愛しているからこそ、その矛盾のつらさは相当のものでした

私はすでに、あの関西の頃から、魂の呼び声を聞いていたのです
はっきりと、魂は、スピリットは私に新たな違う道を提示していたのです
高校の時に見たあのケンブリッジの雄大な空の下で、
誓いをたてていた道はこの道ではなかったのです

「地球のためになる、何か雄大で壮大なものに貢献する人生」
とは、カナダの激しいデザイン競争社会で渡り合っていくことでは
なかったのでした

何かが私の中で、ぶつかってきました
そして幸せであるはずなのに、どんどん幸せではなくなっていきました
大学の勉強なんて何の関心もなくなり、体が重くてしんどくて仕方ない・・・
自分は一体どうしたいのか?そう思い、大スランプの中
結局道半ばでランドスケープの道を捨てたのです
輝かしいものが目の前に開けているはずで
ものすごい努力で手にいれたものを手放しました

ライトワーカーへの道

すっかり落ちた私は、必死になって解答を得ようともがきました
これが、私の内的探究のはじまりでした
私は自分は何のために生きているのか、なぜ挫折したのか、一体自分はどうしたいのか?
探求に探究をつづけ、そのうち浮上してくるあらゆるものを浄化し、クリアリングしていきました
そうせざるを得なかったのです
魂は私をまったく新しくするために、また本来を道にむかわせるために
どこまでも探求させ、どこまでも浄化させられました

その間に、みるみる間に私の霊的能力があがっていきました
浄化のプロセスがほとんど終わると、今度はライトボディが顕現してきました
まさに、スピリチュアルな光とエネルギーを受けとめ固定化できる、そういうスピリチュアルな身体に
本格的に変容しはじめたのです

どこでヒーラーに出会っても開口一番
「あなた、すごいエネルギーですね」とか
「ヒーリングをする運命ですよ」と言われ続けました

それでも、それを信じられず、まず自分の好きなガーデニングで
フリーランスのオーガニックガーデナーになることにしました
園芸療法も取得し、アメリカのカレッジでハーブセラピーも修了し
とにかく、自然と癒しにかかわることをやろうとがんばっていました

しかし、魂はそれだけでは満足してくれませんでした
ますますどんどん光を受け取る体になっていき、
スピリチュアルなものをとらえたり見たりするようになっていきました
いつしか人生は神秘体験そのものになっていました

私の人生は24時間365日が神秘体験です
霊的な世界と、物質的世界の丁度折り重なるところに存在しているからです
とはいえ、私は聖人でもないしマスターでもない。
愛をみなさんに与える聞こえのいいヒーラーでもないですし
いつも土まみれのジーパンはいた、わがままで短気、自分勝手なヒーリング野郎といった感じです

この記事では書きませんでしたが(天使というと、それだけで
拒否する方もいるため、このブログではあえて天使については省いてきました)、

私はつねに天使とともにあり、
天使とともに生き、霊的な道を歩んできました
日々の神秘の人生も、天使が与えてきたものです
私の天使体験は、ほんとに想像を絶するようなものでした
霊的体験・天使体験にうんざりし、本当に人生がとことん嫌になったことも100万回くらいあります
ヒーラーへの道は、私が意識的に望んでそうなったわけではなく
ただ魂の道がそうなっていたのです

最初は霊的体験も霊的能力も、受け入れられず、もがいて生きていましたが、
変容する自分のライトボディ・とてつもない神秘体験と天使のすごい数。
来る日も来る日も、常に流れてくる大天使達のものすごいエネルギー・・・
それを使わなければ!これをなんとかしなさい!!!といわんばかりの
ものすごい天使のうながしに、
とうとうとうとう、もう降参しました

私は結局、ヒーラーになることを決意しました

そこからは物事は早くすすみました
なぜか、学ぶべきヒーリング。学ぶべき教師が次々と目の前にあらわれ、
探したわけでもないのに、いつしかライトワーカーの先達たちとのつながりは
しっかりできていました
とはいえ、それも欧米をベースとしています
カナダでの英語鍛錬は、まるでヒーラーになるためだったかのように
私は北米にいるヒーラーの先生達から飽きることなくあらゆることを吸収していきました

そして気付くと、100ほどものエネルギーワークを自在にあつかえるようになっていました
そしてまた、どのワークをどう用い、どうワークするのかといったことや、
新しい私なりのオリジナルなワークの方法も、
天使の導きによって、次々に生まれていきました

こうして、私はエネルギーワーカーとして始まっていました
とはいえ、宮城の震災によって自分のプランがすべて計画通りにはいかなくなりました
本来、今頃にはつぎつぎと始めていたかったことも、遅延になりつづけてきました
その一方で、本当にヒーラーとして言葉をつたえ、 天使をつたえようと
震災の時に決意しました

今の私の目標はヒーリングガーデンを創ることです
これも震災前から取り組んでいますが震災後一度ハーブガーデンは閉園し、
現在は仮設でやりながら、あらたな土地を探しています
ヒーリングガーデンの中で、自分のエネルギーワークをやっていく
自然とガイアと宇宙と一つになりながら、天使のワークをやっていく
それが私のプランであり、使命だとも思っています

ケンブリッジの空の下で…

私はその時雄大で神聖な何かに携わりたいと
そう言う人生であるはずだと強く思っていました

その頃に見ていた夢に比べれば、
今の自分はちっぽけですが
確かに、「雄大・壮大で永遠の、神聖なもの」を観て、その一部となりそのために仕事をしています
そして国連職員にはならなかったけど、いつしか世界中の
ありとあらゆる地域の人々にヒーリングを届ける身になっていました

あの頃の空と、今の空、どこかで確かにつながっている
あの頃仰ぎ見た空を決して忘れません
それは本当に永遠でした
私がその後見るべき、ガイアや宇宙、天使の世界への通路であるかのように
永遠の美しさを持っていたのです
あの空は、私の行くべき道の原型だったのです

 

あの頃の空と、今の空、どこかで確かにつながっている

スピリットの愛と夢によって・・・

大天使ガブリエル

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