ART,DANCE,MUSIC&DESIGN,  MY LOVE私の宝石たち,  地球とガイア~スピリチュアルな視点から,  新しいスピリチュアルな生き方

水瓶座の時代の音楽~コルトレーンに再び出会う

 

Encountering with John Coltrane-Music,love&
Spirituality

人は一旦人生における一体性を認識すると、二度と忘れられなくなる
音楽を通じて瞑想する時、その力に関するわたしの考え方はかたちを変えるわけだけど、
目的は変わらない。その目的とは私と同じように、人々の意識も高まってもらいたいということだ
人々を刺激し、意味のある人生を生きるため、自らの能力に目覚めさせたいんだ
-ジョン・コルトレーン

 

大学生の時、ニューヨークに行ったらエンパイアステートビルの最上階に昇って、
そこで世界を見渡しながら、ジョン・コルトレーンの「至上の愛」を聴きたいと願っていた
その夢は叶い、私は冷たい風がふきすさぶ冬のニューヨークで、
エンパイアステートビルのてっぺんに行き、大音量で「至上の愛」を聴いた

実は大学時代、私は学バン(大学生のジャズバンド)にいた
山野(学バンの甲子園みたいなもの)
でも結構いい成績をのこせるビックバンドだったから、練習は厳しく、
ほぼ毎日ジャズに明け暮れていて、
先輩たちからは日々どっさり「課題曲」として曲を借りては練習したり
耳コピしたり、写譜したり・・・

そういうジャズ漬けの生活の中で、たくさんの素晴らしいジャズマンを知り、
(特に誰かのファンにはならなかったものの)
美しいジャズの旋律やインプロビゼーションの数々は、私の魂の滋養になった

その頃、コルトレーンの曲やlove supreme「至上の愛」に特別な思い入れがあったわけではないし、
コルトレーンがどういう人か、どういう経緯でこの曲が生まれたのかも知らなかった
この曲には、何か心を鼓舞せずにはおかない、自分や世界の神聖さに身を置かせてしまうような
力があったし、その力をもらえるから、多感で理想主義だった大学の頃は、よく聴いていた

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MUSIC AND AQUARIUS AGE
水瓶座の時代の音楽とスピリチュアル

「至上の愛」は唯一無二の音楽だ
ある意味で、ジャズですらない
すべてにおいてスピリチュアルであり、音楽とはどういうものかという
概念を拡大した
-アシュリー・カーン

音楽とスピリチュアリティーについて、水瓶座や新周期に入った時代の中での音楽について
書こうと思った時、一体スピリチュアルな音楽とは何か、スピリチュアル性のある音楽って何かな
ってことを考えてみた

私は音楽評論などという偉いことをしようというわけではない
いつものごとく、ヒーラーとしての私が少しでもかけることは
地球が新しい波動に入っている中での音楽について。

実際、「音楽とスピリチュアル・水瓶座と音楽」というテーマは多くの人の関心になっているようで
以前音楽についてのチャネリングメッセージをFBで載せた時は大反響だったし、
音楽と水瓶座について検索していて私のブログに来る人は多いみたいです

音楽は波であり、波動であり、エネルギーだ
アインシュタインはすべてはエネルギーだと言ったけど、
音楽ほど、「エネルギー」そのものなものがあるだろうか?
と言えるほど、各音楽・楽曲・楽器の演奏そして人のボーカルは
波動であり、エネルギーなのだ

だからこそ、作り手は慎重にならなければならない
音楽によって、かなりダイレクトにこの世界・この地球に波動を響かせることになる
もし低いエネルギーの音楽を作ると、
地球そのものにネガティブな重い波動をまき散らすことに
貢献したことになり、結構それは浸透してしまう
人はオーラやハートチャクラ、ハラセンターなどに
共鳴作用を持っていて、曲やボーカル一つでも漣のように広がる

波動の低いものから非常に高いものまで
ありとあらゆる音楽が世界というかこの惑星に蔓延していて
総じて地球のコンディションに影響している
というか、地球のコンデイションそのものを左右しているかもしれない
だから、すべてのミュージシャンには、自分で思うより大きな責任が伴っている
と私は思っています

音楽とダンスは、今まで書いてきたように、映画や小説などの世界と違って
2元性の影響をあまり受けない
つまり、何らかの”ストーリー”や人生の浮き沈みなどをわざわざ描く必要がないので
それだけエーテル的で、新しい地球にマッチしたアート・クリエイティビティ・芸術といえる
実際、天使という高次の存在は音楽が大好きで
あらゆる音楽に直接関わることが出来る
植物も音楽が好きであり、
大きく言えば地球・ガイアも音楽が好きだ

私たちの魂も音楽が好きで、必要としている
物語やドラマ性を必要としない音楽の領域は、直接「いまここ」にある魂を表現し
解放する力に溢れている

音楽は、スピリチュアルなものなのだ
音楽こそ、スピリチュアリティーそのものだともいえる

 MUSIC FOR SPIRIT&MUSIC FOR HEARTS
スピリチュアルな観点からみた音楽の分類

音楽には大きく分けて2つあると思う
1つは完全にスピリチュアルな領域から来たもの
もう1つは感情体から作られたもの
それが混じっている場合もある
例えばショパンは、とてもエーテル的で天上的な部分と、彼の感情体のエネルギーとが
入り混じっているのが分かる

完全にスピリチュアルな領域からの音楽の代表としては
1つにはクラシックミュージックがあり、
クラシックのスピリチュアル性はここでは語りつくせないので、
またいつか書いてみたいと思う

その他には、いわゆるヒーリングミュージックやアンビエント
なども、スピリチュアルなものを表現していることが
多いけれど、こうした分野は時によって「狙いすぎ」だったり、いかにもだったりすることがある

ある種の民族音楽も、シャーマニズムやアニミズムと融合していて
スピリットの世界をそのまま表現している
ただしそれらは、外の世界に紹介する人がいないと、
その民族の中で継承される文化にとどまるわけだけど・・・

完全にスピリチュアルな領域から来た音楽は
その人そのものではなく、その人の魂が「受信」した何らかの波動や波が
音楽という形で物質化したもので
とても純粋で、崇高なものだ
その曲を作ったり歌った音楽家は自分が作ったというより
何かの力によって生み出された、という感覚があると思う

スピリチュアルな高次の世界は、目には見えなくても
人間が音楽を作ることをサポートしたいと強く思っている
誰にでも、心と魂が開いていれば、高次の高い音楽性を伝授できると
高次の世界の存在は言っているし、
公言しなくても、スピリチュアルな領域と強く結びついたミュージシャンは
世界にたくさんいるだろう
というか、本当を言うと、音楽はスピリチュアルな高次の領域からの贈り物。
そもそもスピリチュアリティーを否定しながら音楽など作れない
雑音ならいくらでも生み出せるが
音楽は作れないのだ、スピリットと融合しなければ・・・

さて、完全にスピリチュアルな領域から来た音楽が一つ。
もう一つは人の感情体をベースにした音楽がある

例えばトム・ウェイツなどがその代表。
もちろん彼ほどのミュージシャンが魂の領域に繋がってそこから音楽を作っているのは
分かる。でもトム・ウェイツは人間を表現し、人間の感情を伝え、2元性のあるストーリーを
つくりだす天才ともいえる

彼の音楽は物語であり、劇場なのだ
彼は人の感情体にあるものを掘り起こしてそれを明らかにしてみせる

私たちの感情体~エモーショナルボデイや、そこに深い関わりのある
ハートチャクラは音楽を必要としている
もちろんスピリチュアルな音楽も必要としているが、そういう音楽は
体のすべて、特に上位チャクラが必要としているのに対し、

感情体やハートは、感情を解放したり共鳴作用のある音楽を必要としていて
それが滋養になる
だから世界には、この領域からくる音楽が大多数を占めている

そういう音楽が、スピリチュアルな音楽よりランクが下とかいうことではなく
ただ人間にとって必要なもので、人間特有のものといえる

ただ、気をつけないといけないのは
あまりにむやみに感情体から来るものを激しく表現したり外に出そうとして
音楽を作ると、荒く乱れた波動になってしまうということだ
時には人に聴いてもらうというよりその人本人の痛みや汚れを
解放したいだけの音楽というものもあって
そういう音楽を無防備に聴いていると、自分のエネルギー体によくないし
ハートチャクラにもよくない

だから、スピリチュアルな健康のためには聴く音楽も選択する必要がある

特に今の時代、世界はものすごく低いエネルギーに見舞われている
新しいエネルギーに満ちた地球は、それに恐怖による抵抗とぶつかり合っていて
カオス・乱れ・集合的恐れなどが蔓延していて
地球も環境破壊が進んでいる

音楽家でもありヒーラーでもあるトム・キャニオンが警告するように
私たちはカオスの時代にあるので、自分のエネルギー体の調整には
特に気をつけなければならないし、
自分自身が自分を見失っているような感じのするミュージシャンの音楽だ、と思ったら
は避けた方が無難。カオスに巻き込まれるから。
それほど、波動の重い人は才能あるなしに関わらず波動が重くなっている時代なんだ・・

むしろ、なるべく波動を上げるためにちゃんとハートレベルから
選んで音楽を積極活用するのが良いと思う

LOVE SUPREME AGAIN

そんなことを考えながら、いわゆる”ヒーリング音楽”
ではなくもっと、本当に純粋に、魂の高次元から来ているような音楽は?
と思った時に、久々に思い出したのがコルトレーンの「至上の愛」だった

至上の愛。
確かに名前自体がスゴイし、スピリチュアルなものを感じさせるけれど
本当に一体、コルトレーンはスピリチュアルな意識があってこの音楽を生み出したのだろうか?
ということは知らないまま、CDを検索していると、偶然
「ジョン・コルトレーン 至上の愛の真実」(著者アシュリー・カーン)
という本に出会った
それだけだったらもしかして読まなかったかもしれないけど
日本語の訳書にはさらに「スピリチュアルな音楽の創作過程」とあったので
「スピリチュアルな創作?これは!?」と思って借りてきて読んだ

そもそもこのような純粋に音楽評論的な分野の本で、
堂々とタイトルに”スピリチュアル”と使っていることに時代の変化を感じたし、
この本は序文からいきなり”いつもスピリチュアルな経験をもたらしてくれる”
というE.ジョーンズの言葉を大きく引用している

この本は音楽評論や制作の記録というよりは
真っ向からコルトレーンのスピリチュアリティーを見つめようという気迫みたいなものが
感じられて、なんのためらいもなく、
コルトレーンの魂を浮き彫りにしようとしている

そして、コルトレーンがどれほど、”スピリチュアルな人”だったのか、
このアルバムは「スピリチュアルな感じがするね」ではなく、
本当に彼のスピリチュアルな本質そのものの表現だったことを

今更ながらに知った・・・

1957年、わたしは神の恩寵により精神の覚醒を経験し、
より豊かで充実した、意義深い人生を歩み始めた

そして感謝の念をこめて、
音楽を通じて人を幸せにする力と栄誉を与えてくれるよう神に祈った
-ジョン・コルトレーン

彼の存在が、そしてヴェジタリアンであること、瞑想することなど、彼にまつわるすべてのことが
音楽シーンを一新させた。みんな健康や心の平安や人生に注意を払うようになった
彼がすべての手本になった。でも彼自身は何も言わなかった。
彼の実践することがそのまま手本になったんだ
-ドン・チェリー

 

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Spiritual music in John Coltrane

もう一度至上の愛を聴いてみると・・・

そういうわけで、もう一度改めて、”超久しぶりに”コルトレーンの”至上の愛”
と幾つかの曲を聴いてみた
今では大学時代と違って、自分のスピリチュアルな能力も信じられないくらい増しているし
実際にヒーラーとして活動しているわけだから、
観えることは随分違うだろうという期待を持って・・・

そこで思ったのは、まずアルバムに載っている写真だった
それを見て”え?”っていう感じ。
こんなエネルギーの人は、まずいない
安定感のある波動に、どっしりとしたやさしいオーラ。
何かしっかりとした明らかなものに辿り着いた人だけが持つ、定常波。

亡くなった人の写真からはもうオーラは見えなくなることもあるが
コルトレーンの場合は、そこにしっかりと自らのエネルギーをのこしているので
疑いがなく彼が霊的にも進化した人だと分かった
大体どの写真もそういうエネルギーを持っていた

そして音楽。”至上の愛”が素晴らしいというより、
コルトレーンの曲という曲が、まるで他のジャズとは違うということに、
改めて気づかされて、しばらくうちのめされたようになり、
他の音楽が聴けなかった
まるで他の音楽がスカスカな感じがしてしまい
実はその日、ウィントン(マルサリス)のアルバムも借りていたんだけど
(昔からウィントンも結構好きだったから)
ごめんウィントン!でもコルトレーンの後には聴く気にはとてもなれなかった
(これも後から知りましたが、ウィントンは至上の愛を再現したり自ら”スピリチュアル組曲”
を作ったりと、彼もまたスピリチュアルな音楽家だったんだね・・・だから昔から魅かれてたのかも)

なんていうか、他の音楽とは、まるで”出所”が違うというのか
違った波、違った波長を持っている
これが、多くの人が至上の愛に衝撃を受けてきた理由なんだろう

これは言葉では言い表せないもの。
スピリチュアルな領域のことって、言葉には言い表せなくことが多すぎて
もどかしいのだけど
コルトレーンの音楽も、スゴイとかスピリットだとか、そんな言い方では
感動を形容できない

また、私が今回発見した新たなことは、コルトレーンの音楽のスピリチュアルな響きと波長は、
何も”至上の愛”に限らないということ

どうしてもそのテーマとタイトルによって、至上の愛だけが大きく
クローズアップされやすいのだけど
どの曲を聴いてもコルトレーンはスピリチュアルな静けさと愛、穏やかさとスピリットの生命に溢れていて
何を聴いてみても、何かみなの魂の領域を癒し、歓喜する力があると気付いた
むしろ、至上の愛は難解さや厳しさも感じられるのに対し
他の曲は人間性にもあふれていて聴きやすくなじみやすい

例えば、ジョニー・ハートマンとのコラボしたアルバム曲一つとっても
とても他の音楽とは違う、魂をより高い次元に送り込んでくれるような
なだらかさ、穏やかさそして愛がある

とにかくとにかく、コルトレーンの曲は他の音楽とは、違う。
魂レベルでさえない
人はよく”魂込めて作った、歌った”というけれど、そんな軽いものではなく、
魂を越えて、スピリットの聖歌のようなのだ
これは”感想”ではなく、
今や、霊的な能力を使って彼の音と創造を観ることが出来るようになっている自分には
そのスピリットが確かにあることを、なんとか伝えたい・・・

1つの考えから幾百万もの波動が生み出される
-コルトレーン

と彼は言っているが、私が先ほど書いた「音楽は波動で、どういうものであれさざ波のように
地球に影響を与えている」ということと、関連があるような気がする
1つの音が、よかれあしかれ、さざ波を起こして世界に広がり、他の幾万もの波動に影響していく

音楽は、それを行うもっともダイレクトで純粋なエネルギーだ
だから、地球・社会・人の感情のコンディションは、音楽次第だともいえるし、
政治経済のように衝撃的にではなく、じわじわと見えないレベルで世界を変える
水瓶座の時代の音楽家は、新しい地球へと向かうこの時代に、
それだけ大きな使命を持っているともいえる

人生とは輝きに満ちていることを忘れるべからず
たとえ嵐が吹き荒れようとも、雨はいつかやむ
神と共にあるならー道は開かれる
-コルトレーン

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