Please say what you want~アクエリアス時代の人間関係

となりどうしでも別々の地球にいる

今年ももうすでに終わりにさしかかっていますが、
皆さん今年はどのような年でしたでしょうか

おそらくすべての人が、違う段階・違う変容のプロセスの時期にいるために
各々によって経験したことは変わってくると思います

またどの波動・どの周波数・どのエネルギー領域で生きているかによっても
経験すること見えること感じることがまったく違うという世界に(地球に)なってきました

私たちは隣同士でも、もう同じ場所にいるわけではありません

波動によって違う別々の「地球」にいるんです
古い地球と新しい地球の丁度架け橋を渡っている最中で、どっちつかずの場合もあります
新しい地球が生まれた以上、もうみんな一緒ということはなくなりました

出会い様々な1年~クリスタル世代との出会い

私は今年はものすごく人との出会いが多い年でした
何かが開いたかのように、出会いがどっと押し寄せてきました

それはとても素晴らしい、愛のある、感動的な出会いでもあったし
残酷で、醜悪な経験となった出会いもありました
人との出会いの経験が、真っ二つに分かれていました
つまり人間関係が非常に「2極化」していました
出会う人によって経験することがまったくもって2極化していました

だからとてもいいことととても嫌なこととが同時にやってくるという、
慌ただしい年でした

他者というのは、自分の内面や性格や課題を移す鏡だと、
スピリチュアルな世界ではよく言います

つまり他者は自分が持っているものをそのまま見せてくれるリフレクションであると
スピリチュアルな考えではよく言います

なのでいい出会いは、自分の中の良さを反映し
嫌な出会いは、自分の内にある良くない部分・愛ではない部分を見せてくれるものだと
そのように解釈します

その一方、すでに自分が洗練された波動を持っていて自分の内的な課題を超えてしまった後に
例えば自分をいじめる上司が現れる、など怒りや憎しみを誘発する出会いがあったときには
「その高い波動・綺麗な波動をその経験をもってしても維持できるのか、
愛と許しに生きられるのか」を問われるいわばチャレンジ・成長のステップとして提示される、
と考えられてきました

つまり、嫌な出会いは、スピリチュアルな考えで言うとこの2つの内のどちらかです

私の経験で言えば、私自身は今年の多くの出会いを思い起こしてみて、
いい出会いはやはり自分の波動が上がってきた証だったろうと、自分自身を
労いたい気持ちになりました
おこがましいですが、私も一生懸命にスピリチュアルな成長に取り組んできたので
そうした高レベルの出会いがあったのだと、思っています

特に今年になってやっとはじめて、「クリスタル世代」に実際に会うことができました
今まで何度か愛と平和の波動しかもたない高度な魂たちが生まれてきていると
その純粋なクリスタル世代やレインボー世代のことを
書いてきましたが、「それが本当であるかは、まだ半信半疑だ」とも正直にお伝えしてきました

私はスピリチュアルといえども実証主義なので、現実に体験したことしか
本当に「スピリチュアル」だとは呼びません

クリスタルチルドレンについても、言われているから言及してきたけれど
本当にそんな世代が育ってきているのかは分かりませんでした

でも今年になってクリスタル世代との出会いが相次ぎ、彼らは本当に愛のために
生まれてきた世代だと実感しました
彼らは今20代ですから私とはかなり離れていますが、それでもなぜか気が合うのです
とても気が合って、すぐに仲良くなれるのでした

なぜ人の醜い側面にも出会うのか

反面、今年は人とのトラブルが相次ぎました
しかも、心の底から傷付けられるような体験が、続きました
なぜそこまで人に対して出来るのか言えるのか分からない、というような
非常に残酷な人たちがいることを思い知らされその度に打ちのめされてきたのも事実です

それは私の中にも醜い酷い部分があるということの現れ、リフレクションなのでしょうか?

再びおこがましいながら、私はそうは思っていません
確かに、そういう部分もあるでしょう
私も醜い人間です
それは、自分から修正していかなくてはならない部分だと思っています
でも私はどちらかというと、それらの体験は私への
チャレンジ・愛を試されているということだと受け止めています

なぜなら、私はそんなに酷い仕打ちを、意図的に、相手が傷つくと分かっていながら
行ったり言ったりしたことはないからです

きっと多くの出会いの中で、私の言ったことによって傷ついたり嫌な思いをした人たちはいるでしょう
でもそれは、私が故意にやったことではありません。
私に何らかの視野の狭さや傲慢さや間違いや誤解があり
意図していなくても相手に不快さを与えてしまったかもしれない、とは思いますが
意識して行ったことはないからです

特に今私は日ごとに嘘がつけなくなり、飾った言葉で物事をうやむやにすることが
出来なくなっています

本当のことしか言えなくなっているのです
そういう中で、本心からの言葉にグサッと来た人はいないとは限りません

でも繰り返しますが、相手が傷つくだろうな、と分かっていて何かをしたことは
決してないのです。だから、醜悪なことをする人たちとの出会いは、私自身の反映などとは
全く思っていません。それくらいの自尊心は、守りたいと思います

かなしいかな、我が大学のことを語る

酷い仕打ちを受けた経験で、ごく最近の例で言うと、
私は自分の元の大学の学部のフェイスブックグループに最近はいりました
ところが、ある記事を書いた後すぐに、何の警告やお知らせもなく、
私の記事とアカウントは突然そのグループから消去されました

そこで何か誤解を生むようなことを書いた覚えもなく
営業をしたわけでもありません

ただ一つ、そのグループは基本的に現在大学に在籍中の人が中心となっているグループなのです
表向きはそうなっていますが、実際には半分以上がとっくに卒業しているか学部を去った人たちなのです
そしてグループ管理者さえ、半分はとっくに卒業した人たちなのです

また、「卒業した人は入れません」という明記もありません

にもかかわらず、私が排除されたことに対し、私は驚きあきれてものも言えませんでした
考えられる理由は一つしかなく、人種差別です

もしそれが「ホワイトのカナダ人」だったなら、こういう軽率なことは
しないでしょう

管理者の誰かが、私が入ってきたことを気に入らなかったのです
そして、「傷つくだろう」と分かっていながら、私を排斥したのです

私の心はすごく痛みました
なぜこのグループに入ったか、そもそもは、今仲間たちと創っている
デザインに関する新しいサイトのために、より仲間を求めたかったから、
また学部の人たちと交流したかったからです

そしてこの新しいサイトのテーマは

 

 

live together, one world

 

 

 

つまりこの分断された世界で、デザインを通して皆で一緒に創り生きていこう、
なのです

その思いでグループに入ったこともあって、あまりのその思いの差に愕然としました

昔は、そんな学部ではなかったのです
私がいたころは、カナダのこの大学のこの学部も、もっとのどかで、
もっとのんびりしていました
フェイスブックグループも、もっとゆるくて、誰が入ってもいいようになっていました

トランプ政権のあおりを受けて、人種差別が横行していると言われていますが
「多文化主義」を謳い誇りにしているカナダでも、こうした酷い人種差別行為が
「まるでごく普通に」行われるようになってしまったのか?
しかも私の愛する大学の生徒によって??

と私はすごくつらい気持ちになりました

今、スピリチュアルで言えば「古くて重くて暗い昔ながらの低い波動の地球」で生きている人たちの
行動や言動は、ますます醜悪なものになっており、暴力的になってきており、
まるでそれが普通であるかのような蔓延の仕方をしています

ミスタートランプが引き金になり、嫌いな人種は嫌いなんだよ、何がわるい、
と皆が開き直ったかのようにヘンな態度を当たり前みたいにとるようになってきました

それはおそらく、日本にも波及しているでしょう
日本人にも、他の人種を差別する気持ちや因習がまだ残っていますから…

でもカナダでも、そういうことが起きている、そう感じました

でもここで私は黙っている人間ではありません
私はグループ管理者に対して、不正の申し立てをし、「なぜ私だけを排除したのか正当な理由を
聞かせてください」と伝えました。またフェイスブック本部にも、人種差別的行動がみられるとして
このグループについての警告を出しました

やりすぎではと思う方もいるでしょうが、私は不正は不正として黙っていることはできないのです

グループ管理者たちからは、返事がないか、返事が来ても観るに堪えないほど冷たい返事だけでした

一体カナダ人はどうしちゃったんでしょうか?

もちろんカナダには昔から人種差別があります
それは経験ずみですし、友人たちも人種差別に泣いてきたのを見てきました
カナダと言えば、美しい自然に澄んだ心の持ち主だけが住んでいるように
テレビなどではいつも報道してますが、とんでもないです
多くの人種問題があります
でもこんなに酷い国ではなかったはずなんです
もっと寛容でおおらかな国だったはずなんです

人間関係も2極化する世界

世界は今、どこに向かっているのでしょうか?

私は今年の多くの出会い、多くの人間関係を通して、やはり世界は
2極化している?と思わずに言われませんでした

出会いは愛に基づいた純粋なものと、傷と暴力が通常化した異常なものとに
はっきり2分されていたからです

もちろん、救いとなるのは、愛に基づいた出会いの方がずっと多かったことですが・・

でもこの2分化は、世界に生きる人の波動の2分化を表していると思いました
日本人もまた、その中で2極化2分化しています

その結果、社会全体地球自体が2極化するというわけです

愛に基づいた新しい地球が生まれつつあることを知っている人たちや
もともとそこにしか存在しえないクリスタル世代やその下の世代の美しい魂たちは
波動の低い世界に生きる人とは調和できません

なので、同じところで生きているようで別々のところで生きているのです

ところが物質的次元では同じ「スペース」を
共有しているため、時にいや多くの場合それらが混じり合う時、
そこに試練が、衝突が、傷がしょうじるのです

それが今の地球にいらぬ傷と戦争や悲しみを増やしています

そして、低い波動しかどうしても受け入れられない人々は、
進化が止まって停滞するので、新しい地球の波動についていけないのに一方で
その影響を知らぬうちに毎日受けていて、何が何だかわからないので
ますますイライラし、暴力的になっていきます
それがもっとひどくなると、事件化するようにもなってきます

皆さんの中でも、いらぬ暴力にさらされる、
誰かと衝突する、今まで仲良かった人との関係がいきなり変わる、
そのような経験をすでにした方々がいるでしょう

でも、それが今の地球の現実です
そしてライトワーカーとして新しい地球が見えている人には、大きな試練になりますが
前述したように、大きな成長のために与えられた試練とも言えるのです

それでもアクエリアスのエネルギーで生きる

さて、誰かに傷つけられたり不当な扱いを受けたり、
全く違う波動次元にいる人に暴力を受けたりする可能性は
今や誰にでもあり、
その中でもやはり私たちが「アクエリアス」水瓶座の時代のエネルギーで生きることを

選ぶならば、物事ははっきりとさせるべきです

もし不当な扱いを受けて黙っていることを選ぶならば、
それはあなたがまだ古い低い次元の地球の方が居心地がよく
高い新しい次元の地球に調和できない、という証です

なぜなら、アクエリアスの時代には、新しい地球の時代には
嘘や欺瞞や偽装や虚飾やごまかしやだんまりなどが、まったくないからなのです
そういったものが、エネルギー的に存在しません

皆が、ハートも開き、スロートチャクラも開いていてハイヤーセルフベースで生きているので
嘘がつけないのです、もう隠しごとはできないのです

これは特に日本人にとっては大きな挑戦になるでしょう

日本人はもとから、悔しくても黙っているのが美徳、道徳、そして
ごまかしや曖昧が大好きだからです

嘘がつけない世界になっているから、
世界的にもウィキリークスのようなものが出てきて
今ではパラダイス文書で大事が暴露されたり
企業の不正がつぎつぎでてきたり
社会的に傷付けられたり抑圧されてきた人たちの告発が多く公表されたり、
芸能人が縛られた生活におさらばして突然芸能界をさったり
とにかく人々がいろんな方面で今まで言えなかったことを言い始めています

最近ではハリウッドのセクハラ問題の暴露がとめどなく続いており
大きな人権問題解放のうねりを起こしています

新しい地球のスピリチュアルな生き方のベースは、自己の主権です
自分で自分を生きる、自分のありのままを認める、
自分は何者からも「奴隷」にされない生き方。

それを口で言っていても、行動に移さなければ本当には新しい地球には移行できないのです

でも行動に移すことは大変なことです
より傷つくおそれもありますし、とても疲労しますしエネルギーを使います

勇気もいります

それでも、高い波動で生きるというのは、そういうことなんです
口先だけで、スピリチュアルなかっこいいことを言っている人など沢山いますが
本当に主権を取り戻している人、自分の言葉で語れる人はどれくらいいるでしょうか?

水瓶座の時代は、正直で真実しかない、とよく言っているウィリアム・レ―ネンさんも書いています

「平等と平和のエネルギーを選択した人たちが、平等ではない人間関係にいるのであれば
平等ではない人間関係に対する境界線を持ち、平等ではない人間関係を終わらせ、平等な人間関係を
求めることができます。求めるエネルギーを生きることは可能ですが、行動を起こさなくてはなりません」

今の時代の世界には、内的な部分が大荒れになっている人たちもいて
傷つくリスクの大きな時代です

それはいじめが相変わらずなくならないことやDVが増えていることや、
企業の搾取するような働かせ方がいまだ変わらないこと、
最近のお相撲さんの事件などにも表れているといえるでしょう

愛に満ちた選択をしても、尚暴力に遭遇するリスクがある、そういう地点にいます
だからこそ身を守るすべと、それでも主権を主張する勇気と
そして、自分は新しい地球の波動で生きる、ということへの自負を持って
進むしかありません

そして、愛ある出会いに感謝して、それを糧にしていくことが何よりなんだと思っています

来年は、もっともっと愛ある出会いがやってきますように!
そのためには、私自身の中の、愛のない関係の解放と許しを行わなければなりませんね…

皆さんはこの時代の人間関係、どう思いますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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