地球と個人が新しくなる時代へ-新しいスピリチュアルへ,  地球の変動に伴う心や体の変化について

まず体験すること、がスピリチュアルな生き方の要

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 スピリチュアルは体験することがベース

スピリチュアルというと、何かを信じることだと思っている方が
多くいますが、スピリチュアルに生きるとは、「何かを信じる」ことでは
ないと、私個人としては思っています

一貫して書いていますが、スピリチュアルというのは自己探求の旅です
自己を探していると、物質的次元以上の自分に、
自然に必然的にぶちあたります
そこで、魂、そしてスピリット、ハイヤーセルフといった
物質として形成されていない部分の、広大な真実の自己に出会っていきます

だから、自己探求をしていくことなので、
結局信じるべきものは自分、あるいは自分の中にある真実ということになりますよね
本当に、信じるべきものは自分しかないと思います
自分と言っても、エゴの自分とかパーソナリティーとしての自分とかではなく、
感情的になっている自分とか悩んでいる自分とかではなく、
自分の中にある何ものにも左右されない、核としての自分、神我と呼ばれる部分を
信じると言うこと・・・

信じるものは、外部にはありません
例えば私は天使に深く繋がっています
だからといって、天使を信じる何らかの信者なわけでもないし、
私と天使とのつながりが深まったのは、
自分のなかの神聖な部分を信じて、浮き彫りにし、表現し、開拓していった先に
自ずと現れ出したものです

私は天使を信じているのではなく、自分の中の神聖な真実の部分を
見出していくうちに、天使と出会ったのです
天使を体験するようになったのです

天使は、存在としてまるで人間のようなかたちをした「何か」ととらえる必要はありません
人間がそうするのは、人間みたいにイメージすることが一番自分に身近になりやすいからです
天使はただ純粋に大いなる源からくるエネルギーの一部、愛の一部。
ということは、結局私の真実の核となる部分と混ざり合っている、
究極的には天使も私も宇宙も、皆も同じもの。
こういう、ワンネスの意識を基盤に置いているから
結果として私は天使に近い人間になったのだと思います
何かを信じているからではありません
天使さえ、「信じる必要」はありません
自分の内にある神聖なもの・神我・おおいなるすべてさえ信じていれば
おのずと天使との接触は始まります

 

そう、つまりスピリチュアルなことというのは、
信じることではなく体験することです
体験してみないと、スピリチュアルとは何かは
決して分かりません

よく、「私はスピリチュアルな考えとか、どうも不思議な世界がこの世にはあるらしいことに興味があります。
あの講演会に行き、この本もあれもこれも読みました」って言われるんですけど、

他の人の体験談を知るだけでは、
結局は、自分の体験としてやってこないと、それがどういうものなのかわからないし、
魂は大きく開かれていかないんです

あるいは、体験がない人はいつまでも「疑い」ます
都市伝説とか、トンデモと揶揄して終わり。
こうした思考の疑念によってスピリチュアルなもの、
見えざる世界もあるということをかたくなに否定する人たちは
考えて「いや、やっぱりそういうことはないな」と
否定することで自分の恐怖を保持しています
よく考えれば否定するための説得材料はほとんどないのに
頭でそういうことは「ない」と考え、体験をシャットアウトしているから
結局体験はやってこない。
よって、いつまでも魂に触れるような体験は
何も体験しないので、いつまでも否定する
という悪循環にはまっています

魂が本当に目が覚める時っていうのは、やはり体験した時です
臨死体験
天使体験
通常ではありえない奇跡の偶然
奇跡の生還
超常体験
そして、ワンネスの体験
真実の、純粋な、スピリチュアルな愛の体験
(恋愛とかではなく、自分と大いなる源との一体化)

こうしたことを体験してみないと、本当の意味でスピリチュアルに「よし」と言えないものです
本気になって魂で生きてみようとエンジンがかからないものです

ではどうしたらこうした体験ができるのでしょうか?
正直に言って、私には分かりません

私の場合は、覚えているかぎりでは2歳の時に天使と呼ばれる存在の
エネルギーを受けとるようになって以来、スピリチュアルな体験というのは
むしろ否定してもしてもやってくるものだったからです

おそらく、「あれこれを体験したい」と思わない方がいいし
計画を立てたり、これだけヒーリングセッションを受けたから、瞑想をしたからと
頭で考えるべきものではなく
また頭で一生懸命不自然に体験を追いかけない方がいいでしょう

最初に書いた通り、自己探求をし続ける
大切なことはシンプルに、それだけだと思います
その先に、スピリットがgoした時に、体験が起こってくるのではないでしょうか

ただ一つ言えることは、自分の心の中でgoサインを出していることが大事だと思うんです
「霊的な体験を受け入れてもいいよ」というような、ハートの開き方をしておくこと。
私の天使のセッションを受けられている方々も、
どこかで心にgoサインを出しているんだと思うんです

セッションを受けるということは、
それによって癒しや気づきなどを得たいという思いもあるかもしれませんが、
「天使が、(あるいは自分の魂・スピリットが)私の人生に入ってきてもいい」
とサインを出しているということでもあります
だから、結果としてセッションを申し込まれた方に
天使体験や神秘体験をする方が多いのだと思います
それをきっかけにして、自分でそういう体験にハートを開いているということなんですね

私がここで言いたかったのは、
スピリチュアルな超常的体験をするためのノウハウだとか
ハウツーだとかがあるよということではなく、
ただ純粋に、それは体験してみて初めて分かる領域なんだよということです

科学者は一生懸命客観的事実や統計、機械技術などで
スピリチュアルなことがらを説明解明しようとしますが
そんなことより、科学者も自分を信じて、さっさとスピリチュアルな体験をした方が早いです
おそらく、その度合いによっては、全く今までとは意識が変わるでしょう

人によっては、今まで理性と頭と数値で図ろうしてきたものがなんだったのかと
自分のしてきたことに疑問を持つようになるでしょう
それくらい、超常的な体験というのはものすごいものです
正直、科学では永遠につかみきれないものでしょう

私は思うんですが、神様は最初から、スピリチュアリティーというものを
科学的には解明できないものとして設計していると思います

なぜかというと、そうしないと一人一人が
自分の中に真実を探し、自分でそれを体験してみようとはしなくなるから
神様が望んでいるのは、永遠の自己あるいは大いなる源と個々人が
一体になることだと思うので、そうしたことを、
客観的に見て納得ちてもらっちゃ困るということです

自己探求をしなければ、成長はなく、成長が魂の望むこと
だから、成長を自分でするように、科学的には計り知れないものに
最初からデザインされているのではないかと思うんです

 

 

 

 

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