陳情令人気のわけ:金庸と陳情令~中国武術仙術ドラマはまず金庸から

金庸と陳情令

前回の記事で、金庸の笑傲江湖のストーリー展開および、主人公の令狐冲と、
陳情令のストーリー展開および主人公の魏無羨 は似ていると書きました

もちろんこの2つの作品は作品が持つテーマや、風情・情緒・情感・風景が違うので
同じにすることはできません

また、本人の意思や希望とは裏腹に魔道におちるがそこから這い上がって逆転していくという
大体の展開と、それを成し遂げる主人公たちの爽快さは似ているものの、

陳情令にある青春群像や、一方で笑傲江湖にある武林の戦い・剣術を
極めたダイナミック性・東方不敗という忘れがたいキャラクターデザインなど、違う箇所は沢山あります

 

それでも、やはり似ているところは沢山ある、特に主人公たちの性格とキャラはかぶりますね
金庸に詳しいひとは、すぐにわかるはずです

 

この作者がどう否定しても金庸に影響されたことは間違いないと思います
意識的か無意識かは分かりませんが、やはり骨格となる部分を金庸から拝借していると見えます

 

金庸って一体誰?

金庸、金庸と何度も書いていますが、では一体金庸とは誰でしょうか?

実は日本ではほんとに、知らない人の方が多いと思うんです
特に日本はアジアの中でも際立って金庸についての認知度が低い国で、
作品がこれだけ翻訳された今でもなお、人気は正直ありません

ここまで中国ドラマ、華ドラが輸入されてくるようになり
毎日テレビをつければなにがしかやっているというのに
それでも、まだ金庸は有名にならず、話題になりません

そして、金庸の傑作作品すべてが、ちっとも無料放送に選ばれません
どこでも金庸の作品をやっていません

このように、中国ドラマや中国のことがこれだけ日本で話題になっている今でも
金庸だけは、いつまでも脚光を浴びることがなくすぎていきます

でも、それでも金庸は現代の中国武侠小説や武侠ドラマ、そして今となっては
史実だけをやるとか現代ものとかを除いては、あらゆる史劇・武術・兵法・ロマンスドラマの中で、
そして華ドラ世界特有の道教儒教仏教の3教がまじりあった仙術ドラマの中で、

つねに影響を与えていますし、
その物語の骨子には必ず金庸的なものが含まれているといっても
いいのではと思います

もちろん陳情令も例にもれません
魔道祖師・陳情令どちらにおいても金庸の影響はそこここに見受けられます
特に陳情令はもっと大胆で騒がしく出てくる人たちが狡猾だったら、
金庸の作品かと思ってしまうかもしれません

 

なぜ金庸は日本で人気がないのか?

武侠や仙術の小説のみならず、ドラマやゲームや映画や漫画など、
あらゆるコンテンツに対し、なくてはならない原形としての金庸だというのに、

日本で未だに人気を得られないのは、日本人の性格的特質と関係があると思います
金庸の世界は、正直ハチャメチャです
もうそれはドラゴンボールと水滸伝とるろうに剣心とルパン三世が混じったような?
ハチャメチャさが全開です

それほど、容赦ないほどにバシバシと武術が展開されますし、
とにかく登場人物の数が多いです
その登場人物がまた、どれもが魅力的で、誰も脇役ではなく、好漢ばかりです
悪役さえ好漢に見えるほど面白くチャーミングなのです

話の展開はドラマチックでダイナミック、技はどんどん出てくるし
好漢は水滸伝ばりに出てくるし、戦いはドラゴンボール並みに続きます

そして日本人にはおおよそ理解不能な仙術、陣法、法術、大技などが次々飛び出し、
ドラゴンボールにルパンにるろうに剣心に三銃士にハリーポッターが混じったようなすごさ。

日本人にとって、通常歴史ドラマや史劇と言えば、きっちり作りますよね
大河ドラマはいっつも同じノリで、史実に忠実、奇想天外でひょうきんなダイナミックさはありません
振り上げた刀からいきなり光線が飛び出し、それが虹色になって世界を包むと、大蛇が現れて大暴れし、
それを呪文で一気に倒す、なんてことは、日本の侍ドラマや大河ドラマには絶対でてきません

 

でも金庸の世界はずっとそんな感じです
だからといって安直で馬鹿臭い演出ではないのです
それらは架空のことではあっても、ある意味では本当の中国武術や仙術をデフォルメしたものであって
だからこそ金庸のドラマや小説を読み込むと、自分の武術にも確実に影響してきます

そして金庸は歴史的背景もきちんと正確に描いています
武術や仙師や戦士のあり方についても、決して間違ったことや安っぽいことを書きません
そうだよな、と思わせる機知と知恵と叡智に満ちています
そして何より、金庸は義侠心を描き強調することを大事にしています

 

魔道という概念は金庸がつくった?

そもそも「魔道に落ちる」という概念自体が、金庸が作り出した特徴的なプロットであると言えます

中国の歴史はとんでもなく長いですので、多くの作品の中には魔道に落ちるというような意味合いの物語も
あったかもしれませんが、ここまで明確に「魔道」を描き確立した作家は金庸ではないかと思うのです

よって、陳情令の原作である魔道祖師という題名自体がもうすでに金庸に影響されており、
何らかの形で金庸への憧憬を表明している感じがします

金庸は、面白おかしい題材として魔道を描き、確率したわけではありません
魔道は、実は人の心のあらゆる弱さの象徴です
事実、登場人物で魔道に落ちる人は何らかの弱さを理由に魔道に落ちるのです

それは、人は自分のダメなところやエゴに気づくことなく怠慢か傲慢でいると、
いつしか本当にダメ人間になってしまうよということの表現なのです

そして魔道は、正道と比べられることによって、正義とは何かを問うための要素になっています
金庸の作品では、しばしば正道にいる人が一番悪かったり残忍だったり、
魔道にいる人がやさしかったり魅力的だったりします

そしてそれを体験することで、主人公は何が正道で何が魔道かわからなくなるのです
正義とは何かということは、実は簡単に判断・判別できることではない、
というのが金庸のメッセージの大事なところです
そして、その答えは人の心のうちにこそあることがわかります
つまり、正道も魔道も、見かけや、技や、門派にあるのではなく、
その人の心の中にこそあると。
私たちは心の中に愛と思いやりと慈悲を持ち、一方で冷たさと残忍さと傲慢さを持ち合わせています
それらのどちらを生きるのかは、その人次第であり、見かけではないと。
それが金庸の大きなメッセージだと思っています

 

金庸なくして現代の武侠ドラマもなし。

 

このように、特に江湖・武林を舞台とした物語はことごとく金庸に影響され
金庸をバックアップにして書かれているといってもいいくらい、
金庸は中国武侠の世界を世界に知らしめ、物語によって絶大な人気を得てきました

ですから、陳情令が好きならば金庸の作品を見るべし、と思います
ある程度じっくりと金庸の作品を見るか読むかすれば、
そもそもの武侠の世界感、仙師の世界感がつかみやすいと思います

そして、陳情令がもっと深い意味で見られるでしょう
陳情令の描くところどころが、もっと味わい深いものとして観られると思います

こうしたドラマの(本来は小説の)特徴も分かりやすく身近になるし
何より、金庸の知識の正確さと歴史研究の深さにより歴史そのものの背景から学べます

ぜひ、陳情令と同時に金庸の作品を見ることをおすすめします

 

★さて、金庸の超簡単プロフィール

1.浙江省出身
2.外交官になりたくて台湾に留学するも挫折
3.大陸に戻り新聞記者になるが香港支社に派遣される
4.やっぱり外交官になりたくて再チャレンジするが挫折
5.やっぱり新聞記者にもどり香港に戻る
6.新聞小説として武侠小説を書くようになる
7.自分で新聞を作る
8.その後も新聞に武侠小説を書き続け、人気作家となる
9.1972年には『鹿鼎記』の連載を最後に、作家としての断筆宣言
10.一時は香港の政治に関わったけど、昔からやりたかった大学での研究をはじめる
そして北京大学やオックスフォード大学など多くの大学の教授を務める

ちなみに、私の通っていた大学で博士号をとっているので
金庸先生とはなんと、同窓なのでーす

以上。

★「21世紀中国文学大師文庫・小説巻」で、
魯迅とともに選ばれるとともに、

第4位の大師となる。

これだけ見てもすごい人だということがわかりますが
中華圏の人はまず金庸のことは当然知っていて、特に男性だったら何かは読んでいます

書いた小説は決して多いとは言えないものの、世界での発行部数は聖書につぐほどの数になり、
中華圏ならず多くのアジアや、お隣の韓国などでも人気があります

映画やドラマ化したものは数知れず。
しかもドラマは、金庸先生のものに限っては、何度も何度も違う監督と俳優で
同じものが制作されています

例えば今まで書いてきた笑傲江湖も、繰り返し
何度も新しくドラマ化しているのです
内容は変わりませんから、みんな内容は全部わかっているんだけど、
やっぱり見ちゃう。

というより、次のバージョンはどうなるかな、というのが楽しみで見るような感じ。

日本でいえば、半沢直樹が7回も8回も配役を変えて放送しているようなものです

そこまで愛されてる金庸の作品は、先にも言いましたが
あらゆるドラマのあらゆるシーンで模倣され、
他の作家や制作者たちに多大なインスピレーションを与えてきました

私はどれにもこれにも金庸の影響を見つけることができます

ある意味、現代の武侠小説の一つの型、原形が金庸。
金庸なくして現代の武侠小説もなし。

その影響は武術家にも及びます
実際、ハチャメチャな武術のように見える技でも
何度も観ていると何らかのヒントがもらえるし

武術家として、仙術家としてどう生きるのかということを
小説の老師たちにセリフでいわせているのですが
その言葉がとても深い。

私は金庸の作品の登場人物の言葉に救われて、
それで中国武術に惹かれて、武術を始めたので、
どれほど金庸先生に感謝しているかわかりません

現代の中国武術や中国武侠ドラマの土台であり基礎でありインスピレーションである
金庸の作品を、もっともっと日本でも放送してほしいし、紹介してほしいです

そして最後にやっぱり言いたい。
シャオジャン、令狐冲やって~~~
あなたが令狐冲やらなくて誰がやるんだ~~

 

 

 

 

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