中国ドラマレビュー,  中国武術ってどんなもの?

ドラマ「陳情令」大人気のわけ

 

天行は健なり。
君子をもって自彊してやまず。
―「易経」より

 

 

ブログでは度々、中国武術・仙術系のドラマレビューも書いてみたいと思います

私見ですが、中国武術とは何か?を知るために、
中国武術系のドラマを沢山観ることは最も有効な
「勉強法」です

ここで、武芸道場で必死に練習し、正当な技だけを習い、見ることだけが正しいと思っている
頭の固い正統派の人は反対するかもしれません

というのも、ドラマでは武術・仙術が本物を非常にデフォルメして、
作者の好きな想像にまかせて描かれているから。

それはいわゆる本物の武術とは言えません
でも、特に初心者にとって、武術系のドラマから得られる最大のものは

カンフーの持つ要素・特徴・イメージ・雰囲気・世界観

など、言葉にしがたい部分です

中国武術系のドラマを沢山観ると、おのずと、カンフーの世界が
そもそもの原点である古代文明の中で、いかに行われ、扱われ、発展し、進化していったのかが
ざっとでもつかめると思います

まあ、そこには中国の大作家であり最高峰の武侠小説家、金庸の貢献が大きいのですが
その話は後日にして、今回は、

最近、じわじわと人気を拡大させている

「陳情令」についてのレビュー。

ここでは原作及びアニメについては省き、純粋にこの「陳情令」というドラマについてです。

 

 

中国ドラマの新たな境地を開いた「陳情令」とは何か?

 

中国ドラマは正直、普及しまくった韓流ドラマと比べれば、
まだまだこれからといった感があります

でも、この「陳情令」の人気は、日本での華ドラ(一般的に中華圏で作られたドラマの総称)
の一つの分岐点になるかもしれません

今までの中国ドラマとは明らかに違う受け入れられ方をしています
今までこれほど長いこと話題になり、人気を博し、ファンを増やし続けてきた
中国ドラマはあったでしょうか?
陳情令は、今まで華ドラができなかったことを実現させています

ただ、中国ドラマは日本ではまだ一般的ではなく、
とくに陳情令のような武侠仙術ドラマは、日本人には
なんのこっちゃ、と思うような不思議ワールドに映るに違いありません

絶え間なく出てくる武術・法術・仙術。
これを最初に見たら、日本人はぶったまげるかもしれません。
そして最初でやめてしまうかもしれない

とくにこのドラマは、いきなり16年後を映して、その後またいきなり16年前に話が戻るという
分かりにくい作りになっているので、4話くらいまでは、なんのこっちゃ、が続くかもしれません

しかも、いきなりゾンビがどかどか出てきて
このドラマのミステリーやホラーっぽい要素が最初に全開になってます

でも、我慢してみててください!

正直、まだまだ日本人には中国武術系のドラマ特融のスピリチュアルな
仙術や法術や修行方法などが次々出てくると、なじめないかも、です

だからこそ、このドラマは中華圏の人にはごく普通に映っても、
日本人には訳の分からない世界観であり、
普通の学園ものや法廷ものやラブロマンスものなどのように、
その人気は一気に爆発的に広まってはいません

でも、去年からじわじわ、じわじわとファンを増やし続けている、というのが私の感覚です

それだけでも、今までを考えれば、奇跡の一作といっていいでしょう

 

陳情令、そのざっとあらすじ

さて、

物語は、孤児ではあるが天才的武術の才能を持つ青年魏無羨が、

自分の友を救うために自分の内力(いわゆる簡単に言えば霊的な氣のエネルギー)を失い、

それを補うために、妖術使いになることを選び、強さを維持しようとする。

そこから彼の人生は崩れていき、周りの人生も崩れていくのですが、
それを超えてまた再び、新しい旅立ちへと向かう・・・・というような話。

門派同士の諍いや謎の秘宝や悪党の登場など、
いわゆる武侠ドラマを代表するようなものが一通り出てきます

戦いもあり、陰謀もあり、アクションもありということで
そのあたりは普通のカンフー映画や武侠仙術ドラマと変わりません

ただ、陳情令は一見ありきたりな要素とストーリー展開なのに
非常な人気をアジア全土で獲得しています

その違い、その魅力を見ていきましょう

 

①陳情令の他と違うところ:
主人公とその仲間たちの心の部分の繊細な描写

このドラマはただ戦いに明け暮れて、
勝ったの負けたの、次から次へと陰謀や権謀術策が出てきて
あるものがすごい悪者で、それを倒すために天才的な主人公が仲間と
反撃を繰り返して結局は勝つ。

というものではありません。

こういうドラマは世間にあふれています。
はらはらするけど、結局心に何も残らなかった、というドラマは日本を含めて少なくありません

こういったストーリーのドラマは、何も中国武術ドラマに限らず
宮廷もの、現代法廷もの、アメリカハードボイルドもの、恋愛もの、学園ものなどなどなどなどで、

あらゆるドラマの主要なネタ、主軸になっています

でも、陳情令はどこが違うか?

それは、一貫して主人公魏無羨(以下ウーシェン)と、
その仲間たちの心の機微と成長を描いているところ。

もし仙術や仙人世界という日本人にはなじみのない世界が受け付けなくても、
この、魏無羨と仲間たちの生き様と成長の記録として観ていくと、
断然面白いし、他とは一線を画していることがわかります

また、監督や演出側も、そこに焦点を置こうと努力して作っているのがわかります

事実、非常に繊細に
魏無羨やもう一人の主人公、藍忘機(以下ワンジー)の姿・しぐさ・表情・反応・感情・目力・瞳などを
こまかくこまかく撮っていることがわかるでしょう

本当に繊細に撮り続けています

例えば脇役ですが、汪卓成(ワン・ジュオチョン)演じる江澄の表情。
彼は一見、すごく短気で強情で、意地悪にさえ見えます。
でも、拾われてきた魏無羨と、兄弟のようにして育った彼は、
何よりウーシェンを愛していますし、大事に思っています

それを一切表に出さないのですが、
いろいろな箇所で、いかにウーシェンを大事に思っているかが、「表情」で描かれています
つまり、彼に対する「眼差し」に描かれているのです

これはほとんど口をきかない無口なワンジーも同じなのですが
ワンジーも、ウーシェンへの愛をただひらすらしぐさや表情、目の表現で描いています

2人ともそれだけ演技がうまい
ということもありますが、陳腐なセリフで人を泣かせようとしたりせず、
静かにこのような繊細な表現に徹したことが、
陳情令がただの「感動物語」にならない理由です

思っているのに出せない気持ちを違う形で表現することで、より深い愛をそこに見ることができ
結果として本当に感動するのです

そのような繊細な演出・映像制作は、あまり今までのどこの国もドラマでも
観たことがありません

 

②陳情令の他と違うところ:
人間の善悪を問う、深いテーマがそこにある

 

私論ですがドラマの制作人や原作の作者は、金庸に大きく影響を受けていると思います

基本、中国が誇る大家、金庸の描く武侠ドラマは
江湖を舞台とした武侠仙術の世界を大胆に繰り広げながらも、

大勢すぎるかと思うほど登場するキャラクターはことごとく魅力的で、
主人公はどこまでも正義と義侠心に生き、悪人さえも
魅力的で生き生きとしています

そしてただアクションやって、お前が好きだ、とかで終わりじゃなく、
「人間とは何か」を常に問う素晴らしい作品であること。

大エンターテイメントでもある金庸作品ですが、
エンタメやアクションにおわることは決してなく、
常に主人公は義侠心を大事にしています
ただの戦士ではなく、義侠心を持つがゆえに葛藤する人間をいつも描いています

けれど、金庸のすごいところは悪者にさえ、
いいところや魅力を大いに付加させているところです

実際に、善と悪とが逆転したり、
主人公が必ずしも善だけに生きているわけではなかったり、
悪者がいいところで活躍したりします

つまり、金庸の作品はいつも、
善悪がはっきり区別されて勧善懲悪的、ではなくて

人間は善悪のどちらも持つし、どちらにでもなってしまうグレーゾーンな存在、
複雑な存在であること、
だからこそ面白いのだ、成長していく必要があるのだ、
ということを描いているのです

この陳情令はそんな金庸作品の世界を思い起こさせる部分が多い。

それはこの作品のテーマそのものにすでに現れています
ウーシェンは、友人であり兄弟といってもいい澄のために内力を失う、と書きましたが、
失った内力を補足して、それに代わるものとしての自分の武力として
呪術を選んだのです

それは正統な仙術家としては全く反逆か追放のような行為でした

でも彼にはそれしか選択がなくそして彼にはそれでも「力」が必要でした
なぜなら、戦乱の世にあり、門派同士での争いが過熱し、天下は瀕死の状態になっている時代のさなかに
「力」を持たなければ、正義を実現できないからでした

この、友のために自分の霊力を手放しあげてしまう、という部分は
作品の根幹をなす部分であり、深い感動を呼びます
私は今でも泣けてきます・・・このシーン何度も見てます

正義のために戦う、そのための力を、呪術として顕現したということは

ある意味、悪をもって悪を退治するという一見、矛盾した行為なのですが
それでも使う人によってそれは悪ではなく善にもなり、

逆に使うものによっては善であり正統なものでも、
悪になりうるということをこの物語は描いて見せています

つまり人のいう善とは悪とは、判断しきれないものなのです
一番大事なのはその理由であり、思いであり、意思です
真の思いの中にこそ、本当の善悪があり、見かけにはないのです

だからこそ、金庸の描きたかった義侠心は、単に正義の味方が強く戦って勝つというプロットから
脱却し、もっと意味の深い、真の義侠心となりました

この難しい課題を、金庸はこれでもかというほど描いていました

陳情令はそこの部分を、大いに金庸から学んで吸収していると思います
そして善悪の根幹は人の思い・意思であることを書くことで
義侠心とは見かけや技などではなく、意思と意志の中にこそあることを強調しています

というか、単純な勧善懲悪にしないことによって、より
義侠心とは何か?というテーマを強調できるようにしている物語なのです

 

 

③登場人物全員に魅力がある、なくてはならない存在。

これも金庸の持ち味であり、金庸作品の特徴と同じなのですが、

この作品もまた、これでもかというほど登場人物が多いのです
中国ドラマはそういう傾向はどれもあるんですけど、

このドラマの登場人物は、ただドラマのために配役されている脇役が多いのではなくて、

一人一人が「なくてはならない」魅力的な存在として大事に描かれているのです

だから、普通は脇役は多すぎて名前も覚えられないし、何が何だかわからないということがなく、

あの人も、この人も好き。面白い。魅力的だ。となっていきます。
そこがとても、金庸の作品に似ています。

金庸も、出てくる登場人物すべてに愛情を注いでいて
それらを丁寧にそれぞれ違う性質として描いていました。

陳情令のウーシェンとともに仙術家として成長していく若者たちは
どれも魅力的で、どれも違うキャラの性格がはっきりしており、
誰もがキャラ立ちしているといえます

だから、青春群像劇ともいえるのですが、ただ主人公が目立てばいいという群像劇ではなく
どれもが、青春群像の光る一部なのです。

例えば最後は鬼将軍と呼ばれ、その体質から苦労の連続で、
たびたびゾンビ化する温寧。
彼のゾンビ化した姿は最初見たときはほんとキモイんだけど
だんだん慣れてくると愛着さえわいてきますし、
もちろん温寧自身の性格にも魅かれるのです

 

④漢詩を読むような美しい映像美と、
表情やしぐさ、江湖の描き方の繊細さ

 

これは一般的に言えば江湖を舞台とした沢山ある武侠仙術ドラマの1つにすぎません
こうしたドラマ自体はいっぱいあります

純粋に江湖に生きる男たちの、生き方もあり戦いもあり、そして(この作品では省かれているけど)
最近はロマンスも大いにありで、
粗野な部分もある戦いのドラマの1つです

ただ、陳情令は、最近の中国ドラマの傾向に乗っていて、

映像もはるかにグレードアップされたもので美しく、
漢詩の世界を見ているような感じ…
今までの戦い一辺倒の江湖・武林だけを描いてはいません

山野や武芸道場、雪や空や彼らの使う楽器、その効果的な使い方。
特に私はウーシェンや澄が住む蓮花塢がとても好きです
その映し方も美しいです

それでも、江湖という武侠家になくてはならない世界は
ちゃんと丁寧にはっきりと描かれていて、
今すぐにも江湖に
タイムスリップしたかのような臨場感がつねにあります

そして、先にも何度も書いているけど、
主人公たちの表情がすごく繊細ですね
皆、表情だけで何かを言うということができちゃうほど演技がうまいです

それでイケメンがわんさと出るのだから
そりゃ女性ファンが多くつくのは当たり前。

繊細さや映像美、
アクションではなく感情重視。
そしてイケメン重視。
女性でも見られる武侠ドラマにしたところが人気に火がついた理由なんでしょう

 

 

というわけで、

陳情令は、素晴らしい作品であり近年の傑作武侠ドラマといっていいと思います

BL小説がもとになっている、ということにばかり注目と話題が注がれすぎている感はあります
このドラマの中でもロマンスなのでは?と思うセリフやシーンを探すことに夢中になっている人が
多いなと感じます。その要素を探ることも
良しあしは別としてドラマが人気になった理由の一つなのかもしれないけど、

それに制作側も乗って、それを想像させるような・させないようなシーンを作ってはいますが、、、
(そういう視点でみれば、の話ですが)

ただ私としては武侠ドラマとしての素晴らしさを純粋にお勧めします

彼らの関係はここ陳情令の中ではプラトニックな友情で、
武侠には必ずある義兄弟のさらに上をいったような関係性です

だから、注目すべきは作品全体の物語性、主人公の魅力、わき役のそれぞれの魅力、映像の芸術性。
これらがもっと注目されていいと思う

 

最後に、この陳情令が異例の人気を今もじわじわと集め続けているのは、
ウーシェンの魅力、があると思います

内力を失った、でも正義を貫きたい、
そうした心の葛藤を抱えながらも、信念を貫き通していく魏無羨。

魏無羨のその成長と葛藤、苦しみや悲しみ、愛をシャオジャンがとっても魅力的に演じています

シャオジャンなしではここまで魅力的にドラマが描かれなかったでしょう
まるで魏無羨がシャオジャンを選んだかのように、彼の見事な演技あってのドラマでした

間違いなく彼の作品への貢献は大きく、
シャオジャンが出している魏無羨の魅力全開なところが
この作品が大人気になった大きな理由でしょう

最近、彼が自身の投稿の件で炎上し、やり玉に挙げられている話がネットでも伝わっていますが、
あまりにもこの作品はシャオジャンなしではありえないので
何であれ問題視されるか批判の標的にされてしまっているのは残念でありません

まあそうしたことも収まれば、一気にウィリアム・チャン並みのスターの座を不動にできると思うんですが…

イーボー君も、中華圏は若くてうまい人が多いですから似たような演技はできる人多いと思いますが、
ここまで来るとやはり藍忘機は彼にしかできなかったかな、というほど
身の入れ方が違う静かな迫力があります

言葉数がすくないだけに、しぐさと特に目力で藍忘機を演じ切っています
これに人生かけているんじゃないかというほど魂こめて演じているので
結果、藍忘機はワン・イーボーしかいないだろうと言わせんばかりの境地に達しています

私が思うに、イーボー君は最初からこのドラマに直観的にかけていたんじゃないかな、
と思います。ここで絶対的な役者としての、アイドルとしての岩盤を固めようと。

そして多くの仲間たちそれぞれの俳優さんもみんななぜか魅力が全開なんですよね~

これは演出側が、
脇役を絶対にこぼさない、見逃さないで、むしろ作品のエッセンスにしてしまうところに
努力したのだろうし、そこもまた、脇役を主役に変えてしまう金庸の作品を思い起こさせます

ただ、この作品は人と人との感情のやり取りや、ゾンビとの戦いや、
江湖での争いとミステリアスな部分の解明に時間を割きすぎて、

 

肝心の「武術」シーンは極端に少ない、です。

 

どうせならば原作はどうあれ、武芸によって戦いあう、そして芸を磨いていく
江湖の世界そのものを思い切り描いてほしかったです

 

でも、基本的には最高に面白い。

最高に魅力的で、一度はまったらドハマりします

久々に秘宝を見つけ出したように輝いている際立った傑作ドラマでしょう

武術のあれこれは別として、
少なくとも古代の武術仙術に生きる人たちとはどういうものなのかは伝わってくるし、
剣と音、というものに力を入れている武侠という意味では参考になるでしょう

ぜひ、楽しみとしても、武術エンジンをかけるためにも見ていただきたい作品です♡

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