GIRLS KUNGFUってどういうもの?,  中国武術ってどんなもの?,  地球と個人が新しくなる時代へ,  天と空と龍神と~カンフーと生きる日々

私が太極拳をしている理由が多くの人と決定的に違うわけ

こうして太極拳のみならず、中国武術について書くというサイトを作り、
さらに教えるための訓練を受け続けている以上、自分が

なぜ

中国武術をやっているのか、ということははっきりさせておいた方が、いいですよね
本当は非常に個人的なことですし、人に言うことではないと思う
でも、人に教え伝える以上、まずその出だしをお伝えしないと、
なぜSweetdaisyさんのカンフーってこうなの?という謎がでてきてしまいます

なぜカンフーをやるのか?という人によって違う理由ときっかけは、そのまま
自ずと中国武術(以後カンフー(功夫))の
スタイル・練習方法・価値観・何に重きを置くか、

は変わるわけで、
その人個々人の意思は、そのまま套路や技やスタイルやシルエットにも、
影響してくるのです

つまり、カンフーはその個人の魂の写し鏡。

よく中国武術っていうのは厳密に型があって
型どおりに練習するし、型どおりにやらなければならないと一般的にはなっています

でも、その人の魂の写し鏡である以上、
同じ型をやっているようでいて
実はすべて違うものです

型もやる人によって変わるのです
レシピ通りに料理を作ってもすべて違うハンバーグになるように・・・

カンフーはもっと全人格的なもの、全霊的なものの表現だと思います

 

私がカンフーをやっているわけ

は、
健康にいいから
かっこいいから
強くなりたいから
中国古代文明に興味があるから
やると気持ちがいいから
ジェット・リーにあこがれたから

ではありません

もちろんそのすべても理由のうちに入りますが、決定的な理由ではありません

そのような理由からなら、ヨガとか他のボディムーブメントでもいいわけです

でもなぜ中国武術を選んだのか?

それは

ただ一つです。
私のこの特殊なスピリチュアルな身体を、調整し宇宙と調和させるため。

その修練であり、技能であり秘宝なのです。

中国武術は私にはスピリットです

 

 

さて、一部のこれを読んでくださっている方が知っての通り、私は特殊な生まれです
私は子供のころ、いや生まれたときから運命的あるいは宿命的に、
スピリチュアルな能力と、スピリチュアルな力を授かってきました

皆さんは中国武侠・武術・仙術ドラマを、架空の世界として観ているかもしれません
でも私にとっては、それは真実、現実です
天才ではないけれど、世界の多くの人が考えられないような
不思議な力、神秘な科学では理解不可能な能力をもって生まれ、
それに苦しみ、しかしそれを修練して成長して生きていく…そういうドラマでよくある話は
私にとっては現実なのです

 

それは自分で望んだことでもなく、

しかし、多くの他のヒーラーさえ驚くほどに、私の
スピリチュアルな能力とくに「エネルギーを受けとったり、エネルギーを生産したり、
エネルギーを自在に操ったりする能力」にはものすごく長けていました

つまり、中国武術・中国医学・中国文化でいう

です

氣つまり宇宙的エネルギーが、私には人並み1億倍以上強いのです
それは、出会ったすべての霊的能力者が一番最初に私に指摘するくらいですから、
客観的に見ても事実なのでしょう

 

私の中には今もいつでも、この、有り余るほどのエネルギーが、大滝のように流れ続けています

そして、その特殊な力は「人を幸せにするために、使わなければならない」とも言われてきました

それで私は西洋ですでに進んでいた「エネルギーワーク」「エネルギーボディワーク」を
各種学び、多くのいろいろなエネルギーワークの資格を取得し、
エネルギーワークを主体としたスピリチュアルなサロンを作って経営するようになったのです

 

しかし、私の体の内部からあふれ出るスピリチュアルなパワーは、
日ごと抑えきれないほど強くなっていきました

そしてそれをコントロールするすべも分かりませんでした

 

私は剣王朝の丁寧?

中国ドラマが一番わかりやすいのですが、
中国ドラマには私のように氣が強すぎて、それによって悩まされる主人公が良く出てきます

 

最近比較的新しい物語としては、「剣王朝」の丁寧の体質と、私の体質は酷似しています
私も彼と同じで、氣のエネルギーが一度強大になると、カンフー式に言えば内力が強くなりすぎて

自分が炎になり、その炎で自分自身をこわしてしまい、
最後には気絶するという体質にまで強力になっています

昔からこうだったわけではありませんが
ヒーリングワークという使命に生きるようになってから
こういう運命になってしまいました

 

全く興味のなかった太極拳と、祖母が変えた運命

 

そのころ、私はまだカンフーや中国武術や太極拳に出会ってはいませんでしたし
自分はずっと西洋に住んできたため、答えを西洋式のヒーリングワークや知識に求め続けていました
正直、カンフーなど頭の隅にもなく、一度もヒントとしても思い起こすことはありませんでした

 

しかし私は本当に困っていました

そして神に必死に祈りました
全国のエネルギーが強い神社に行き、神社のエネルギーと一体になることで
つかのまのエネルギー調整はできましたが、神社を出て俗世界にいくと
霊脈が切れるのがわかります
いっそのこと神社で暮らさせてもらいたいとも思いました
友人でも私のような並外れた霊能者がいて、ヒーラーをしていますが、
彼女はある大きな神社でしばらく暮らしてましたから・・・

しかし神様は何も答えをくれませんでした・・・

そしてある時、健康オタクと家族から揶揄されるほど健康教室などに通うのが大好きなうちの祖母が
太極拳を教えてくれたのです

それは全くの偶然でした
正直、興味も関心もなかったからです

しかし、いざやってみると、なぜか毎日やりたくなる
やればやるほど、心身が気持ちよくなる

その時は、これは健康になるな、と思い、もうちょっと練習を深めてみようと思って
近くの太極拳教室に通い始めました

 

武術マスターに出会う

 

そしてこれがまた、運命の出会いでした
中国人のその先生は、正直カンフーの氣や内力や内功、
スピリチュアルな部分には興味がありませんでしたが、
それでもなぜか気功の先生でもあり、一定の理解がありました

そして、国家に表彰されるほどの腕の持ちぬしで、
おそらく日本で太極をやっている人なら聞いたことがあるはず。

そんなすごい先生にいきなり出会い、
初心者である私はいきなり、
非常に高レベルな、洗練された素晴らしい武術を見せてもらい習うことができたのです

先生は氣がどうの内攻や勁がどうのとは一切言わないのですが
先生のレッスンを受けると、まるで体が変わっているのです!

エネルギーの莫大さは変わらないものの、
その流れは気づかないほどスムーズで良好になりました

それは、奇跡的なことでした

神様は答えを与えてくれない、と嘆いていた私ですが
こうした形で答えを与えられたのです

 

そこから、本格的に武術と出会う

私はその時、初めて本当の意味で太極拳に出会ったのです
そして、太極拳とは何か?を学ぶためにいろいろ本を読むようになり自分なりに研究を始めました

そして、太極拳とは実は健康体操ではなく、武術の1つであるとも知りました
太極拳は武術。そんな基礎も知らなかったのです

そこで、武術全般を今度はひたすら調べ研究しました
何か答えはないか?
私に最も合う武術はどれか?
私のこのエネルギー体を楽にし、上手く操縦する秘伝を持った武術はないか?
気功や漢医学、食事療法なども勉強しました
どれが一番私の莫大な氣を収めてくれるのだろうか?

私はその奥義・秘宝を求めて旅をしていました

まるで中国ドラマさながらです

その中で、すべては繋がっていることも分かってきました
つまり、武術は武術だけやっていればいいのではなく
陰陽五行、八卦、易経、五経、風水などはすべてつながります

カンフーをやって氣の流れをコントロールし、自由自在に扱えるようになるためには
そうしたあらゆる修練と瞑想と洞察と食事と、その他もろもろの
広大なる中国文明の叡智を総合しないと意味をなさないと分かってきました

このころにはすでに、一瞬たりともカンフーから離れたくなかったので、
アメリカにあるカンフースクールに入り、そこでいきなり
カンフーと気功のインストラクターの講座を受けることにしました

先生になるならない、よりは、インストラクター級になるように自分をしむけることで

より深く、研究と練習をするよう自分を鼓舞したのです

アメリカのカンフースクールの先生もいい人ですが
まだ何か決定的な出会いがある気がしました

 

金庸の武侠小説が私の世界を変える

そんな中で、もっとも決定的だったのが、武侠小説の大家、金庸の武侠小説との出会いです
実は最初は、射鵰英雄伝という金庸の武侠代表作のドラマを見て夢中になったことがはじまりです

何も期待していたわけではありませんが、
そこで描かれる主人公郭靖がまた、特別パワフルなのにその力を
活かすことができないで苦悩している中で、いろいろな師匠や敵に出会い、
次第に天下一の武術家になる、という物語です

ここで、私は自分のうちから溢れ出るパワーをどうしようもない郭靖の気持ちがすごくよくわかり
はじめて「自分と同じ苦しみを抱えている人がいる」とドラマながらに思ったのです

だから当然この小説にドハマりし、その中で彼の師匠たちが言う言葉が
私が自分のスピリチュアルパワーを、つまり氣を、内力を上手く操縦するすべのヒントを
与えてくれたのです

答えは、金庸の小説とドラマにありました
難しい武術書や、技だけが書いてある本やYouTubeなどではなく、
答えは、金庸の作品にあったのです

金庸についてはまたいつか書きますが、
私がこれほど金庸を愛している理由はご理解いただけると思います

それ以来、私は良質で研究熱心な作家の作品なら
イケメンドラマでも膨大な数の中国武術ドラマを見ています
そこから学べることがわんさとあるのです

 

武当派との出会い

こうして、自分を自分なりにエネルギーを上手く使い、
スピリチュアルな能力を平定させる方法を次第に覚えていっている毎日です
まだまだ学ぶことがあります

ドラマでもヒントはいっぱいありますが、
現実に氣を理解している武術家から、多くの秘伝を学び、
また気功や仙術を学ぶことは、ものすごく役に立つのです

やることは広大膨大壮大にあります
それがカンフーなのです

ただ、ものすごい数の流派があるカンフーの世界で
自分が本気で取り組むべきはどれなのか、選べませんでした

最初にやり始めたのが楊式・陳式だったので
それは続けます

でも、私には何かもっと自分に合う何かがあると感じてなりませんでした
その時に出会ったのが、武当山を本拠地とする武当派武術です

最初は老師のサイトを観ただけでしたが、その時点で直観的にこれだ!と思いました
ここにすべてがある。ここに求めているものがある。
全然知識もないのに、なぜかそれを感じましたし、この武術学院の先生にも
一目惚れしました。この人が私の先生だと。

武当派についてはまたいつか書きますが、
とにかく武当派は武術の種類の幅が多く、またユニークです

例えばいま流行の「陳情令」でワンジーが使う琴。
武当では琴もカンフーとして、練習しています。

これを音律術といいますが、武当派の豊かで壮大なカンフー世界と技術は、
陳情令をはじめ、多くの今の中国武術ドラマや小説にヒントを与えているでしょう

それほど、幅が広く、また老荘思想と道教をもとにしているために
哲学がはっきりしていて、本当に、戦いというよりは修行による氣の修練によって強くなる、
という印象が強いです

まさに私にぴったりでした
そして機を待って、師匠に弟子入りを申し出ましたが、あっさりスルーされました笑

私ごときにはまだまだまだまだ早すぎです

でも、私はこれからも武当派を土台に、基礎に、姉妹になれなくても
せめて生徒としてずっとついていくつもりです

カンフーは今やすっかりインターナショナル。
学校はアメリカやヨーロッパにもありますが、
そこの生徒さんたちや師兄、大師兄もいい人たちだし、
自分ではいいところに所属していると思っています

何より、彼らは氣の鍛錬を重視します
大師兄までいくと、氣を熟知しており、
そのスピリチュアルパワーもよくわかっています

そんじょそこらの太極拳教室にいっても、氣もエネルギーもまるで
感じたことも触れたこともない人たちとはあまりにも差があるので
何度も言いますが、習うときには習う先生を絶対的に吟味して選んでください
そして、私はやはりカンフーの根幹であるエネルギーと、義侠心を忘れない老師のもとで
習うことをお勧めします

技が上手い下手とか、そんな低いレベルで言い争いしたりしている
どこそこの国のカンフーや武術社会とは無縁でいましょう

私たちはスピリットを磨き、スピリットを強くするために武術をやるのです
どうかその根本を忘れないでください

 

 

 

カンフーや武術やダンスの世界は
人と争うために腐敗している

 

私はかつて武術家同士のSNSグループにいくつか入っていましたが
どれもやめました

今のところ、本当に

氣を理解している、氣を感じている、氣を扱っている
本物の中国武術をやっている人たちに出会ったことはありません

批判を承知であえていいますが、グループでは、
ダンサーや武術家特有の目立ちたい、自分が上に立ちたいエゴが噴出していました

強くなりたいとか目立ちたいとか、技がどうとか型がどうとか、
その技のやり方はあっている間違っている、その先生はバカだ未熟だ、
あっちの教室がどうとか、こっちではこうだとか、
そういう話ばかり延々と続いており、
そしてまたそういうエゴを隠すために、見え透いたお世辞を言ったりしあっているだけ。

中国武術の根幹は氣を練り、金丹を輝かせ、
内力によって最大の力を出すことにあります
しかも、ただひたすら正義のために、義侠心のために。

人と技のやり方でもめてケンカしたり、人をやり方が違うからいじめたり、
勝ったの負けたの競いあう。武術は、
そういうことのためにあるのではありません。

大会もまったく興味がありません
誰がどう勝とうが興味ありません
どうせ、勝てば出てくるのはまた優越感とエゴです

どっちがどれだけ優れているとかそういうのを観るのも、
競争も二元性のエゴなので、まったく興味がありません

派閥や門派同士の言い争いなども嫌です
教室や先生同士の生徒の取り合いや優劣競争も嫌です

残念ながら、この世界はまだそういうことばかりです
武術だけでなく、身体関係のダンス・トリッキング・格闘技なども
戦闘意識と負けず嫌いとプライドが高い人がもともと興味を持つ世界なだけに
そういうことばかりです
他のジャンルとも随分付き合いがいっぱいあったので
目も当てられん競争が醜く続いています

 

なぜカンフーをやるのか?
まず自分で決めてからはじめよう

もう一度書きます

私が中国武術をやっている理由。
それはいろいろ魅力はあるものの、本当はただ一つです。
この特殊なスピリチュアルな身体を、調整し宇宙と調和させるため。
その修練であり、技能であり秘宝なのです。

カンフーは、氣を重んじ、体の機能だけでなく、
目に見えないエネルギーである氣をいかに使うか、によって修練がなされ
強さが身に付きます

私がカンフーをやっているのは、氣を調整し、経脈と霊脈をスムーズに流し、
スピリチュアルパワーを上手に操縦するためです

カンフーは、それを教えてくれた世界にただ一つの方法だったのです
(今のところ)

 

だから私のカンフーは他の人とは違う

これはいわゆる他の人々との差別化のためのキャッチフレーズではありません
それに、自分の特殊性を書いてきましたが、
これは自分が特別な、何かドラマのように、選ばれた人間だと暗に自慢しているわけでも
誇示しているわけでもありません。むしろ、こうした特殊性にどれほど、苦しんできたか。

でも、カンフーを伝えていく身になると決めた今、
自分がなぜカンフーをやるのか?やらなければならなかったのか?
ときちんと伝えておきたかったのです
先にも言いましたが、それなくして、じゃあなぜカンフーなの?なぜこのやり方なの?
と、みなさんもやがて思うでしょうから・・・

でも事実、私のカンフーは他の方々のものとは違います
私はもともとのきっかけと目的が違うと同時に、
カンフーをもっと人々にとって身近なものにするために
非常にユニークなレッスン方法を今から考えています
そして、カンフーの常識にはなかったキュートなカンフーガールズを
生み出すために、常識破りな形でカンフーについて伝えていくつもりです

そもそもの、やっている目的が違うのです
興味の矛先も違います
だから修練方法も違います

だから私から仮に中国武術を習いたいという方は、
私のやり方は他の多くの先生や教室とは違うということを、
始めに理解していただいて、それでも良ければ、どうぞよろしく
と、最初にお伝えしておかなければなりません

戦闘的に、人と競争し、その中で強くなりたいのなら
どこかのすごい道場に行った方がずっといいと思います

そして私のやり方を批判する人も当然出てくるでしょう
先にも言いましたがこうした世界はプライドの塊の集団みたいなもので
少しでも新しいことをするかな、といっただけでいじめられる世界ですから
だから、私はカンフーの拠点をあえてアメリカにおいて、日本にはおいていません

日本には陰湿な古い体制と考えが若い人にもまだまだ強いですが、
アメリカは、こういうことにはすこぶる自由です
それにトリッキングなど他の競技も盛んなので
武道や武術を島国でやっているのとは感覚が全然違います
とても自由です

 

私は氣を中心に据えます
まず、天地万物を支配し作り出している源のエネルギー、氣を理解してもらうことから始まります

これが、実は武術歴がどんなに長く優れていても、全然分かっていない人が多いのです

それは、氣つまり宇宙的生命エネルギーを感じることができないから。
その一言に尽きます

ということは、「氣」を感じ、やり取りできる人は、
自ずとカンフーに対する姿勢・哲学・考え方・感性が違うということでもあります

ここは注意しておいてください

氣を感じることができるか、できないか。
で、その武術家のカンフーへの見方と
取り組み方、修練方法は全く違ったものになります

 

だから自分が習いたいと思うとき、何に重きを置くかをまず考えた方がいいでしょう

でも、本質的なカンフー、カンフーの神髄はやはり氣なのです
だから中国ドラマでもさんざん

内力が強い
内力がある・ない
丹田に気を集めて
全身に氣をめぐらせて
「あいつは特別に内力がある」
「あいつは特別に霊力がある」
「ここは氣が陰である」
などなどのセリフが出てきます

カンフーの世界、江湖に生きる世界は所詮
氣からはじまり氣におわる、のです

 

私のカンフーは、ではどういうものでしょうか?
もちろん、それはまだ答えは出ていません
ずっと探求していくことです

ただ何度も言うように、また武当派が言うように、
天の氣地の氣と一つになって、
自分もいい氣になり、
地球や宇宙と一つになって、
この自然と少しでも調和し、
魂を輝かせていくための、

そういうカンフーですね
そういう意味では、自分の他の仕事と、最終的な目的は同じかもしれませんね

 

 

 

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