武当派の武術稽古〜文字まで武術

さて以前にも書きましたが

なぜ数ある中国武術の中から

武当派の門下生になることを選んだか?

1.武当派には多様性があるからです

おそらく中華圏の生活文化に溶け込んだ道教的文化~例えば陰陽五行・太極・仙道・氣・風水・薬膳・四柱推命などなど
みんな道教の影響を受けていると思いますが、実は、というより道教がそれらを取り込んで、自分たちなりに解釈し一つの
宇宙観・生命観・文化・意識・生活技術として確立していったんです。だから道教は宗教ではなくて民衆文化なのだという学者も
作家もいます。

なんでも取り込んでしまう寛容にして広大な世界が道教で、ほんとに、何かを信仰したり崇拝したりするものではなく、
宗教というより文化や生活スタイルそのものです。そう、生意気いっているかもしれませんが、

道教はスタイルなんです。

道教はライフスタイル。
道教をもとに継承されてきた武当派もまた、乱世を生き抜くためのスタイル。

そしてそもそも道教つまり老子の思想を土台としている武術である武当派は、
ゆえに武術を超えた総合芸術であり、生活文化であり、生きて、修練して、強く賢くやさしく美しくしなやかに寛容に
生きるための、

知恵・叡智の結集ということになります

武当派にほれ込み、武当派の弟子入りをした理由の第一に、こういう武当派のスタイルが好きというのがあります

 

さて、この間から先生というか老師というか師匠の稽古を受けていますが、

武術をやるかと思いきや、

最近は神聖文字気功をしています

また、これも武当派らしい。

神聖文字気功、古代文字気功とは
文字を体で書いて、文字を書く動作そのものを気功にしてしまうことでもあり、
また、文字を書いてそこに氣を込め、ある種の技として使う、技術でもあります

この間は、まさに体で書写し、それで気功をするという授業でしたが、
今回は、

まず師叔の琴をしばらく聴かされてました

琴もまた、武当派にはなくてはならない修練の一つです
このあたりがとても、陳情令に似ていますよね

陳情令のワンジーさながら、師匠たちの琴の音は美しく
聴いているだけで癒されて確かに気脈が整うのがわかります

 

それが終わったら、

ただひたすら書道の練習。

正直日本人である私には、小学生にもどった気分。
ただひたすら書写して、書写して、

はい、稽古おわり。

蹴ったり踏んだり飛んだりはいっさいありませんでした…

体動かしたかったんだけどね…

 

書道もまた武芸なり。
武芸者は書を重んじるなり。

 

これが武当派というものです

 

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