BTS on LINEMUSIC~新曲Permisson to Danceに見たもの

偶然だけど今日アプリのLINEMUSICを開けたら
今夜BTSのライブ配信日だったので、観ることにしました


今もファンカムを付けたままこれを書いています

要するに新曲のお披露目ということらしいが、まず、
これ、ホントに新曲?

ちょっとあんまりではないのか…
ダイナマイト以降、バターでがっかりしてその後このPermission to dance、まるで全部続きみたいに同じような曲

しかも単調だしダンスも光らない

幼稚園で歌う歌みたいですが…

ここまで書くとディスりになってしまうけど、

アーティストが本分なら作品をどう評価されても仕方がないし,
それが覚悟できてこそアーティスト。

良くないものはよくないし、いいものはいい

批判されるとヒステリーをおこし、なんでも一様に褒めようとするアミ達を
本当のバンタンファンとは思っていません

アートの仕事をしたこともないし、アーティストの厳しさも知らない人々が
ただ入れ込んでいるだけで、本来の批評をしないのはむしろ本人達のためにはなりません

アートとは何かを分かっていないお花畑意見はいりません

しかもこのアメリカンな雰囲気はいつまで続けるつもりなのでしょうか?
飽きました

しかーも、またすべて英語で、もう英語は常套手段になりました
なぜPVMVでアメリカらしい風景のもと、外国人(アメリカ人??)を多数出演させ、アメリカがコロナに打ち勝ったことを喜んでいるような映像になっているのでしょうか?

これにはさすがに本国韓国でもブーイングはあると思います
韓国ではまだまだコロナ終息していません
コロナで苦しんでいる人がまだ沢山いる

でもそこは自国愛を第一に考える国民性なので、韓国向けのMVを作って
こっちではコロナ応援歌みたいに仕上げてくるのかな?

だとしてもネット社会である韓国ではすぐにその作戦はばれるでしょう

ある意味BTSの完全アメリカ化を宣言した作品ともいえます
今までの自分達のスタイルを脱ぎ捨てるんだと
自分達はアメリカの一部であり、アメリカに迎合してこその成功を掴むのだと

でもだとしたらその意図はよくわかりません
本来、認められるというのは自分達が自分達らしく韓国人としてのアイデンティティで韓国人としての文化をバックグラウンドに作品を作ることで、評価されて初めて「認められた」と言えるでしょう

今のBTSは逆です
アメリカに、欧米に認められるために「彼ら」になろうとしている
だから彼らのアイデンティティは韓国なのかアメリカなのかもはや分からなくなっている状態です

分かりやすく言うと、歌舞伎を世界に認めさせるために歌舞伎を英語でやりつつジーンズ履いてマイケルジャクソンで踊るスタイルに変えたようなもの

分かりやすく言うと、茶道をアメリカ人に受け入れてもらうために抹茶をガラスのコップに入れ、コカ・コーラでお茶をたてるようなもの

彼らのデビュー当時の韓国のポップスターとしての創造性が全く感じられなくなってしまいました…
KPOPの良さというか、そこにしかない要素、さらに言えばアジアにしかないテイスト、情のあるテイストを出せなくなっています

情、深い情、様々な情、繊細な情。
これがアジアの共通アイデンティティとしてあると思いますが、曲にもダンスにも情がなくなっているのです



でもこのLINE MUSICライブ配信では最初の前半ではみなが談話してましたね、聞いてるのも飽きるくらいずっとおしゃべりしてた

その姿を見るとね、どうしても燃えるような野心でアメリカ進出を狙っている人達には見えないんだよね

私はそう言う人達、野心が強すぎて自分の野心に負けてしまった人達をなだめるような役割だったし、頭を冷やすように、独特の文化を大事にするようにむしろ説得するような立場でいたから、そういう野心家ってすぐにわかるんですけど、

バンタンにはまるでそういうのがない
彼らのLINE MUSIC配信でのおしゃべりも、デビューの時からいやそれ以前から変わらないかのような無邪気さで、楽しくてずっとこうしていたいあという全員の思いが溢れてました

彼らは彼らだけでいちゃいちゃ?している時が一番大切なんだと思います
そういう意味で、揺るがない友情を手に入れたBTSはそれだけで幸せだし、それだけで成功しているのです
もうこれ以上のものはいらないでしょう

では何が彼らをアメリカへと駆り立てているのでしょうか?
私には全く分かりません
自然に売っていたら大規模に売れてしまい、どうせなら欧米でも欧米仕様で売ってみるかぐらいのものなのでしょうか?
どっちにせよそこまで大事なこととは思えません

特に、アメリカに進出することで彼らの持っていた独特の表現と情感を失っていくのは、まったく大事なことをなくすこととしか思えません

例えて言えば、ジブリがアメリカ進出をしたいがために完全英語の作品を作り続け、お姫様ごっこの映画ばかり作ってディズニーワールドを作るようなもの。そうなったら、日本人は寂しいですよね、何をどこを目指しているのかと問いたくなりますよね?それと一緒です

いつも言うけど、バンタンはどこを目指してどこへいくのでしょうか?

彼らBTSはもしかしたらすでに解散の時期を見据えているのでしょうか?

次々と兵役に行っていればまた全員揃う頃には
多くのアイドルが輩出されている世界に戻ることになります
アミは沢山まだいても、最近のアーミーはあまりの態度のわるさと民度の低さで社会的に
嫌われ者扱いになっています
ましてや子供までがファンとしてのターゲットとなるKPOPやアイドル世界では、
彼らがすべて兵役を終えた頃にはすでにバンタンを知らない、
という世代もだんだんと出てくるでしょう

それが難しいとみて、今はできるだけのことにチャレンジし、世界を見てみたいという冒険心なのでしょうか?

でも、あの屈託のなさと成功しても尚自然体で普通であり続けられるのは常人の域ではないです(傲慢さを隠すにも限度がありますからわかるものです)



後は彼らがあまりにもアメリカンになりすぎて
彼ら独自の多彩な、繊細な、不思議なあの
表現力を失っていっていることに気づくかどうかだけです


厳しい言い方をされ批判されると韓国のアーティストはたちまち怒ってそっぽを向く。
私は最近BTSを批判することばかり書いているために、もう一緒に仕事をする夢はたたれたと、諦めてはいる、それが分かっているけどバンタンが好きだからあえて言う


彼らはまだまだ才能があります
すでに中堅であり、下からどんどん出てきますがそれでも、
才能あるアイドルからアーティストへと変わっていくでしょう
その代わり、自分のいいところを失わなければ…
その良さを、改めて掘り起こしてほしい…





アーミーによっては、「みんな変化していくものだ。変化はいいことじゃん。バンタンの変化の何がわるいの?」
とヒステリックに怒りをぶつけてくるアミがいます
少なからずいます
でも変化というのは実に様々なベクトルを持っているということをお忘れなく
間違った方向に行けば、本来もっている核となる才能は擦り切れます
そして作品作りが次第にできなくなっていく、そういうアーティストは数えればきりがない

私がもしBTS担当だったら…
いつも思うけど、とにかくもう一度自分達の持つ独自の才能を徹底的に洗いざらいして考えさせますね
本来の才能の核心部分に彼らを引き戻し、核心にアイデンティティをおくように言いますね
自分達の天才的才能を改めて客観的にみられるように促しますね
そして独自性を強調するように持っていきますね
必要なのは何度もいいますが、有名プロデューサーとかかっこいい写真集とか、
売れるための「周辺を作る人」ではありません

彼らの才能を分かりつくした、
そして何でも話せる友情で結ばれた強い才能あるバディです

シンプルでいいんです
シンプルな方が彼らはまた息を吹きかえす

何でも話せるバディがいないことがKPOPの世界の問題の一つだと思っています

だから自分は一生懸命にアーティストの相談役になろうとしたけど、私ごときでは
アイドル達を引っ張っていくことはできませんでした・・

でもその必要性は感じていました
彼らを導くものがないと、つんのめりそうな時に彼らを支えるものがないと、
彼らの土台を作る人がいないと…

彼らを売り込むものは沢山いても…
でも才能がある者たちの世界、天才を放っておくわけにはいきません
そして、間違いなくBTSは天から与えられたスターなのです

写真引用元:©LINE MUSIC-BTS特別配信20210709

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