BTS神戸事件を改めて考えてみる2021

改めて神戸事件を考えてみる~問題ばかりのBTS

 

今さら思い出したくもないことだけど
ジミンのTシャツと同じく、これも「伝説的」に語り継がれているしいくだろう

あれもこれも、一体BTSにはいいところがあるのか?
BTSといえば問題ばかり
結局BTSは問題児なんだな…これだけ書いてきて、それに気づいた
正直弁解するにも味方するにも限度がある

一つ一つを観察してみるとそこには文化の違いが良く見えては来るのだけど
それを理解すれば許せることもあるのだけど、だから書いてきたのだけど、
日本と韓国は違うという前に、君たちはプロだろう!!

プロならプロとしての在り方があるのではないのか
韓流ブームが始まって以来これほど問題ばかりで、日本人を悲しませたり怒らせたりした
グループはないし、他のグループは何ら問題を起こしていない方が多い

神戸事件における、日韓の違い

神戸事件の時は、これまた私はすぐに日韓の習慣の違いを感じた
ファンたちはライブ休止に驚愕し落胆しとても悲しんだようで、
泣きまくっていた人もいるという

正直BTSのファンは若い、言い方を変えれば大半はまだ幼い世代だから、
ガチ恋になっている人も
多いだろうし、ヨン様世代のように冷静に対処することができないから、この件については他の事件同様、少しでも話すと怒り憤懣という、
集団ヒステリーが普通みたいになってしまった


しかしあれがもとで大量のペンがいなくなった
でも人気が続いているのは、その後、そのことを知らない新しいファンが出来ているからだ

そしてその頃を知らない人たちが今はBTSのファンの大勢を占めているだろうけれど、
また同じ事なことは起こりうる。なぜなら、彼らを導いてあげる大人がいないから

ファンの悲しみと嘆きとショックは痛々しいほどに伝わってきたし、
あれは嘆いて悲しんで怒って当然のことだった

そして、あの後ファンはもっと別の意味で怒りを感じていた
それは事務所もグループも、公式に謝らなかったからだ

でも、韓国人って基本謝らない文化だよね


まあ、親しい仲になれば「ミヤネ~」とかは言うけど、でも、基本謝らない

私の経験からすると、彼らはどうやってでも自分達は悪くないと言い切るだろうし、
どこかで申し訳なかったという気持ちはあっても、それを上手く表現できないだろう

大したことではないことにはすぐにミヤネと言っても、
大事になりそうなことだと、絶対自分の非を認めない人が多い

私が韓国人と一緒に活動していて最もストレスだったことの一つに、その意固地さがある
一言、ごめんねといってくれればすむものを、逆にこっちのせいにする
あるいは見て見ぬふりをして通り過ぎようとする
あるいは逆切れする

それに加えて、往々にして、韓国人にとってはどうでもいいようなことが、
韓国人にとっては謝るどころか普通の行動と
思っているようなことが、
日本人にとってはあまりにも失礼でひどすぎる!っていうことがある
またその逆もある

だから多くの韓国人とは、まともに、話しあうことができなかった
だから信頼関係というものが、
こんなに多くの韓国人と出会っていながらまったく育たなかった

確かに、韓国だけではなく他の国の人々も、謝るということをあまりしない
謝罪の文化があるのは、日本だけではないだろうか


海外の場合、何かあると、どちらかというと「わるいのはあんた」となる
それは特にアメリカそして欧米には勝負の文化ともいうべきものがあり、一度謝ってしまうと
負けを認めることになり、全面的に責任を負うことになり、そして訴訟に負けることになるからだ
転じて謝罪の文化である日本では、
何でもない時でさえ、「すみません」というのが口癖。


でも韓国の人達は、明らかに君が悪いだろう!!
と思う時でも平気な顔をして何もなかったようにしている

それについて腹が立ち、問いただすと
「あれがこうであれがこうだったから仕方ないだろ」とか言う

これが、欧米と同じように、
ごめんなさいと言った方が訴訟で負けるからという
合理的な意図からなのかは
わからない

私が思う限りでは、負けを認めるのが嫌なのだ
ここでもまた彼ら独自の超競争社会が見え隠れする

自分のしたことが間違っていたと皆の前で謝り、認めることが嫌なのだ
それはプライドに関わる心の中の大問題であり、そこの部分で日本人と韓国人は
決定的な分離をしてしまうことがよくある

 

神戸事件でのBTSの本音を想像してみると…


あの神戸事件に関して言えば、彼らの理屈で言えば、

「体調を崩したメンバーがいて、自分達だって辛く、またライブも出来ずに悔しかった。だから僕らはファンと同じように悲しみを感じていたのだし体験していた。なのになぜ、謝らなければならないの?」

だと思う

あの一件については、謝りたくないというプライドというより、
そもそも「自分達こそ苦しかったのだ」と思っている可能性がある

ライブできなかった、メンバーが心配だった、その悔しさと悲しさで自分達は苦しかったと

本当はライブをしたかったのに出来なかった、ということで
自分も傷ついているのに、なぜ君たちにさらに謝らなければならないのか?
何か悪いことをしたか?という理屈である

だから泣いたのだ
でも泣いたのはメンバーのためにで、泣いたのは悔しさからであって、

泣いたのがファンが悲しんでいるからだ、という感じがどうもしなかったな…

みんなが揃わなかった、苦しんでいるメンバーがいる…
そういうことに悔しさを感じていたのであって、目の前は見えていない
それが私の見誤りだといいと願っているけれど…

もちろんまったくファンが見えなかったことはないと思うけど、
最近の韓国人はどうも自分主義・自国主義で他の人を思いやるとか、他の人がどう思うだろうかとか、思いやりをはっきり言って忘れている(日本人も人のことは全然言えない)

特に韓国のこの世代、20~40代の世代は
私の韓国語教師兼法務担当アドバイザーの方に言わせると、

「とにかく競争社会で、男の子は特にまるで一人っ子政策の中の皇帝で、もし成功でもすれば何をしてもいい、他の奴なんか踏みつぶしていい、他の連中なんかどうでもいい。って感じでね、成功とお金さえ得たら万事許される、みたいな甘やかされた教育をずっとされてきたから、韓国人でさえ扱いにくいと感じるわ~ほんとにわがままな世代なの」

と嘆いているので、それを思い出した

だから残念ながらここでは自分達のライブを成功できなかったことについての
悲しみの方が大きく、ファンを傷つけてしまったということは、見えていなかったのではと思う

これもまた韓国人の競争意識の強さのなせるわざで、何かができるはずが、できなかったり失敗したりすると、もうそこから逃げ出してしまうほど、プライドが高くそれを恥とかとくに悔しい!!!!と思う傾向が韓国の若い世代には強いからだ

その悔しさは日本人には到底想像もできない
自分は悲しかった君たちとライブを共有できなかったから、より
自分は悔しかった、僕らが全員で完璧な仕事ができなかった
の方が大きい気がする


ただそこには、ファンとその素晴らしい完璧なパフォーミングを共有できなかったという悲しみも
もちろんあるだろう。でも、他の多くのアイドルグループやソロの韓流のスターから見れば、圧倒的にファンへの思いやり、というよりファンに対する「本当の愛や思い」そのものが欠落していると思う
その時の対処、その後の対処どれを見ても、
どうもファンを心から思っているようには見えなかった

だけど、何かというと、アーミーという言葉を出して、アーミーを思っている、

アーミーと共に僕らはいる、などと言い、
アーミーアーミーと掛け声を上げ彼女らを持ち上げるやり方は、
何かあった時にそれを忘れさせ、ファンを満足させる
つくづく、本当によくできた心理戦略である

ただ心理戦略もあるだろうが、本当に謝る必要を感じていなかったと思うし
謝ることにそもそもなれていないというのも事実だと思う

だからこれも、ある意味では異文化間トレランスが必要な部分である
そして私は、そういう似たような場面にはもう慣れている
その時彼らは「自分は悲しい」に浸ってしまい、「相手は悲しんでいるか?」
まで見えていない、そんなことが韓国人とのプロジェクトで一体何度あっただろうか?

彼らは完璧主義で、完璧にできなければどうにも我慢ならないからだ
そしてそれだけ、完璧にやるまでものすごく努力するだからこそ、
才能は最大限開かれ、ダイナミックコリアになりうるのでもあるのだが…


BTSにはプロ意識がないのか?
甘やかされ競争社会で育った世代のアイドル

 

体調不良だったメンツがすぐに元気な姿を見せていたことに
腹立たしいというのはよくわかる


でもここでも思うことがある
あの時の様子を見る限り聞く限り、メンバーが泣いていたことを考えると
ユンギたちが体調不良だったことはおそらくまず本当のことだろう
特にジミンが泣いているというのは、ある意味ではその一つの指標にもなってる
ジミンはあまりにも正直だからだ

彼は感情を隠さないし、隠すことができない
エモさをことさらに出して見せることはあるが、見慣れている人からすれば
ジミンはほとんどの場合我慢できなくなると泣く。し、それが本気か演出かは、区別がつくはずだ

また、さっきも言ったように韓国人はその時その時で今、を生きているので
すでに過去になったことは気にしていない

さらに結構韓国人はタフだということだ
体調不良だったと思ったら夕方にはもう仕事に精を出していたりするので、
そのパワーには驚かされる
「え?もうできちゃったの?」
「…別に。できるよ。さっき寝てたし、良くなったから」
とにかくどちらにせよダイナミックで、あまり周りがどう思うかとかは考えていない

常に「今」、自分はどう思うか、感じるか、どうしたいかが常に優先される

ファンよりもまずオンマ第一の韓国男子たち


常に自分の意思が優先されるが、ただ一つ、オンマのことだけは第一優先だ


オンマにだけは絶対に従い、オンマだけは絶対に悲しませないし、
オンマの気持ちだけは
特別気にする
気にしすぎるほど気にするし、大事を超えてオンマに神対応である

それを考えると、韓国の男子男性にとっては、
オンマ以上の存在はないしオンマ以外に本当に愛している者は
いない気がする

私には、ペンには悪いけど、本当にファンのことを考えているアイドルなんて
いないんじゃないかと思う。それよりファンを増やしてオンマを喜ばせることの方が
天文学的レベルで大事である

ファンに愛してます~とかいうのも、オンマにカッコいい姿とお金持ちになった姿を見せたいがためだと思う。

だから、私はKPOPの男子などにガチ恋などしているのは時間の無駄だと思うよ…

そういうと怒りが飛んでくるだろうけど、
そんなものだと韓国女子は見ているから分かっているけど、


日本の女子はそもそもほとんど普通の韓国人とのガチの付き合いがないから
分からないため、
すっかりKPOPガチ恋戦略に乗せられており、
それが市場での大きな位置を占めており、日本は大事な
稼ぎ先になっているのだ

残念ながら、韓国男子のオンマ第一主義というのだけは変えられない
だから、ファンが第一ということは永遠になく、そこはファン自体もかなり
距離を置いてみないといけない、冷めた目で見ないといけない

どうやったらファンは韓国のスターと程よい距離を作れるのか?

 

こうして、韓国の人達の優先順位や考え方は、日本人とはかなりに違う
それに加えて、BTSは彼らを教育する大人が
全然いなかったとしかいいいようがない

そのうちに彼らが世界の王様みたいになってしまったので、
すでに教育どころか誰も文句もいえなくなった


こうした「子供」の将来は、まともな大人の未来は待っていないだろう

だからBTSはこれから大きな試練を経験するだろうし、
大人世代になった時に苦労が大きいと思う
何度も言うが、ずっとスポットライトを浴びていられるほど人生は甘くないのだ
今までにも苦労はしているだろうが、それは成功を目指しての苦労であって、
本当に人間関係とか社会での立ち位置とか苦労とかはしないで大成功したので
その分人の倍、大人になって苦労することは確約してもいい

私は結構若いうちに成功してしまい、後からオジサン化してファン離れしたときに
どう成長していったらいいのかわからなくなって人生転落するアイドルやスターを
少なからず目の前で見てきた
だからこそ、危惧しているし予想もつくのである
BTSの将来は輝かしい栄光ではなく、苦労の連続であろう
でもそれを超えた時にしか、彼らの本当の才能は開花しないとも思っている
苦労することはわるいことではない
むしろ苦労しないほうが人間としてはまったく領域の狭い大人子供になるだけである


さて、それは良いとして謝らない韓国人ともめたらどうするか?
もし韓国人との付き合いの中でそれが嫌ならば、道は一つしかない

「どうして自分勝手なことをするの?どうしてあんな風にしたの?」
そういうとおそらく去っていく方が多いと思うけど、
怒りながらも説明してくれる人もいる

そう言う人とはケンカしいしい関係は続く

韓国人との付き合いではとにかくはっきり言うこと、
怒りもぶつけることが大事だと思う

しかしBTSの日本のファンは、それと逆のことをしている

なぜかここでも、コアな過激派アミは、
彼らを「日本人的」に擁護し、彼らのプロとしての失態を認めない

これについて日本人の誰かに指摘し、言われると、
集団でヒステリー状態になって相手を攻撃する

日本人だったら誰でもBTSのあれこれはおかしいなと思うだろう、
それなのにまともに話もせず
怒鳴り散らし、女のヒステリーをおこし、
理屈になっていない言い訳をいい、必死にBTSを守ろうとする


でもそれがまた、普通に疑問を感じた日本人には奇異に見えるし、嫌な不快な気持ちになる
そして、普通の日本人はますますBTSが嫌いになっていくのだ

BTSアンチをふやしているのはBTSのアーミー
~異文化理解の欠如とガチ恋の泥沼の中で

実はBTSのアンチをふやしているのは彼ら自身よりもまずはファンである
なにがなんでも彼らを守り抜き肯定し擁護し可愛がることが愛だと思っているペンこそが
日本でのアンチと怒りを増幅させているのだ

あの神戸事件だって、何が理由であろうととにかくファンに迷惑をかけ、
ファンを落胆させたし悲しませたし「仕事」をしなかった

それはやはりプロとしてはアウトだ

そこにさらに、ファンに頭を下げない
ファンにごめんなさいとはっきりと言えない

これはやはり、プロとしてはアウトだ

それを、何とか彼らのしたことを正当化し、彼らの意識は低くないと擁護し、
彼らの代わりに彼らの弁護をし続け、彼らを鉄壁のように守るために暴力行為にさえ出る
それが今のアーミーである
そんなものが応援しているグループを喜んで受け入れる日本人などいない

彼女らも結局は、自分しか見えていないのだ

韓国人には「ごめんなさい」を期待しない、
でもやっぱりごめんねと言う韓国人

韓国人は謝ることで型を付けるとか結論付けるということより
勝負に出る傾向がある、と断言まではできないが、そういう気がする


それは、メンツ第一の中国人にもたびたびあることだが、
中国人と韓国人もまた違うので、ここでは端折る

とにかく、勝負に出てくるので、ますます意固地になるので、
「これはあなたが謝るべきことではないの?」
と、それをつっつけばつっつくほど意固地になる

だから、私は韓国人と何があった時は、自分の言い分だけ伝えて、謝ってほしいとは言わない
謝罪も期待しないようになった


いつもいつも、韓国人はそうだったから


なぜここで謝らないのか?と思うような時、
「俺だってこうだったよ!」「僕だってこんなに大変だよ!!」とか、
相手ではなくて、ひたすら自分を見ている

あの時のBTSにも正直、悲しみや涙のわけが、ファンへの気持ちからではなく
自分達の悲しみを見てだったように思う

でも、一つだけ理解しあうための希望がある
私の知る限り、彼らの謝り方は、日本人とは違う

日本人の場合、とにかくまずごめんなさいと言い、
頭を下げて、申し訳なかったことを定型謝罪文で伝える。

というのが慣習だ

それは、礼儀正しいしまことに全うなことではある
が、あまりにも慣習になっていて、「頭を下げればそれでよし」みたいになっている部分もある


実は心の中で「ファンの奴らうるせーな。」と思っていても、同じようにごめんなさいと言い、
謝罪文をさっさと公開して、場合によっては頭を下げ、それで済まそうとする

そこに本心があるのかどうかわからないほど、形式的なものになっている

一方で韓国人の場合は、直球で素直にごめんなさいと頭を下げられないプライドがあったり、
「俺はわるくないぞ!!俺はこうでこうでこうでこうだったから!!」と意固地になりやすい


でも心の中では申し訳なかったかな、と思っているので、
あとから違う形で謝ることがある

どうしても「ごめんなさい」とははっきり言えない
どうしても頭を下げることはできない
どうしても非を認めることはしない
特に日本人には…

でもその代わり、

何かをすごくサポートしてくれるとか、急に優しくなるとか、何かによって
申し訳なかったという気持ちを表す
そして特に行動で表す


そのサインを見逃さないでほしい
彼らの謝り方は、日本人のそれとはまったく違うと理解した上で
その後の彼らの好意や行動を見逃さないでほしい
それが実質、彼らなりのやり方での謝り方なのだ

そういうのも全くない場合は、本当に国籍関係なくダメなやつだから、離れるが正しい


でも何にせよ、韓国人の場合と、日本人の場合では、
「そもそも何が悪かったのか」ということについての見方がまず違うことと、
「悪かったことを素直に認められない意固地さがあることを覚悟するべき」だということと、
「それでも何かの形で一生懸命に謝ろうとしてくるその愛を、見逃さないこと」が大事だ

 

韓国人が日本語を使う時

特に韓国人の場合は、わざわざ日本語でごめんねと言ったり、
日本語で一生懸命なにかを伝えようとしてい来る人は、
私はそれだけで誠意をもっている一つの証だと思っている

これは韓国人に関係ないが、どこの国の人間も、日本人も、
「自分はどうせ悪くない、お前なんか嫌いさ!!」と思っている時には
なぜか言い訳を、謝罪文でさえも、彼らの母国語で長々と書く癖がある

普段は英語や現地の言葉や場合によっては日本語でさえ話していたはずが、
急にこちらには訳の分からない読めないその人の母国語で書いてくるのだ

そういう時は、最初からこちらをバカにしているのであって、
謝ろうという気持ちははなからない

それが、なんとか一生懸命に日本語で書いてくる人は、
ほぼ本気で誠意があると思っていいと思う


特に日本語というものについても、複雑な思いを持つ韓国人がそうしたときはそう思っていい

内容がどうあれ、それはある意味ミヤネヨ、の代わりなのだ

(ただ、言いたいことがあまりにも多く、あふれる思いを外国語ではどうしても書けない時には、日本語ではなく母国語になることもあるから、その見極めは文章の中身でするしかないと思う)

ま、とにかく私はあえてBTSには、これ以上の苦労を沢山してほしいと思っている
アイドルとしてではなく、スタートしてでも芸能人としてでもなく、
普通の人間としての大人になってく過程としての苦労を。
それが私のバンタンへの愛である

そしてアーティストとして成熟していくだろう
そうあってほしいと祈らずにはいられない

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