日本と韓国~エンターテインメントからみるその意識の違い

韓国人が得意とする芸術分野は
やっぱりパフォーミングアーツ

一時は日本といえば、アジア諸国から憧れられるクリエイト・デザイン・エンターテインメント・ファッション力を持ち、そのコンテンツはアジアで多く愛され日本に憧れるあまり日本語が得意になった人も少なくなかった

特に私のデザイン事務所があった青山・表参道周辺といえば、デザイン事務所のたまり場のようなところで、ちょっといけば世界が憧れる原宿があった

それを日本人自身が自覚して自負して誇り、あるいはプライドとして潜在的顕在的に抱いていたと思う

でも今では、アジアのそれぞれの世界がそれぞれ得意なエンターテインメントに着手している
それぞれが個性的であり、今までなかった評価をされるようになってきている

方や日本はデザインも原宿も、コロナのせいもあるが閑散としている
原宿界隈など、その周辺の人しか知らない文化エリアがいろいろあったが
あちこちでクリエイターが店じまいしている状況である

そんな中、韓国のエンターテインメントの人々とかかわってきて思うのは、
韓国には本当に素晴らしい表現者がいるとつくづく多いということ

最近ではパフォーミングアーツ以外でも、あらゆるクリエイト分野で優れた表現者が出てきており、
すでに日本を追い抜いている感がある
でもそんな彼らも、日本のデザインやクリエイターやコンテンツに憧れそれを参考にしてきたということは
否定できない。彼らは否定するだろうけど、長年にわたり彼らが日本のものを
手本にしてきたことは実感として感じる

その中でも突出して韓国人が得意としてきたのがパフォーミングアーツの分野だ
前にも言ったけど韓国には一般に知られたスターから知られていないがエンターテインメントの世界に
影響を与え続けてきた影のスターがうじゃうじゃといる

韓国の天才は、日本で知られている人達ばかりではない
日本で知られている人達はある意味、
アイドルとして事務所のいいなりになりながらいわゆる奴隷契約に耐えてきた
その代わり大きな事務所に所属しているから、戦略的に巨大に投資され、ゴリ押しに売り出されて、

日本のテレビや雑誌にもカネを出して出させてもらい、
そうやって初めて世に出てきてるもんで、本当の意味で自分の力で認められたのではないケースが多い

それでもそういう形で自分の成功を掴もうと選択したのだから、
いい事も良くない事も両方引き受けなければいけないし
そういう選択をしたから実力がないということでもない
その方が正直、知名度は上がるし宣伝もしてもらえるし、日本の女子向けアイドルになりたい人にはいい

方やそういう奴隷契約に縛られたくない、自由に活動し自由に表現したい人々もいる
日本の女子のための押しアイドルになることなどまったく興味のない人達もいる
そういう中に、すごい才能がある人たちもどっちゃりといる

そう言う人達は苦労はあるしカネもなかなか入らないが、セルフプロデュースや個人事務所で
せっせと売り出していき、世界で実績を重ねてやがては韓国エンターテインメント業界に広く知られるように
なっていった。彼らは他国のCМに起用されたり、巨大スポンサ―を獲得したりして、
どちらかというと多国での活動が主となり、

アイドルとして世の全面にでてくるより、知る人ぞ知る職人のように存在してきた

彼らはアイドルにしか注目しない日本では無名でも、
韓国はもとより、世界の、特に業界のプロからは一目置かれる存在として、
アイドル育成やアイドルへのインスピレーションを与え、
日本の女子相手ではなく、海外を土台としてプロとしてそれぞれに活躍してきた

実はこういう「無名だが有名な」アーティスト達が、
KPOPの土台を作ったのであり、
アイドルという先行き未定の存在とはまた違った形で、
韓国のパフォーミングアーツに多いに貢献してきた

少なくともこの2000年代、コロナがやってくる今までにおいては、そうだったと思う

人ダンサーやアイドルには、
バックダンサーは経歴にならない

ダンスやパフォーミングアーツ表現の世界において、この2000年代の今までは、
アイドルグループ、KPOP,個人アーティストのどれもがまさに韓国一強ともいえる状況で、

世界のトップを走り、世界的なアーティスト生み出し輩出してきたまさに韓国の黄金期だったといえる

出会う人出会う人皆すごかった
どの人も違う個性と圧倒的な迫力と情熱と練習量。
正直、とても日本人が叶う相手ではなかった

ではなぜ彼らは、日本人が大好きな経歴である「マドンナのバックダンサー」とか
有名なアーティストのバックダンサーとして出てこないのだろうか?

そうした有名人のバックに韓国人を見たことがないという人もいるかもしれない
でもそれは韓国人な性質として、そもそも誰かのバックになることなど誇りにも名誉にも思っていないのだ

確かにそれらは彼らの大きなキャリアになるかもしれない
ダンス業界はよくわからないが、有名人のバックダンサーをやるということも、
一つの経歴としてはいいんだろう

日本人はことあるごとに「マドンナのバックダンサーをやっていた」と言う
それが世間で認められる運転免許証みたいなもので、マドンナのダンサーあるいはビヨンセでもなんでもいいが、
西洋のセレブのバックをやっていたという言葉が、
ある意味最高のダンサーである証であるかのように日本では捉えられてきた

でも韓国では一部の人はそう思うかもしれないが、
少なくてもほとんどの人はそうは思っていない

誰かの後ろで踊るなんて、そんなのは経歴としてはよくても、
自分としては納得がいかないことである

それほどに彼らは常に自分自身がセンターで自分自身が中心でなければならないのだ
自分こそセンターであり、自分が主役で、主人公で、一番スポットライトを浴びている
存在でなければいけないのだ

そうでない経歴は彼らにとって自慢すべきものではない
履歴書に書くことはできても人にペラペラ話すことでもテレビで言うようなことでもないのだ

それほどまでに、韓国人の一番にならなければいけない!!という強い思いとプレッシャーは強い
これは日本人の感覚にはないものだと思う
これはちょっと、彼らとガチで付き合って初めて分かってくる
それほどに闘志がすごい、日本人には想像できない闘志である

嫌味ったらしい言い方だけど、日本人はいつも誰かの陰に隠れて自分を自己主張できない
前面に出てくることができないし、前面に出ることをむしろ躊躇する

自分が主役になることができないのだ

それが韓国人だと、わけもない自信があったりして、とにかく
俺を見てくれ!!俺こそすごいぞ!!俺こそ一番なんだ!!

日本人は人の後ろにいることが好きだ
自己主張することをおそれ、自己主張することをためらう

認められるのか?とか周りを気にしすぎて、自由に堂々とガチで飛び出していくことができない
「俺様をみろ~~~!!!!!!」という韓国人の得意な根拠のない自信というものがない

まさに「バック」ダンサーに入りたがる
だからバックダンサーというのはバックでしかないのに自慢の種であり大きな経歴となぜか皆が思っている

でも韓国人は自分が主役でなければ許されないと自分も、特に家族もそう思っている
自分が常に世界の中心であり、家族にとっては世界の中心になった息子こそ自慢である

バックなんてのは成功した勝ったうまくいったとは言えないんだ

だからこそバックダンサーであるということは別になんていうこともなく、
むしろ他の人のバッグに入ることなんて屈辱的で耐えられない

彼らは誰かのバックについてホイホイついていくのではなく、
とにかく自分が賞賛され自分が輝きの中心でなければならない
だからチームで活動しても、自分で振り付けし自分で意見を言いまくり、
自分で踊り自分でものすごく努力する

その努力のほどは、おそらく日本人が見たことがないほどの努力で血を吐くような凄まじい努力である

 

韓国のアイドルにとっては、
常にオレ様が主役だから熱愛など論外なこと

 

私は本当にそれを見てびっくりした
だから前にも書いたけれども韓国エンターテイメントのトップ層にいる人は、
熟年ならありうるが、まだまだ売れ筋のキレキレの若手や中堅なら、
熱愛報道などはデマだと考えていい

私が見たところ、熱愛などしている暇など一瞬もないので

でもこれはトップ層にいる人達のことである

だからこそトップにまで上り詰めたのであり、
トップ層に居て成功していてもそこに胡坐をかき、あちらこちらの他の女の子アイドル
に手を出し始めたら、もうある意味プロとして本気で勝負に出たい、
という意欲が失われていると考えてもいいと個人的見解ながら思う

それがアメリカや他の国だったら、
ある意味男女くっつくのが優先みたいな価値観もあり別になるけど、

あの国においては超競争社会であり、世界でも群を抜く熾烈な戦いを強いられ、
隙を見せて負けてしまうことは、あまりにも自分のプライド家族のプライドがやるせない、と思うだろう、だからやはりトップな成功をしている人達は、若いから遊びたい気持ちはあっても、ちょっとやそっとのことで恋愛など目に入らないのだ

 

仮に熱愛に走ってしまったのだとしたら、
もうそれは引退を考えているか、斜陽になったか、転落の一歩である

日本ではもっとのんびりしてるから、
そうはならないかもしれないが、韓国ではどの分野にせよそうはいかない
とにかく競争競争、人に勝て、である

一瞬でも余裕を見せてしまえばもう誰かに抜かされている
そして抜かされることを自分に許せない
常に自分が一番でいたいのだ
だから熱愛報道や「○○は○○と本気?」などというのはいちいち相手にすることではない
それがいいかわるいかではなく、とにかくその執念ともいえる競争意識はすさまじい

 

BTSを通して見る韓国の若者の感じている疲労と諦め感

こうした韓国のアーティストの層の厚さは、最近は崩れかかっていると思う

かつてのような勢いがないのは、観ていてわかる
才能が輝いている人も、正直若い世代に見られなくなってきた
正直、どれもが同じになっており、KPOPはもう飽和状態で、
スターは金太郎飴の様に皆同じだ

歌もダンスも個性が失われていっている
何より、以前感じたあのダイナミックコリア、の力を感じない…

やはり国が経済的に切迫しているので若い世代に、
頑張り続けることそのものへの疑問と疲れが蔓延しているのではないか?

またどんなに頑張っても成功の上位にいる人にはかなわないという、
諦め感がダイナミックに挑戦する意欲を若い世代からそいでいる気がする

BTSだって苦労はしてあそこまで来たがそれでも、例外的な成功で、
あのグループだけが群を抜くほどの大成功を収めている

ただでさえ苦しい競争と格差の中で生きている韓国の若者、韓国のアイドルやアーティストは、
BTSの成功体験を延々と見せられてもいい気はしないと思う

彼らの成功は韓国の若者が一緒にシェアし共有共感できるものではすでになくなっている

むしろ、頑張って上に登ろうとしている人や貧困状態に苦しむ若者たち、
夢をもってアイドルを目指す若者たちの
諦め感を助長している気がしてならない
だって、誰もBTSほどには成功しないだろう、というかほとんどは成功どころか失敗で終わるのである

これはもはや、バンタンの曲がいいとか、アーティストとしてのクオリティの問題ではない、
社会問題であり、心理的問題である

日本人のファンはその点、BTSが良く見えていない
韓国という社会を生きる若い人間としてのBTSを、他に照らして見ることはほぼ出来ていない

ましてやリアルな韓国人との付き合い、
リアルな韓国人アーティストとの付き合いがないので

リアルにBTSを捉えることはできない

ただアーミーとして存在し、何があってもBTSに味方することを良しとする「教義」
のようなものの中で、ものすごい偶像崇拝としてBTSを見ている

BTSは彼女らにとって、知らない世界の知らない住人だからこそ、
偶像崇拝として好きでいられるのだ

でも韓国の場合、同じ時代を生きてきた単なる若者のグループが
巨万の富と成功を自慢気にしているチャンネルなどを見ると
誰がいい気がするだろうか?

BTSを見れば見るほど、意欲がなくなる格差社会?

それが、BTSがあまり韓国で騒がれず、テレビで取り上げられず、
「国民の弟」になれない理由だろうか?

彼らの目線はBTSが世界で成功したことを誇る気持ちもある反面
自分との格差を感じさせるつまらないコンテンツでもあるように思う

今年も春ごろジミンが昔太っていたことをSNSでディスる騒ぎがあった
こうした集団ディスりは時々起こっている
しかも、ジミンが昔太っていた、と言って大騒ぎして彼を責めるというのは
よく分からない。何も悪いことはしていないからだ。
でもあれは度々報道されるほどに一時大事になっていた
このようにBTSは応援されるよりディスられているイメージがある

BTSやHYBEは成功を独占している状態で、ある意味エンタメの新興財閥ともいえる
そんなものを喜んで眺めている余裕が、韓国の若い世代にあるようには見えない

もし韓国で多くの人の共感を得る人、得るアーティストがいるとすれば、同じような目線で
社会を見て社会に生き、ほどほどの人気を保ち、韓国人に分かる文化で演出し、
自分と同じ苦労をしている人達だろう

BTSが苦労していないとは言わないが、彼らの貧乏時代はすでに終わっているし、
韓国的ではなくアメリカ的になっているし、
彼らの悩みはすでに普通の人の悩みとは違う次元のものだ

後輩を教育するのが得意な日本人と、
成功を自分のものとしていたい韓国人

それに加え
韓国のアーティストはあまり下の世代を熱心に教育しないことが大きい

彼らに後輩を育てなきゃ、という思いや情熱や使命を感じたことはない
彼らはいつも自分のスペックばかり気にしている

これは決定的なことかもしれない

才能のある世代が、自分の能力を駆使して後輩をきっちりと育てていく
そういう気持ちを私には韓国人にあまり感じたことがない
やはりいつも主役は自分、とここまで支えてくれた愛すべきオンマ、と家族、と親族…

だから、常に、歳をとっても、
自分独自のスタイルを追い続けていてそれを他者には引き渡さない

自分のクオリティは自分の代と、
どちらかというとエンターテインメント業界とは無縁の
親や家族とともに家系が引き継いでいくのだ

その成功は同業者の後輩とシェアすることより、
家族にこそ明け渡すものであり、家宝であり、
成功という宝をもたらしたことで家族とシェアすると考える

それほど、彼らは家族との結びつきが強く、
家族には自分のすべてをさらすが他人にはその秘訣を公開しない

それ程、彼らの成功はいつも家族総出での努力によって勝ち取っていく

日本はTaisuke君を始め、
アイドルや目立つアーティストはともかく、
パフォーミングアーツの世界においては、
才能ある人たちが下の世代を育成することに力を注いだために

小さい世代の才能が最近になって次々と開花していっている

長年、韓国に圧倒され、韓国にどうやっても勝てなかったパフォーミングアーツの世界は
日本では、下の世代に継承することで、地道な教育が今やっと結実し始めていると思う

もともと日本では、世界的にも通用するパフォーミングアーティストが多いけれど、
ダンスなどが評価されない日本では企業や政府からの援助もないし、評価もしてもらえない中で個人的努力によって下の世代をコツコツと教育するしかなかったのではないだろうか

正直日本の、特にストリート系の、要するにアイドルやエンターテインメント業界で使えるようなダンスをする人たちは極めて社会的礼儀やマナーがなっていない
このことは本当に問題だと思う

でも、その中でも本当にまじめにダンスに打ち込み、
なにより日本人が得意とする「和の精神」で、
後輩を徹底的に指導教育してきたことは、

日本人の素晴らしさがここで発揮されたといえる

日本と韓国、どちらのエンターテインメントが魅力的になっていくのか?

 

いすれにせよ日本人と韓国人とでは意識がまず違い、だから
エンターテインメントの形が違うのは当たり前だ
例え、最初の段階では韓国がジャニーズを模倣してボーイズグループを作ることにしたとしても
それはやはりジャニーズではないし、全然色が違うし、やっぱり韓国っぽいのだ

そして問題はどちらにせよ極端だ
日本人は協調できるし下の世代に教育ができるが、
協調を重んじるばかり、教え手と教えられ手の上下関係ができやすくなり、
相手のすることを気にしすぎるし、

失敗してもいいからチャレンジすることを世界一不得手にしてるのは今も変わらない

韓国人は協調より自己主張なので、自分独自の世界やスタイルをどんどん作るダイナミックさと
創造力と努力がすごいが、その代わり成功は自分の中に温存したく、家族にだけ明け渡す

もちろんグループであれば成功を分かち合うこともする
彼らのウリ意識があるうちは…
でもウリ意識がなくなった時には、彼らはあっというまに離散する
協調より自己強調が大事なので、ウリではなくなったときは血も涙もなく離散する
だから、しばしばグループは簡単に解散し、いつしかフェードアウトしている
アイドルは数多い
こうなると、韓国でグループでやる場合はグループが仲がいいどころか、
本当の家族同然でなければ
上手くいかないということでもある

どちらも、だからこそできることがあると言えるし
どちらも、問題点がある

ただ私は総じて韓国の方が何でもありで、ダイナミックで、
アーティストとしては自由でどんどん激しくぶつかり合い
意見を言い、情熱的に何かを作ることに魂をかけていることに
とても魅力を感じてきたし、今でもそう感じる

韓国式エンターテインメントも、もういい加減あきあきしたし
似たようなグループを作っても、そのたびに幼稚園生ぐらいなら反応するかもしれないが
聴きあきた層からは支持されなくなり、もはや歌ダンスファッションすべてが古臭くなってきた

そろそろまったく違ったアーティストが出てきてもいい気がする
そして私はそれに少しでも参加したくて、マーシャルアーツコレオグラファーをしている
ダンスの中に、動きの中に、新しい要素を入れていく、これまでにないことをしていく、
そういう気持ちは常にある

2000年代に輝きを放ち続けてきたKPOPと韓国アーティストたち。

でも、その黄金期も社会の、若者の変化と共に
BTSが引退するころにはすっかり変わっているのではないかとも、思う

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