Life goes on

 

あれこれ書いてきたけど、結局最近はいつもバンタンの服を着ていて、今これもジミンの服を着て書いている。

自慢じゃないがもらいもの。偶然だけどバンタンの服がいっぱい。

もう嫌いになりそうだからいつ、着なくなるとも限らない。
それにBTSを世間が忘れていくのも時間の問題だから、今はまだ良くてもいつダサく見えるかもわからない。

だから今のバンタンについて批判したり文句を散々書いてきながらも、
毎日ほぼ毎日のバンタンの服を着ている。着倒してやるくらいの勢いで。
テレワーク一色になってしまったのもある。
何時しかどこに行くにもBTSの服を着ているようになった。

それ自体ダサいかもしれないし、アンチに何か言われるかもと思いつつも
BTSの服を着ていると不思議と元気でいられる。

結局好きだという気持ち、彼らを応援していきたい気持ちがそうさせているのだ。


私がバンタンについていろいろと批判めいたことを書いているのも、
私の正直な気持ちであり、もし彼らと共に仕事をしていたなら、
まったく同じことを彼らにいっただろうし、質問しただろう。

だからこれは厳密にいうと、批判でもディスりでもなく、本当に愛だ。

私は韓国のアーティスト達との共同創造の中で、
こうした議題で何度ぶつかったり激しく言い合いしたかわからない。

それは彼らが嫌いだからではなく、大好きだったからだ。

そしてあまりにも突出したその才能を、最大限伸ばして、信じて、
最高のものを創作し表演してほしかったからだった。

韓国は本当に、パフォーミングアーツの分野で天才的に才能ある人が多い。

でも彼らは子供頃から植え付けられている、あまりにも強い競争意識と、
その裏側にある優越感と劣等感、あまりにも強い承認欲求や、激しい嫉妬に苦悩していた。

それが彼らの才能にストップをかけていることは誰を見ても明らかだった。

それでも一度成功し始めると、
どうしても1番になりたい、1番になり続けたい、韓国一に、世界一に、なりたい

という欲求も人一倍強くなる。

そして実際にそれらを実現していった。
が、でもそれでも足りずもっと成功したいという思いが、
ますます認められることを求め、自分を壮絶なまでの競争と猛練習へと突き動かしていった。
そして彼らの心はこわれていった。

よく韓国アーティストのエンタメニュースなどを見るとろくなことが書いていない。

つまり、スキャンダルでも契約解除でも事務所との揉め事でも、グループ内のいじめでも、
結局は彼らのこうした嫉妬と競争意識と自己承認欲求の強さが引き起こしている。

余計なエゴは、自分自身をこわしているし、本来ののびのびとした才能を閉じさせてしまっている。

そして結局、そういう意識はトラブルをうみ、やがてグループなら解散、ソロでも売れず、やがて忘れられていく。

ここでメンタルをいかに統制してコントロールして上手く操縦していくかがカギになる。
でも若い時はそれは難しい。だから大人のメンターやバディは彼らに絶対必要なのだ。

成功すべき最高の才能を持っていながら自分の心に負けて
アイドルやアーティストをやめていった人やほぼ消えてしまった人は山ほどいる。

その残念さといったら限りない。
自分もそこに関わってきたからなおさらだ。
彼らの才能を世界に見せたくて、本当に見せたくて、私なりにどれほど一生懸命だったか。

芸術の分野において、突出した才能を持った韓国人は、
本当にもっと世界で評価されるべきだ。

でもその前に、競争意識や嫉妬などのエゴを解除し、
自分で自分を責め、仲間を責めて、事務所を責めて、結果その可能性をつぶしてほしくない。

私はそんなことを思い、BTSについて書いたけれども、これらの体験は直接BTSの今とは関係はない。
でも、私にはある種の直感がある。それに、見てきた分分かるのだ。一線を超えたなヤバイという時が。。。


そう、今じゃすっかりやりすぎている気がするから、
そうはっきり言っているのだし、正直、イケイケどんどん状態ではいつか転ぶことも伝えたかった。

アメリカ進出についても正直やりすぎだし、はっきり言ってしまうと、
その才能が本当に傑出しているならば、あれこれ画策したりアメリカ寄りの作風に変えてみたり、
あの手この手をやってみたり、アーミーの力まで借りて成功を「創らなくても」人は着いてくる。

進出という概念自体が古いし、無理がある。

本当に認められたいならまず人種差別をなくすべきだし、アジア人も黒人も白人もないという段階に
世界の人の意識が高まっていなければならない。

まいまい(RМ)はそれを分かっているから、アジア人差別をなくそうと訴えたのかもしれない。
彼は頭がいいし、すぐに物事を見通してしまうので、問題の根底がなくならなければ自分達のポストも
永遠にアメリカにはない妥当といち早く気づいたのだろう。

でも、釈然としないのはそのメッセージそのものはいかにもまいまいらしいと思いつつも、
一方でアメリカに認められようと必死にしか見えない矛盾である。

以前にも、そういうアーティストがいた。
私は彼が失敗すると何度も警告してきたが、彼は疾走し続けて、
結局大きな壁にぶつかり、世界に認められたスターだったのに、スターの階段から転落してしまった。


エンターテインメントの世界とはあっという間に転落がやってくる。そしてその時に手を差し伸べる人はいない。
なんとも冷たい世界だ。成功者のところにはカネが落ち、人が群がってくる。ひとたびイメージのわるいやつ、に変わったり売れなくなると、とたんに皆が去っていく。


私はそうはなりたくなかった。誰も転落してほしくなかったから、最後まで徹底的にアーティスト達と話し合ってきたし、そして彼らが転落したら、手を差し伸べる最後の人でありたかった。

こういうガチなぶつかり合いは、日本の芸能世界ではほぼないのではないかと思う。

そういう意味で、韓国も中国も、良いものを作る者同士としては国籍も関係ないし、
歳も経歴も関係なく、すごくガチで言い合いし、アグレッシブにダイナミックに関係を築いていく自由さがある。
老いも若きもベテランも新入りも私のようなわけわかんないどこぞの日本人でも、
皆どこまでもダイナミックにディスカッションする。

皆すっごくいいものを作りたい思いに満ちている。

ところがその一方で今世界のアイドル市場は本当につまらないものになっている。
同じようなものがマネキンのように量産され、
歌も踊りもスタイルもいいのに、見ていてちっとも感動がない。

もうすでに飽和状態で、誰もどうしていいのかわからない。

もしかしたら二極化が起きているのかもしれない。
もうアイドル量産は散々だという人はそういう世界には身を置かず、
ちがう形でアーティストとしてやっていき、ドラマや映画の製作には
入魂の演技をする。
その代表ともいえるのが、陳情令という大ヒット作をうんだ
肖戦と王一博だ。

一方で、アジアに限らずとにかく成功したい・目立ちたい・インフルエンサーだもんね・ちょっとマスコミに
注目されただけでスター気分になりろくな訓練も礼儀もなく、ただアイドルになりたいとか若手俳優になりたいとか、そういうエゴだけの若い子たちが、アイドルにさえなれば何とかなるのではと、

おそろしく厳しく激しく非情なエンターテインメントの世界に入ろうと必死になっている

入魂することと、必死になることは違う。

私はエンターテインメントのどの分野でも、自分を大切にし、他者を大切にしながらも
作品に入魂できる人しか残らないと思う

後者の人はいっぱいいるが、あっという間に消えていく。
キレイに磨いたニンジンみたいな足を出してラインダンスみたいなのを踊る時代は
もうそろそろ終わるだろう。リー・シエンのような「本物になりたい」と自ら志願する俳優が
増えてくだろう。その時、きれいなニンジンはいくら努力しても練習しても勝ち目がない。

なぜ?それは、練習量とかではなく、足の長さでもなく、
意識と度量と本気の違いだ。才能ある人は、本物と似非とを見抜くのだ。

BTS、それに限らずアジアの才能ある天才芸術家たち。

どうか彼らが本当の魅力を出してそれを世界に見せることで、
世界に感動を与え、美しいものをこの地球にたくさんうみだしてほしい。



だから、結局やめられない。彼らを、バンタンを愛し続けることを。。。

Facebook にシェア
LinkedIn にシェア
LINEで送る
[`livedoor` not found]
[`yahoo` not found]
このエントリーを Google ブックマーク に追加