水瓶座の時代の映画・ドラマ・小説の世界

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オルファレーズの人々よ、何を私が語れましょう
あなた方の魂のなかに、今、動いているそのことのほかには。
-カリル・ジブラン

水瓶座時代のクリエイティビティー

前回水瓶座の時代の芸能人・エンターテイナーというテーマで書きました
その延長線上で、今度も水瓶座時代のアートやクリエイティブな分野について書いてみたいとおもいます

私自身、デザインの世界からヒーラーになっていますし、
アーティスティック・クリエイティブな分野は子供の頃から大好きですが、
そのためか自分のところに引き寄せられてくる方々はクリエイティブな分野の方も多いです

クリエイティブな分野の人は、創造と想像に生きているので、魂というものと最も深くつながっています
というより、クリエイティブな世界は思考や理性、論理でははかれない領域ですので、
見えない領域と直観的につながりながらインスピレーションを
糧として創造するというのは、自然なことですね

広い意味でクリエイティブな分野にいらっしゃる方々の中でも、
このブログで書いているような事柄についての関心を
持っている方はいるでしょうし、地球的エネルギーの変化によって、今後ますます増えていくと思われます
特にこれからの新しい地球に波動が合って来ている人や、
古い世界の上でではなく新しい地球において創造することを自らの使命として生まれてきた魂は
、関心をもたずにいられなくなってくるでしょう

一般メディアでは取り上げられなくても、映画・ドラマ・そしてそれを演じる人(俳優さん)たち、
小説・漫画の世界などに生きる人々も水瓶座・新周期・新しい地球のエネルギーに無縁でいることはできません

ただ、このテーマについて書くということは多少ためらいがあります
というのも私は普段めったに映画やテレビを見ないからです
小説も漫画も全くと言っていいほど読みません

なので、そういう分野について書くこと自体が偉そうで傲慢なのであり、
躊躇はあるのですが・・・

全く見ない読まないと書きましたが、実際には例外もあります
テレビについては海外ドラマは1冊本が書けるぐらい好きです
小説は児童文学が好きで読んでいます
漫画は古い漫画やヒストリカルな物語については結構読んでいます・・・
映画だけは、ジブリと「のだめカンタービレ」実写版ぐらいしか・・・見てないっていうのが事実ですが。

とまあ、つまり偏りはあるけれど、やはりなんだかんだいって物語の世界に引き込まれる
物語は楽しく、リラックスさせてくれるし、夢や想像、そして意識や認識の拡大を与えてくれます

ただ、この「ストーリー」というものが存在しなければならない
芸術分野・クリエイティブ分野というのは、
その他の
芸術クリエイティブ分野よりも、
これからはジレンマやもしかしたら存続の危機にたたされる可能性が高いと思っています

2元性を越えた世界での”物語”

というのも、これが一番重要なポイントなのですが、私たちの生きる地球は、
これからどんどん2元性を脱却していきます
2元性・・・つまり陰があって陽がある
喜びがあって悲しみがある
憎しみがあって愛がある
戦争があって平和がある。
貧乏があって富がある
浮きがあって沈みがある
夢があって挫折がある・・・・
とまあ、私たちの世界はほとんど2元性システムで出来ています

2元性を生きることがメインテーマのようになっており、
究極の状態である「ワンネス」にはほとんど生きていません

地球にこの2元性がどうしてそもそも存在するのか、スピリチュアルな世界ではよく問われ
そしてよくディスカッションされてきました
なぜ2元性の世界に私たちが生きるのかについては、
多くのチャネリングメッセージなどが本になっています
私の考えでは、おそらく、
カルマゲームを設定することによって魂が成長していくための学びの道場みたいになっているからでしょう

しかし今の時代のスピリチュアリティーにおいては、
「2元性からの脱却」というのは大きなテーマであり、実際にぐんぐんと進行中のことなのです
そしてなぜ2元性の脱却というかそこからの解放が起ころうとしているのかというと
これは私たちには計り知れない、地球と宇宙的変化・変容のもたらすものと思われます
この変化・変容はまず私たちの「意識」を変え、それから「波動」を変えて、世界を変えていくのでしょうが、
どこに向かってその変容が起こるのかというと、oneness,すべては一体であり、
love is all,愛だけが真実であるという方向への変容です

こういうと、特にスピリチュアルなことへの抵抗がある人は「また始まった」と思う方もいるでしょう
なぜそう愛だ愛だと決まり文句のように言うのかと
けれども、本格的に霊的な変容を体験していくと、愛、それがまさに真実だということが体験でわかります
そして今地球で起こっている変容は、ただひたすらワンネスと調和、愛に向っているものだと言うことが・・・
この記事で以前にも書いたのですが、本当の意味で愛を体験するには、スピリチュアリティーへの開花が不可欠です

世界の有様を見れば、状況は2元性真っ只中ではないかと言われるかもしれません
けれども、本当は私たちのハートそして魂の領域は2元性を脱却したい!
という欲求が非常に高まっている時代なのです
それは巨大シフトが起きた2015年を超えて、よりますます大きくなっていくでしょう

2元性が逆につよまっているようにみえる今の世界の混沌は、
あまりにも魂が新しい方向へ進もうとしているための、集合的な抵抗なのです
それが世界レベルで起きているので余計にひどく見えるだけです
人っていうのはここまで抵抗するんですね、ってことなんです

人が物語を必要としなくなる…

さて、繰り返しますが映画・ドラマ・小説・漫画というストーリーを必要とするクリティブ分野は
つねにこの2元性を土台にしてなりたっています
2元性がなければストーリーがなりたたないからです
もし誰かが、生まれてこの方幸せで、ずっとどの瞬間も幸せたっぷりだったとしたら
それを物語にしても面白くはない・・・というよりそもそもストーリーとして展開しようがないですよね

けれども、2元性を越えると言うことはある意味
このストーリー性のない世界へと上昇していくということです

私たちはどんどんストーリーを必要としなくなっていきます

世界の多くのヒーラーやライトワーカー達が、
口をそろえて「誰かのそして世界で起こっていることの”ストーリー”にひっかからないように、惑わされないように。
あなたはもうストーリーを生きる段階ではありません」などと伝えているのはそのためです

実際、これも体験を伴わないとなかなか実感するのは難しいのですが、
波動が洗練され、高くなっていけばいくほど
自然と2元性システムやそこにある数々のストーリーに関心がなくなります
例えばニュースもある種のドキュメンタリーも、誰かの2元性ストーリーを扱っていますよね
おそらくこのブログを読んでいる方の中にもどこかの誰かの2元性ストーリーに
自ずと関心がなくなり、小説やドラマ、ニュースなどを
見なくなってきている人が多くいらっしゃると思いますが
それももしかしたら心の奥底にある変化のあらわれかもしれません

スピリチュアルなレベルで、創造の源と一体であり、
すべては繋がっているというonenessを体験し実感することが多くなると
もうストーリーが展開しなくなり、地球にただ波動として「今ここ」に「在る」という状態になっていきます

私は茶道を習ってきました
茶道というのは、とてもスピリチュアルなもので、人を静寂の中の「今ここ」に「在る」という状態にしてくれます
そして茶道をしていると、そこに小宇宙があり、自分が宇宙や自然と一体になった感じがしてきます
茶道のように、この世界にある芸術や文化の中には、これからの水瓶座的エネルギー
により調和したものもあります

その逆に、2元性に頼った「ストーリー」「物語」「ドラマ」のある分野は岐路に立たされるでしょう

ところがこの世界には、2元性の脱却や解放どころか、
人を不快にさせ恐怖させるような作品が多く出回っています
愛を表現するどころか、それとは真逆のものが蔓延しています
エックハルト・トールはこのことを絶妙に伝えています

「あなたが現代文明に無縁だとしたら、別の時代・別の星からやってきたとしたら、
まず驚くことの一つが
何百万人もの人々がわざわざお金を払って人が殺しあい苦しめあうのを眺めて喜び、
それを”娯楽”と呼んでいることだろう。

どうして暴力的な映画がこれほど観客を集めるのか?
暴力映画は1つの産業を形成していて、その大半は人間の不幸依存症をあおっている。
人々がそういう映画を見るのは、嫌な気分になりたいからだろう。人間はなぜ嫌な気分になるのが好きで、
それが良いと思うのか?もちろんペンボディのせいだ。娯楽産業の大部分はペインボディにサービスしている。」

-「ニューアース」エックハルト・トール

映画や漫画、小説などストーリーのあるクリエイティブ分野はいまだに多くの恐怖要素で溢れており
魂の表現というよりは傷ついたインナーチャイルドが癒されていないままの人たちが
傷ついたまま愛とは逆のものを世界に提出しています
ともすれば、とても安っぽい「感動」ものなどもあります
とにかくこう描けば人は涙するだろうという安直な感動物語があふれています
(トールの言うペインボディとは、別の言い方をすれば傷ついた心でありインナーチャイルドと私は思うのですが)

たまに本屋に行って新刊を手に取ったり漫画を借りたりするんですが
中には非常に重いペインボディをもったままそれをそっくり作品に投影している人もいます
私の様な霊的能力者は、本屋さんに行くだけでも、本の持つエネルギーとかオーラが見えるわけですが
読まなくても作者のコンディションを感じることが出来ます

中には、本を手に取ることすらためらわれるものもあります
作者の絶望がそのまま伝わってくるものもあります

いかに現代の世界が、苦しみと混沌に溢れているのかがそれだけでわかります
つまり、多くの人が路頭に迷っているのです
自分の魂を見失って・・・
誰かが才能があっても、賞をとっても、有名になっても、
今の水瓶座の時代にふさわしいような新しさと喜びと魂からくる生命力に溢れた作品・物語に
触れることがなかなかないのです

むしろ、トールが書いていますが、「ますます誰かのペインボディをつよめるのに貢献するような」ものが
世の中に溢れています
人は「世界はなぜこんななのだ?現代はなぜこんなに混沌としているのか?」
といいながら、自分の内を観ることはせず、自分の魂を癒すことはせず、結果として
自ら絶望し、それが作品・物語という形で顕現してしまっています

作品を作る人はよく考え、人一倍感じやすい人達です
中には真剣に今の世の中を悲しみ、今こそ人間というものについて、
目をそむけずに描かなければならないと
思い、世界にある恐怖や暴力もえぐりだし、
「見ろ、これこそ人間の本性というものだ」と言わんばかりにえぐい姿を描きだしたり演じたりすることが
「真の芸術」と思っている人もいるかもしれません
けれども、実はそれはただペインボディが内でも外でも暴れているだけなのです

魂を見失い、本質を体験するという安堵と創造の源との一体感がないまま、
ただひたすら激しい変容を促す今の地球のエネルギーにさらされていると
ソウルロスになって行き、その状態からでは、
いくら才能があっても、描けることが限られていきます

だから、「平和を望む望む、今こそ平和になろう」と叫ばれながらも、
一方で現代に提出される作品の多くが、
暴力的であり、何らかの恐れを表しているのはそのためでしょう
書いている人が、そもそもそこから脱却しておらず、
何を描いていいのか本当には分かっていないのです

概念化や抽象化で生気を失った世界に暮らしていると、もはや生き生きとした宇宙をかんじられなくなる
今はほとんどの人は現実に生きているのではなく、概念化された現実を生きている
-エックハルト・トール「ニューアース」

新しい地球での、新たなストーリー

いつか私たちは、2元性を本当に脱却するでしょう
その時、本当にストーリーを読み、観ることを必要としなくなると思います

けれども、それはまだまだ先の話。
今の私たちは、むしろストーリー、物語を必要としています
それは愛のストーリーです
それは魂からの表現です
それは愛へと向かう、魂へと向かうことそのものを「ストーリー」にしたものです
私たちは誰でも、自分だけの旅路を持っています
魂の領域を旅するという旅路を・・・
多くの人の「自分の魂を見出したい」、という欲求に応えられる作品は
人のハートを鼓舞し、愛へと向かわせます
そういう物語は、今本当に必要とされています

水瓶座の時代、新しい26000周期の時代のエネルギーは、本当に、
(もう語気を出来るだけ強めていいますが本当に本当に)魚座時代とは違うのです

集合的におも~く眠ったままの魚座時代ではないのです
私たちは「私たちの魂は何か、スピリットは何か?」
という問いに常にさらされる、とてつもない変化の時に生きているのです

また、この水瓶座の時代の新しいエネルギーの中に生きる人や
新しく生まれてきている魂は、古いシステムを全く必要としていません
だから、古いカルマゲームと2元性システムについてのお話を作っても、
これからのクリスタル・レインボー世代には共感されず、やがて人の生きる世界も波動が洗練されていくと、
どういう意図を持って作ったにせよ、暴力的・否定的な要素を持つ作品は例え今「傑作」と言われようと
いずれは忘れられていくことだけは覚悟した方がいいでしょう

傑作とは、真実の素晴らしさがおのずとにじみ出ている作品です
-テリー・リン・テイラー

水瓶座の時代、新周期に入った時代、新しい地球の上で、台頭するのは、残っていくのは、
愛を純粋に描いているものだけです

 

水瓶座の時代と作品づくりへの苦悩

私は、今後ストーリーのある創造分野に生きる人たちは多くの人が苦悩すると思っています
文芸評論的に社会学的に言っているのではありません
スピリチュアルなレベルで客観的にそういうエネルギーコンデイション
になる人が多くなるだろうと予測しているだけです

「一体僕は何を描けばいいのか?
こんな話もあんな話もつまらない。
何を演じればいいのか?僕が演じているのは一体だれなのか、
誰にとって意味があるのか?」
等々・・・
そして、それは魂の分岐点にいるということです
皆が今、魂の分岐点にいます
だから作品づくりをする人達も分岐点に来るわけです
そうした苦悩時期を迎えている方がいれば、それを歓迎してください
というのも、それで自然だと思うからです
自分が新しくなろうとしている、そしてそこから生まれる作品も新しくなろうしている予兆だと思ってください
私たちは変化する時、ヴォイドを通過しますが、「作品が作れない、物語が浮かばない、
何を作ればいいのかわからない」
というそのスランプは魂が新たに生まれゆくヴォイドなのかもしれません

そこに、新たな創造が生まれる余地が広がっているのかもしれません
そういう人こそ、作品を世に創りだすことで愛を放出し、地球の波動を上げていくライトワーカーとして
物語を生み出すという定位置についているのかもしれません

真の芸術とは、小さな自己への耽溺ではなく大いなる自己を顕わすことである
-フレデリック・フランク

~以下、天使からのメッセージ~

難しい文芸への評価や「文化人」のすることや、
人の目線や、世界の動向や自分の感情体の乱れなどに
翻弄されないでください

ただ純粋で透明で愛に満ちた魂を見出す旅をしてください
そしてそれをただ純粋に「物語」にしてください
あなた自身が純粋さと、幸福をなにより望んでいると気付いてください
だとすれば、他の人に何を提供すべきなのか自ずと分かるでしょう
あなたは自分の魂の純粋さとしあわせを、本当は何より望んでいます
もう、世界に悲しみを増やすようなことに
自分から溶け込まないでください
あなたは今こそ、そこから飛び出すべき時です

もし何を描けばいいのか分からなくなったら、
とにかく「人をしあわせにするものを」創造すると決めてみてください
幸せを描くことは、とても難しいことであり、そしてとても簡単なことです

今、世界中の人が本当に必要としているのは、
ハラハラさせられることではなく、虚偽の涙で涙することでもなく
純粋に幸せと平和をハートで感じるということです
それほど、愛が滋養として与えられにくい世界になっています

世界が抵抗と停滞に向う中で、集合意識はもうボロボロです
疲れ切っているのです

私たちは本当に、かなり強い深い思いでハートへの滋養を今、
必要としています

”人間の残酷さを抉り出す真にせまった物語”ではなく
”魂の本質を浮かび上がらせるもっと広大な領域のストーリー”を必要としています
これらを創るにはCelia Fennのいうcreative imaginationが必要です
そしてそれは魂から、スピリットから与えられるものだと、
私は思っています

 

 

オルファレーズの人々よ、何を私が語れましょう
あなた方の魂のなかに、今、動いているそのことのほかには。
-カリル・ジブラン

 

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[ 水瓶座の時代の映画・ドラマ・小説の世界 ]地球と個人が新しくなる時代へ2015/12/28 07:58