武術とボディワークで強く楽しくキラキラなわたしへ

日本語教師・日本語教育はオンライン授業にあわない?

なぜ日本語教師になったのか

 

今回日本語フリートーキングレッスンを大々的に100人募集させていただきました

そこで、自分の日本語教育について語ってみたいと思います
語るなどというほど何もやっていないのですが、
それなりの体験を積んできて思うことは書いてみたいと思います

ちなみに、なぜ私がいきなり日本語教師なのか?と思うからもいるかもしれませんが、
私は海外大学院進学、国際交流活動、国際間事業、などなどずっと海外に触れる人生を送ってきて、

その間「日本語をおしえて~」
といわれたことは何度もあります

そうして教えているうちに、楽しくなってしまい、調べたら日本語教師という職業があることを知って日本語教師のための学校を修了し、日本語教師になったのです

でもこれは私の仕事の1つであり、一部です
私にとっては他にも複数の天職があり、それらにも
全力投球しているので日本語教師にだけ燃えているわけではない

そもそもが、違う仕事からこの仕事に入っていったので、日本語教師を目指していたわけではありません
寸分も目指してませんでした◇私の中には日本語教師という仕事があるということすら知識としてありませんでした

ちなみに、私が日本語教育について書くと、ディスり荒らしから
「日本語教師のくせには付けないし、流行り言葉使うし文法合ってないではないか?あなたは本当に日本語を教える気があるのか?」と言ってくる輩がいますが、ブログに限って言えば余計なお世話、そんなこと関係ないです

ここブログでは私はとにかく自由に書きたいんです
書くスタイルも含めて、言葉・漢字・言い方も含めて自由にできるから続けられるし書いていて楽しい。それをここでも「日本語教師としての心得」とか説教するのはやめてください

日本語教師ってのは、武術指導家もそうなんだけどいつも「先生先生」と尊敬され上から目線で生きられるので、特にベテランの高齢者の海外経験ある輩(あえて先生といわない)は何でも偉そうですよね

彼らにとっては、文法上正しくなければ日本語ではなく、日本語を使う現場
すべてが日本語教室ですよ

卑劣なことさえ書かなければ、ブログぐらい自分のスタイルでいいじゃないですか?
ヨーロッパやアメリカ人や韓国人のブログなんてスラングやテキトーないいまわし多数で、
普通の日本人には多分わかんない

でもそれでいいじゃないですか、例えそれが「先生」が書いたものでも。
日本語に正解はありません
言葉は自由に使っていいもの、表現はひとそれぞれ。

ベテラン教師・先生とか言う人達は、マウントしたいのでしょうが、
日本語を教えることと、日本語で自己を表現することを混同しています
そういうのはやめましょう、それこそプロとは言えません

みんなオンライン授業・オンラインレッスンに疲れている

最初から話がずれましたが、

最近ではすっかりオンラインが定着しましたね

とはいえ、時代の変化と現状により、定着せざるを得ない状況があるからです
みんながオンラインが好きで好んで選択しているわけではありません

本当は半分いやいやながらもなんとか
オンラインに慣れて使っている方もたくさんいると思います

確かに日本語教育の現場においてもオンラインというのは今主要な、そして重要な授業形態の一つになっています。少なくとも今の状況においてはオンラインが絶対かつオンラインが主体となっている業界と言えます

YouTube や様々なサイトのブログなどを見るとオンラインがいかに重要かということを
意気揚々と語る日本語教師の皆さんの動画をよく見かけます

そしてそこで言われていることは個人的意見であり様々ですが、どれも全て真実でしょう

何度も言いますが日本語に正解はないので、言語教育にも正解がありません

しかし私はオンライン授業というものに便利さと良さを感じながらも、
決定的に欠けているものがあると思っています
オンライン授業は現代的ですし便利でもあり、有用でもあるので今後も発展していくでしょう
それでもやはり欠点があり、そこは今後課題となっていくと思います

オンライン事業・オンライン授業に疲れた人々~特に大学生

コロナが長引き、普通の生活が遠くなり、ロックダウンになってステイホームになった中、
人々の暮らしや心の状態、心身の状態などを測るものさしとして様々な心理学的・社会学的調査が行われてきました

またここへ来て多くの人が個人的にブログやSNSでオンライン授業の体験について書いています

その中で目立つのは、多くの人がオンラインに疲れているということです

突出しているのは大学生の苦しみです

大学生は運によっては1年生の時から大学に行くことがなく、
この2年ほど家でずっと画面を見て友達もできずつまらないスライドを眺めながら、
通り一遍の授業を受け続けています

そのことが予想以上に大学生たちのメンタリティやエモーショナルな部分に大打撃を与えていることがわかってきました
若者なのに、自律神経は乱れまくり元気を失い活力を失いまた希望を失っている姿がうかがえます

本来、大学生活というのは大学に行ってこそ有意義で、大学に入ってこその醍醐味があるのです

私は日本の大学欧米の大学両方入っていますが、
どちらにせよキャンパスにいるということはウキウキワクワクすることです

日本の大学で言えば入学したての頃は部活やサークルの勧誘の中、桜が舞う中でワクワクしながら先輩たちの姿を眺めそして新入生歓迎会に出るだけ出て楽しみました

まあ日本の大学というのは正直言って半分遊びです
なのでそこで磨くのは勉学というより人生経験。

恋愛や失恋人間関係などやっぱり人として成長していくひとつの過程なんですよね
大学生活は人間関係がすごく大きいと思います

授業自体は正直あまり面白くない
私も退屈で仕方がありませんでした
だからゼミはわざとタイトなスケジュールがあり他の大学との討論会や勉強会がすごく多い厳しいゼミに入りました

しかしそれでも大学のキャンパスにいることは以前楽しく、
まず部活が楽しかったことと、学食でぼーっとしながら友達と何時間も喋ったり、
ゼミの準備をするために友達といつのまにか夜中まで議論して、
近くのジョナサンに行ってまで作業して楽しいことだらけでした

大学時代からすでにコミュニケーションブレイクダウン

 

ただその時にすでに感じていたことがあります
私は故意に人間関係を深め、広げようと努力していましたが、それでも
現代の若者は基本自分の殻にこもり、コミュニケーションブレイクダウンになっていたということです

楽しいことも多かったのですが、孤独もすごく感じました
友情を深めるより、皆自分の将来とバイトと恋愛ばかりに夢中で、人との交流を広げる積極性がある人は極端に少なかった。どちらかというとすでに陰キャのオタク社会が始まっていたので、友達は「スマホと押し」、という寂しい人達が多かった。

すでに、オンラインの良くない点がこの時点で時代に出ていたのです

そして留学しましたが留学先ではもっともっと楽しい日々が待っていました
世界中の人々と出会い英語は日々上達していきますし、
向こうの大学は本当にやることが賛成最先端でダイナミックです

総合大学でありエリート大学でもあったうちの学校はキャンパス内に多くの施設があり、
私の大大大好きなカフェもあちこちにありました

本屋も充実していてキャンパスグッズなども売っていました
とにかく大学自体が一種の村みたいな一種の遊園地みたいなもので、
そこでたくさんの友達ができていろんなことがやれる毎日。

ホントに毎日沢山のいろんなイベントを開催されているのです
音楽学部では日々無料でライブコンサートやオーディションを聴くことができました

とてもエキサイティングで楽しい日々でした
ここでは日本の大学のように、IPADにだけ顔を向けて誘っても来ない話さないような人達はいませんでした
すでに多くのことがデジタル化していましたが、ヒューマンな付き合いの方がずっと大事にされ、ヒューマンな交流のある大学生活でした
いずれにせよ、ヒューマンな付き合いがあり人間関係がある、これが本当の大学生活ではないかと思うのです

人々とアクティブに動き、勉強したいことに夢中になり、
憧れの先生と出会って研究室に行っていつまでも喋っていたり、
友人達とコーヒーを飲みながら何時間でもカフェテリアで話していたり、
夢を膨らませて NGO 活動などに参加してみたり

大学時代は希望で溢れていますから夢いっぱいいろんなことをやっていくわけです

ところが今の大学生たちは本当に気の毒だと思います

大学初日からそのまず新入生歓迎会というものが知らない
そして桜満開の中わくわくしたの気持ち高揚感を味わうことがない

それで孤独に友達もできず、先輩も後輩もできず、恋愛することも恋い焦がれるような先輩に出会うこともなく、
憧れる教授に出会うこともなく、

ただただオンラインオンラインオンライン。

で、授業を眺めスライドを眺め Google ZOOM Skype。

その繰り返しだったとしたら人生にだんだん絶望していくでしょう?

そして自分の将来は一体どうなっていくのかと思うでしょうし、
その時に相談する友達や先輩や卒業生や OB や教授が周りにいません

とても孤独です

私には想像もできない孤独と退屈です

これははっきり言って大学生活とは言えないです
ある意味オンラインコースを受講している状態、というだけに過ぎないです

それでも大学は大学ですから授業を続けなければいけませんし、
オンラインでやらざるを得ない状況の中で単位を与え卒業まで持っていくのが大学の義務ですから、仕方がないのではありますが、

こうした中でやはりオンライン疲れを感じている人達は非常に多い
その精神的・肉体的疲労はかなりのものだとわかってきました

オンラインだと体は動かさないので身体にまず影響がきます
身体がわるくなると、ますます孤独な心がよけいネガになっていく

そして心が動かされることがないので、楽しい気持ちも失われていきます

日々平坦で、ただ画面に向かうだけ。
オンライン授業といっても、視力が悪くなっていくだけです

どんなに工夫を凝らして Google スプレッドパワーポイントスライドなどを作ったとしても 、
YouTube 動画を作ったとしても、

すでにそういうものを見慣れている私たち彼らたちにはそれらが面白い教材だと思えません
しかも動画や画像を見慣れ過ぎていて、どれがどれだか、感動も知識も残らない。

こうしたものを見続けているとだんだんと心も身体も感情も思考も、枯れていきます

そして自分は何を見て何を学んだのか?
よく覚えていないという状況になります
脳は疲弊し、画像を見ていただけ。
だから学ぶといっても、知識が中身に入っていきません

また、先程も書いたように今の若者世代はどんどん陰キャになっており、
友達を持つということができないです
SNSで意気投合したもの同士で同人会みたいな物を作るのは得意なのですが
リアルな付き合いを多様な人々と作っていく苦労と努力と汗と涙と喜びを得ていく度量がありません
特に日本人にはそれが顕著です

オンライン授業だけになり、ステイホームばかりしている今の若者世代は、今後ますます
人間が暗くなり、自分の押しを押すだけの押し人生に没頭するようになります
オンライン化がそれを助長しているのです

 

日本語教育におけるオンライン授業の問題点をしっかり見る

そしてこれと同じことが日本語教育の中でも起きていると私は感じています

最初の頃、コロナが起きた頃には「これからは日本語教育も変わっていく、オンラインに
変わっていくんだ!」というある意味エキサイティングな気持ちが日本語教師の間に蔓延していたと思います

しかし今実際にオンラインでどれだけの生徒が楽しいと本当に思ってるでしょうか?

普段からステイホームでテレビや YouTube ネットばかり見てるような生活が続いているのに、
さらに日本語教育もオンラインでスプレッドシートやスライド見せられ、
アイウエオ覚えアプリなどを見せられるののどこが楽しいと言えるでしょうか?
また頭や脳や心に残るでしょうか?

未だにオンラインはすごいぞーと、
興奮したいし、興奮しながら言っているユーチューバーとか私はちょっと信じられません

ある意味日本語教育におけるオンラインはすでにオワコンです

やってみたが正直、接続トラブルも多いしアプリばかりスライドばかりで、
心に残るような授業も交流もほぼほぼ無理です

ただ日本語教育を受ける生徒さん達は大学生と違って、何年間にもわたって難しい授業をこなし単位を取って卒業しなければならないというプレッシャーはありません

ので、自分のペースでやりたい部分だけやるやれる、
という意味では気が楽です

やりたいときにやりたい分だけやれる
好きならオンラインレッスンを受ければいい
その気軽さにより、このステイホーム重視中、
オンラインでもある程度の充足感は得られるでしょう

今や世界的に lockdown が続いています
ワクチンができようとできないとウイルスと言う地球の生物圏を構成するまだまだ未知の存在は、まだ人類と戦いを挑んでおりこの戦いはしばらく終わらないでしょう

一時的に解放されたと思ったらまたロックダウン。
解除されたと思ったらまたロックダウン。
の繰り返しを世界的に経験しているわけで、これは人間に非常にストレスを与えています

その中で最初の頃は人々はオンラインに活路を見出していました
デジタルの時代だとか革命だとか言う人さえもいました

でももう多くの人々はオンラインに疲れ果て、
最初は娯楽として趣味として勉強としてビジネスとしてオンラインを使っていましたが、

何もかもがオンラインであることにも疲弊しきっています
何より脳と心が疲弊しきっています
だからみんな心身を壊しているのです

最近ではニューロサイエンスの分野でも、また社会学的・哲学的な方面の考察からも、このオンライン化が身体に与える影響を研究や議論して興味深い結果を出しています。

それらはえてしてネガティブな結果であり、オンラインやデジタル重視では人間は満足しないことや脳自体が影響を受けることはすでにわかってきています

そのことをあえて見ようとせずに、無理してオンラインはいいんだ!
と叫び、疲弊した脳に無理してオンライン授業を詰め込むということは、
人間にとってはもう破壊行為を与え付けられるもの、正直健康上のリスクが大きいです

 

オンライン授業ではないオンライン授業はないか?
私のこころみ

それでも今オンラインから抜け出せないと言うのであればどうしたらいいのか私は考えました

まず Skypezoom GOOGLE MEETなどでの授業に、わざとクローム関連を外し、
紙の中の紙、アナログベースの教材やレアリアを多用し、
リアルベースの教材をより多く使ってみるということを試してみました
が、なにせ映りが悪い

Google スライドは私はすごく使い勝手がよくて好きなんですが 、
Google スライドの見やすさに慣れてしまうと、レアリアの視にくさはどうしようもありません

次に私はデザイナーとして、デザインをずっと専攻してきたものとして、
自分自身の手作りの教材を何とかして作り、いわゆるオンラインの中での
ハンドメイド授業をやれないかという風に試行錯誤し始めました

そこで独自のカードや絵や写真や雑誌によるコラージュなどもこころみました

しかしこれもグーグルスライドにまだまだ勝っていません

しかし私はどうしてもリアルに近づけたいと思いました
リアルで一番大事なのはあの大学生活の青春が象徴するように、
コミュニケーションです

逆から言えばオンラインの一番の問題はコミュニケーションブレイクダウンです

これは教育に限ったことではなく、すべての分野にいえます
人はやはり人と共に生きている
人はやはり自然な生物なのです

デジタルにただ巻き込まれているだけでは、集中力もなく終わってしまう
そして人と人とのふれあいがあったのだろうか、なかったのなら何も得ていない、
と感じさせてしまうほど、オンラインばかり、デジタルばかり、スマホ漬け生活は孤独だと思います

そこで今でも、私のオンラインレッスンリアル化計画は、
試行錯誤が続いています

いかにオンラインをリアルに近づけていくかというのが私の課題なのです

だから今はコミュニケーションにとにかく力を入れています

人間は今コミュニケーション、人と人との触れ合いにとても飢えています
そして心はは乾いています
とてもドライです

コロナの以前からSNS普及により、テクノロジーのせいで、
人間との関係は希薄ですごくドライになりました

私が大学の頃はもっともっとみんなが仲良く絆もあり、リアルな友達が増え、
人間らしいコミュニケーションというもの、ウェッティーな関係というものはありました

でも今は本当に辛くて冷たくて乾いています
「嫌いな奴はブロックしてしまえ」というそういう世界です
そういう中でコロナが来て余計にコミュニケーションが欠落しました

だからこそ私はオンラインの中でもコミュニケーションを本当に大事にしたいと思っています

コミュニケーションを充実させることができるならば、教材は何だっていいんです

教材?はっきり言ってなんだっていい

日本語に触れ日本文化に触れ日本人に触れ話すことによって
楽しい!と思った時に、語学は上達します

教材や教案じゃないんです

日本人は真面目だから教案教案って言いますけど、
シラバスとかではなくて楽しめることなんですよ大事なのは
楽しくてこの先生とずっと話していたい、一緒に居たいと思う時、語学の力は伸びます

私はもう子供の頃から海外にいますんで、
あっちややらこっちやらで語学学校に通いましたが楽しかった覚えがありません

それは教案は、レッスンとは、言語授業とはこうあるべきだ、
という言語教育学的思考と考えを、偉そうに先生たちが押し付けてくるからです

でも日本語教育とは本来もっと自由であるはず。

人生最高の言語授業~リアムの英語レッスン

 

私にとって唯一楽しかった授業は自分の住んでた学生寮のにいた英語チューターのリアムから習った、生きた英語でした。

彼とはただただおしゃべりしてました、彼の元彼女の家でね笑

あの体験が一番私にとって役に立ち一番英語が上達したレッスンです

あの体験がなぜ私に行かされたのかといえば、リアムがとてもフレンドリーで
コミュニケーションを本当に大事にしてたからです

彼は普段から偶然キャンパス内で会っても一緒にランチをしたり、
生徒としても、私個人としても、国際交流事業をしているプロとしても、
この三つの(それ以上の多様な個性である私を)アイデンティティから見て
大事にしてくれました

よくオンライン授業の先生は、生徒をマジで一緒くたに捉えているな~と思う人がいます
そういうのってすぐに伝わります
私、という個人を観ていないのです
個人を大事にしていない
生徒、カネのなる木として皆基本的に同じ存在です
愛想はいいしきちんと教えてくれるけど、でも自分を見てくれていない
それがわかるから、心に残らないレッスンにならない

心に残らない授業は実は頭にも残りません
人間は自分を大切にしてくれている、という気持ちがとっても大事です

そして、ハートから授業ができる先生はそう多くはないのです

リアムの授業では楽しいことを話しながらイギリスでの文化の違い意識の違いも語りながら、
私が知りたいことをどんどん詳しく丁寧に伝えてくれました

わざと笑ったりわざとらしいコミュニケーションじゃないんです
つまらない導入から始まり、文法を覚え、ドリルする…ようなものではなかった

しかし私の英語力は彼によって上がっていきます
北米の大学院は非常に厳しい所で、日本人みなが一度は頭がおかしくなるような状態になっていました

あまりにもやることが多く厳しく、ストレスでダウンすることもしばしばです

そんな中、大切な友人に大切なことを語るように彼は授業やしていました
これこそ究極のコミュニティカティブアプローチだったと思います

そして彼の元彼女の家でやってましたから
元彼女と最後にまた3人でおしゃべりするのも楽しかった

元彼女は寮では私の向かいに住んでて、アフガニスタンからの移民でした
彼女がどれだけ苦労して死ぬ思いをしてカナダに着いたのかそして一家離散になってしまったという現実を私は彼女から聞かされました

しかし彼女はとても明るかった
私はとても暗かった英語ができない日本が恋しい…。

そしたら彼女は笑いました
「ホームシックだなんてとても可愛いわよ!!私にはもう故郷がどういうものだったか覚えてもいないの」
と嫌味でもなく悲しみでもなくただ淡々と言いました

そしていつも私を温かく迎え入れてくれた

そして私たちは彼女が入れてくれるいつものチャイを飲みながら、
授業の後で何時間でも喋ってました

アート文化国際交流について。

私たち3人ともアートが大好きだったのでいろんな話をしました

それがそれこそが私の英語の上達の一番のきっかけだったのです
そしてこれこそが本当の意味でのコミュニカティブアプローチでありアクティブラーニングだと思います

確かにこれはかなり恵まれた環境の中で行われたことです
留学生がたくさんいる大きな大学で優雅に学生寮でやってきたことですから

ただこの体験を私はオンラインの授業に大いに活かせると思っています

 

オンライン授業・オンラインレッスンも変わるべき時が来た

オンラインから飛び出してしまいましょう!!

オンラインの中にいてもオンラインから飛び出してしまうのです

まるでドラえもんがどこでもドアであなたの所に行くように。

今やオンライン・デジタル・コンピューターは私たちを極限まで疲弊させ、
人間性を失わせています
匿名性が通るこの界隈は、いじめやマウント、競争やいじりやデマや嫌がらせや犯罪の
温床になり、また幸せを演じて自慢する格好の承認欲求競争の場にもなっています
それを言語教師でさえやっているという現実があります

そこで私はリアムのレッスンを思い出すのです

あれほどの距離感を保ちあれほどの愛を持ち信頼を持ち友情を持ち、
言葉を交わしコミュニケーションをとりコミュニケーションを豊かにし大事にすること、

これが究極のオンラインだと私は思っています

何度も言いますが人間はハートをもった生物魂なので人との触れ合いはどうしても必要なのです

それをオンライン自体は実現することはできません
Google やAIや IPADやCHROMEがどんなに発達しても実現することができません

実現できるのは人間だけなんです
だからこそ人間である私はそれをやるのです、機械にはそれはできません

アプリ界隈は今進化しており様々なツールを毎日作り上げていますが、
こうしたもの決定的なことを教える時に最適化して使うべきです

オンラインの時代時代と騒いでオンラインに支配され、
オンラインにばっかり頼っているようでは生徒に響くような授業にはなりません

私はオンラインの中でも人肌を感じるほどのコミュニケーション、
リアルなコミュニケーションを重要視したいと思ってます

逆にオンラインをいかにもっとデジタル化するかということを考えてる人もいるでしょう
それはそれでひとつのやり方ですが、しかし人間はロボットではないのです
AI でもありません

やっぱり人間は人間。
人肌恋しくなりますし人と実際に会ってコミュニケーションをして
おしゃべりすることの楽しさに敵うものはありません
それは本当に精神を安定させ心身を安らがせストレスを解放させるものです

もう正直言って地球にこれ以上のデジタル化は必要ありません

紙ベースの遅れた日本と言われますが、私は遅れた日本で十分です
なんでもかんでものんびりと紙とハンコでいいじゃないですか
ハンコ文化を泣かさないでください
どうせデジタルなんかすぐに個人情報とられるじゃん
何度そういう被害にあったか・・・

あまりにもテクノロジー化が進んでいる世界を見るとぎょっとしてきます

スマホをただいじって終わり、そんなことのために私たちは生きてるんでしょうか?

完全に人間たちはコンピューターデジタルオンラインに食い尽くされている
テクノロジーは化け物になって私たちを凌駕してしまい
人間が扱える以上のものになってしまったのです

人間がより人間らしく生きていくためには、
本当はテク全て削除すべきなのですが今の時代とも言っていられない

でもデジタルとの付き合い方は、自分で選べます
どこまで使うか、どこまでスマホ時間にするか、どこまで検索するか、SNSを全部やめるかどうか…

私はリアルを大事にしてきましたし、
リアルに近いデジタルオンラインレッスンを何とかしてでも実現したいと思っています

大事なのは、愛。温かさ。思いやり。
それだけです
私は信じています
今普及中のオンラインが本物ではなく、もっと先があると。

 

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