OnlyOneOfはBLなのか、それでいいのか

OnlyOneOfのMVから見える様々なこと

 

仕事のことも考えてKPOPの最新PVMVなどをチェックしていた
仕事ってまだKポに関わるつもりなんかい。

自分でも分からない…さんざんな辛い思いをして体も壊しそれでもまだ韓国のテレビ局がこっちでも見れるようにつないで起き、Kポの動向を追っているなんて情けない気もする

自分の心の中にはまだ、武術とダンス、武術とパフォーミングアーツを融合させることへの夢やアイディア、そして愛する人ともう一度一緒に活動したいという希望が小さな炎のように燃えている。だからといって努力しているわけではない。コロナのおかげで、色々なことへの意欲を失ってしまった。

今こそ身を落ち着けてできることもあるだろうに、こういう時は返って何もしないものだ。

忙しすぎて秒単位で物事が進んでいる時こそ元気で、胃も痛くないし、なんでもやってしまう。今はちょっとした練習さえ億劫で仕方がない。そんな状態ではパフォーミングアーツ、マーシャルアーツなど身体芸術に関わることはできないし向上もしない。

分かっているのだけど、コロナ禍ってなんだかすごく身体やられませんか?何もしてなくても疲労とか、体が重い。

でもそんな中久々にKPOPのMVをざざざっと通しで見たけど、何も感動するものはなかった。

これは正直な気持ちだ、批判ではない。

正直に、心動かされるものではないのだから心動かされなかった、と言っているだけだ。

それほど、最近のKPOPはもう限界に来ているのではないだろうか。
グループもアイドル志願者も飽和状態であり、振付やプロデューサーのない時代。

大手会社には嫌われるだろうが私はもう音楽業界にプロデューサーというのはなくなったと思っている。

それはもちろん、第一にデジタル化によって実質誰でもスマホ一つで作曲編集動画制作まで何でもできてしまうからだ。すべてはその人のセルフプロデュース・セルフブランディング能力にかかっているのであり、また見ている側のセンスと感性と時代性に合うかどうかにかかっている。

だからヒットするのもしないのも半分は偶然が大きい。
少なくとも、戦略的に投資するアーティストはプロデューサーが選び作り上げるのではなく、プロデューサーやプロモーターが状況を伺って誰を「押せば」いいか見ている、そんな時代だ


韓国では一般には、少なくともKPOPアイドルしか紹介されない日本では有名ではないけど、

天才といえる人達がいっぱいいる。

彼らはアイドルのように縛られることを嫌い、自分でセルフプロデュースして世界で活躍しながら帰国して後続を育成している。

この業界の人さえ、ほとんど彼らのことは知られないが、彼らこそがKPOPを支えてきたといえる。アイドルは表面に出てきてる飾りにすぎないときすらある。

ちょっと、ほんのちょっと前までは、大手の会社の大物プロデューサーがいて、そういう人達がひたすら偉く、そういう人達が巨額の投資をして、戦略を時系列的に打って、偉そうな顔をして売り出すのが音楽だったのではないか。

それがデジタルの普及で全く変わってしまった。

今でもアイドル育成だとかオーディションは盛況だが、人々は正直中身などどうでもよく、争いを見て楽しんでいるだけだということに気づいていない。

また競わせて注目させるノイズマーケティングなのであり、こういうものはオーディションという一時的に理性を失うようなお祭り騒ぎの時だけ、人気が出てその後は続かない場合が多い。

続くとしたらやはりその人の才能とセルフブランディングにかかっている。

ずっと音楽業界というのは特別な才能の人達が作っている特別な世界のようにイメージングされてきた。でも実際には、誰でも曲は作れるし振付も出来るしダンスが上手ければ歌が上手ければ光輝くことができることを、デジタルは見事に露呈してしまった。

神秘のベールに隠された音楽の世界は実は一般的なものでしかなく、実は有力なプロデューサーも振付家もいないことを明らかにさせた。

それは、明らかにそう言う人達がカネを投じて売り出そうと必死であるKPOPを見ているとよく分かる。売り出そうとわざとらしく時代に合わせようと時代で流行っているものをそっくりまねしたようなものが次から次へと出てきては消えていく。

もはや博打であり、人気が出るかどうかは博打なので、芸術でもなければアーティストでもない。アイドルも演出家もプロデューサーも何もかも、皆博打にかけているだけで、中身は同じようなものしか作っていない。

ファッションや動画編集によって、いかにも違うように見せかけているだけだ。

それは日本でも世界でも同じ現象なのだろうけど、最近はまだ日本の方が感性重視で日本人独特の四季折々に持つ感性を生かしているアーティストが出てきているように思う。やっとほんとのJPOPが戻ってきたかもしれない。

このような変化は作為的なものではなく、デジタルの普及が自然に起こした現象だ。

デジタルの普及は人々が考えるより随分早くにやってきた。驚くべき早さとアプリやファンクションの多さ。そこから、お金がなく、いわゆる有名なプロデューサーに目をかけられなかった人々が大スターになる可能性が生まれた。

そしてそこに至って、目立つことはなかったが確実な才能によって活躍し、ずっとKPOPを支えてきた韓国の天才たちも浮かばれる存在になっていく。彼らこそ、本当の制作人であり、かつ芸術家である。ただ彼らはアイドルにはなりたくなかっただけなのだ。

このような天才の層が厚い韓国だからこそ、KPOPが作られ維持され、ここまで大きくなったのだし、結果としてBTSという世界的存在を生んだことを、どうか忘れないでほしい。彼らを支えている、ものすごい情熱と才能を持った人達は、裏方に沢山いることを。

今まで運によって埋もれてしまっていたものが、次々と世に出ている。

そして逆に、デジタルの普及は動画編集や画像編集、インフルエンサーによる作為的な売り込みも可能にした。YouTubeでギャップ見せをしたり、ティーザーでチラ見セすることで客を引き寄せるとか、こちらもデジタルの普及を活用して頑張って対抗している。

でもやはり、今はセルフプロデュース・セルフブランディングの時代だと思うし、アーティストとはそういうものだったのが、デジタルのおかげで元に戻ったと言えると思う。

第二に大きかったのはBTSの世界的人気だろう。

BTSは自分達でセルフプロデュースしてきたことを売りにもしているし、若い頃、お金がなかった頃セルフプロデュース・セルフブランディングのためにSNSを積極利用していたことは伝説化している。これを「わざとらしい。本当はちゃんとプロデューサーがいて、戦略的にやったのだ」という人もいる。そうかもしれない。

でもバンタンのSNSや売れるようになってからBTSがテレビに出ている時のあの自然さから見ると、どうも私には彼らの若かりし頃のセルフプロデュースは決して戦略的かつプロが後ろ盾してやった権力のついた作為的なものではないと思う。

SNSでのバンタンとKBSでのバンタンは、正直変わりがないのだ。

そしてついでに、日本のテレビに出ている時も変わりがない。その時の気分でそのままだ。

だからこそバンタンは、たびたび「日本では態度が悪い。日本では偉そうだ。日本では機嫌がわるそうだ。日本が嫌いなのだ!反日なのだ!」という話になってしまうが、まるでそういう感じがしない。

バンタンはいつもああなのだ。ある意味プロ意識に欠けるが、ある意味すごく素であり純粋なのだ。

ここで音楽業界に革新をもたらしたと思っているもの、それはユンギの存在だ。ユンギはずっと「BTSの中のプロデューサー」といわれてきたが、それも宣伝のために名前だけの肩書だろうと思っていた。

しかしある時ユンギが実際に曲作りを、誰の力も借りず一人でやっているのを観た。その時の彼の姿勢は、まるで本当に凄腕のプロデューサーであり、音楽いや芸術家だった。

彼はバンタンを知り尽くしているので、一人一人に的確な指示を出す。でも、メンバーはやりたくないことはやらないと言い、やっても自分勝手にアドリブをしたりする。そんなこんなでカオス状態になりながら、自分達だけで曲を作ってしまう。そういう姿を観た時に、彼らは例え誰からも見放されても、自分達で楽々とプロデュースしてしまうだろうと、ある意味すごく感動した。

それはステージよりはるかに感動的だった。

 

ステージは皆でつくる劇場かもしれない。でも制作は家でも出来る日常なのだ。日常レベルであれだけレベルの高いことと、結束力の強さをまったく自然に出して話してぶつかって、やり遂げる才能は、半端ではない。

BTSが世界的になったのも、よくわかると、その時はじめて私は気づいた。

ところでその真逆を行っていると感じたものが、もうすでに時間は経ったがonlyoneofのリビドーという曲のプロモビデオである。これは曲自体が性的な意味を表し、それを性的にというよりBL的に表現した動画となっていることが物議をかもした。これこそノイズマーケティングだと思う。

というのもこれはそもそも起源をたどればやはり陳情令の大ブームに突き当たるからだ。

私はBTSに比するほどのパワーとエネルギーを持っているのは今世界にBJYXしかない、と言ってきたが、それほど陳情令の人気と影響力はすごく、世界にBLをオープンにさせた。

それ自体は、もしLGBTQの人々の存在を明らかにして、彼らが普通に社会に受け入れられることを手助けするものならいい。(私は単純にストレートだから同性愛ものは好みではないが)

でも、BLのほとんどはただのエロでありむしろ彼らへの偏見を助長するものになっている。

そうでないものがあれば申し訳ない。そう断定しているわけではなく、あまりにもそういう作品が増え、もはやエロエンターテインメントとして君臨してしまっていることは正直問題であり、結局LGBTQの人達にとっても何も得るものはないだろう、さらなる偏見以外には…

陳情令というドラマは、政府の規制があるため大幅にBL要素を削り、というかただの義兄弟と青春群像劇になっていて、ある意味、もっと内容の込んだ原作とは全く違う「陳情令」という一つの作品となっている。

だからこれをBLとして見るのは正しくはない。

普通の武侠として見てほしい。

というのも武侠や仙術の世界について語るにはこのドラマはとてもよくできているからだ。これは監督の才能が作ったものであり、原作からは離れ、一つの物語として成立している。

しかしそれでも、原作が原作なもんだから、原作を知らない人でもBLBLと騒ぎだし、BLはこのドラマのブームのおかげでアジアを中心にかなり広まっている。

日本も次第にじわじわとBL匂わせとかもろBLなドラマが出てきているし、BL大OKなタイはここぞとばかりにBL作品ばかり輸入するようになった。

そしてBLをやはり避けてきた韓国でも、とうとうBLドラマを作りだしている。

そしてこのミュージックビデオである。これは内容的にはちょっとキモイとしか言いようがない部分もあり、とにかく芸術性とか美とかダンスのうまさなどよりも、無理してでもBLしてでも売り出さなければならないKPOPの競争と焦りをそこに見てしまう。そしてしらけてしまうばかりなのだ。

他にも、男女どちらのグループにおいてもKPOPがBL匂わせ動画を最近作るようになってきている。それらはお世辞にもアーティスティックとは言えないし、もしかすると出ている本人達も嫌々やっている可能性がある。

そこにあのユンギのような感動がないのをみると、おそらく嫌々だろう。

ゲイとストレートは違う。差別はしないにしても区別は必要だ。
ストレートはどこまでいってもストレートだから、誰も男同志、女同志でエッチなシーンなどとりたくないだろう。

そして世の中はこうしたことにまだまだ厳しいから、このアイドルはレズとかゲイとか言い出し、きっとそうであるとか、女同士でくっついているとか、キモイから消えろとか、いろいろなディスりが起きているのは想像できる。

ゲイの人に人権を、というなら、ストレートにもやはり人権はあるのだ。

LGBTQを取り上げ、問題を明らかにし、彼らも皆同じように普通に生きようよ、といいながら、世間では異様なまでにゲイやレズを取り上げて、変な加工をして、大抵それはエロでなければならず、それをネタにすること自体まず彼らへの擁護でもなんでもない。

男同志とか女同士でイチャイチャする(正直中身はイチャイチャどころではない)のを、面白がって彼らを覗き見するようなものだ。

一方でストレートの人達にわざとBL匂わせとかBL自体をやらせて売らせるなんて言うのはこっちもまた人権無視していることなのだ。

忘れてはならないのは、BLが流行しているからといってLGBTQの人権擁護が進んだわけでもなく、逆にLGBTQの擁護にばかりとらわれて、ストレートらやりたくないと言っているのに押カプを文字通り押し付けたりするのは、ストレートの権利というものをも失わせる。
それは、全くおかしいこと、皆が傷つくこと、そして何のエンターテインメントでもないということだ。

もし陳情令のあのみだらな原作が好きならば、どうかその世界の中だけでやってほしい。

あの作品は私にはどうみてもただの興味本位のエロでしかないので、迷惑だからだ。

陳情令は何度も言うが、制作人と俳優たちの迫真の演技によって、全く別物として物語として成立している。

それを今でも陳情令の2人の結婚式動画を作ったり、イラストが山ほどでまわっているし、2人の押しに情熱を燃やしている人達がいる。

これは、迫真の演技をした陳情令の2人にも迷惑な話だった。
主役の肖戦は、もう世界で一番の人気者かといえるほどの大人気を得たが、ファンの行動が過激化し、活動停止や今でも活動がかなり脆弱化している。本来ならば本格武侠ドラマで古装の第一人者として、大物の俳優になってもおかしくないのに、彼の活躍の場は未だほぼない。

王一博の場合はこれによりやはり大人気を得た。そしてそこまで大騒ぎされたわけではなかったので、順調に多くの活動を展開しているが、いつまでも肖戦との熱愛が噂されたり、肖戦あっての彼、というイメージが払しょくできなくなっている。

彼はもともと韓国のグループで揉まれて来た強さがあるし、そこでセンタリングされていたほどにダンスが上手く、プロのレーサーでもあるので、常に社会経験を積み、世の中を静かにわたっていく術を身につけているだろう。

その冷静沈着さが、彼をそこまで騒動の元にはさせなかった。それでも今でも何かにつけネット庶民からたたかれてはいる。中国人の友人でもBLなんかやって許せないというほど嫌いな人もいればまあいいんじゃない、ととても意見が分かれている。

いずれにせよ、2人とも俳優としてはこの問題は嫌でたまらないはずだ。そして彼らのキャリアを妨害する。何かとアンチから言われ続け、何かとこのカプ大好きなやおいたちからは、しつこいまでにまだいまだに、恋人として見られている。

そしてこの問題はBTSにも飛び火した。

普段から仲が良すぎるくらい仲良しな7人なので、やおい系のファンはBJYXだけでは足りず、BTSに目を付けた。BTSは初期からすでに押カプはさんざんセッティングされてきた。

だがここにきて、陳情令のブームと共に、BJYXが「結婚しそう」ならBTSももしかしてゲイで誰と誰はくっついてるんじゃない?と本気で噂が流布していった。

そこで見かねたテヒョンが「僕たちは普通に友達なのでそのような関係で一切見ないでください」と声明を出している。ちなみに肖戦も「僕は普通に生活したいので普通の生活をさせていただきたい」と声明を出している。

このような社会現象の中で、それが分かっているのにBL匂わせ動画などで売り込もうという考えは、呆れると言うより、気の毒だ。そこまでしないと売れないし、注目もしてもらえないほど韓国のグループはふえすぎたし、競争が激化して何がどれだ区別もつかない。

そして、さんざん腐女子系以外の社会では迷惑行為となっており、また俳優達を傷つけて大スター達が相次いで正式な声明を出しているという中で、売り出すのにBL匂わせ動画を使うなどしか思いつかないプロデューサーや制作側のアイディアや芸術性のなさを露呈してしまった。

アイディアが枯渇し、ダンス振付もネタがなく、もう要するになにもないのだ。

KPOPも、とうとうオワコン化した。

結局、BTSという格別大きな存在に後押しされてKPOPは何とか注目度を保っている。
でも彼らもまた兵役の時期を迎え、コロナで活動はできないし、KPOPはBTS人気が沈静化するとともに人気も過去のものとなるだろう。

それでも、韓国人の持つ芸術性、才能、能力、努力の力はそのままだ。
だから今とは違う新しい芸術を生みだしていく。

BLなど使わないでも、人々が自分らしく幸せに生き、その人に一番幸せで無理がなくその個性に合った表現をすることが、結果エンターテインメントの質を格段に上げる。アーティストの幸せは、ファンの幸せだ。今は、プロデューサーとか言うよりむしろファンがプロデューサーになっており、ファンが彼らにイメージを押し付け、不幸にしている。そして才能を削り取っている。

だから私はやめられない。今もエンターテインメントの世界の人々と一緒に居たい、造りたいという気持ちを。
彼らが傷つきながら生きていることを観て知っているからこそ、無理して生きていることを知っているからこそ、彼らが本当に輝く、彼らに合ったサポートをして共同創造したいという夢は、今も燃えている。

 

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