陳情令人気のわけ~江澄、愛さまざまに。

陳情令が人気のわけ、その本当の理由は何?

陳情令が、日本で、まだまだ認知されていない中国ドラマの中では異例の人気を得られたのには、
先の記事でも書いたように、多くの理由があると思います

その理由をツイッターを通して、またブログでも今まで書いてきました
ただ、多くの理由があるとはいえ、今まで100回くらい陳情令を見て、
かつ日本での評価を徹底分析した結果(ステイホームをこれで乗り切りました)、

このドラマが人気を得たのは、
私の私的観点からいうと以下の3つが主な理由です

1.イケメン、しかも絶世のイケメンを多数起用していること(ミーハーな理由だがかなりの影響力)
2.キャラクターデザインが作りこんでいてしっかりしていること(どの役も好きになれる魅力がストーリーを骨太にしてる)
3.元の原作がBLであるということでの、話題性と注目度(これは前回も書いたが、残念ながらある意味ただの興味本位)
4.シャオ・ジャン肖戦が、魏無羨(ウェイ・ウーシエン)にぴったりだったこととそれによる彼の人気(奇跡的配役)

事実多くの人が「陳情令、イケメン出ててカッコいい~」とコメントしています
また多くの人が肖戦(シャオ・ジャン)とワンジーをカッコいいとファンになっています

しかしそればかりが強くクローズアップされていて、
他に感想はないのかというくらい、肖戦も合わせて考えればイケメンたちがカッコいいから、というのが
決定的な理由ということです

しかし、本当にそうなのでしょうか?
本当にそれだけなのでしょうか?

中国をはじめ台湾や中華圏の俳優陣には、他にも絶世の美男美女が沢山います
また新しく毎日のように美形アイドルが誕生しています
この芸能世界は大戦国時代だといってもいいでしょう

そもそも陳情令は、主役の2人が最初から大スターだったわけではありません
肖戦に至っては、ほんの偶然から主人公に抜擢されたと言ってもいいくらいです

鳴り物入りでイケメンをそろえて、大スターを多く起用したわけでも、
日本でも知られているような、おなじみのイケメンアイドルを多数起用したわけでもありません

もっと言えば、華ドラというのは今の時代、どれも基本的に美男美女の集まりで、
イケメンがわんさと出てくるのが当たり前の世界なのです
それは特に特筆すべき特徴ではありません

むしろ、陳情令が流行ったからこそ、改めて観てみると、
このドラマにはイケメンが多いな~と気づいた、とか
陳情令が面白いから、好きだから、そこに出ている俳優がことさらにカッコいいと見えるようになった、

といった方が正しいかと思います

 

陳情令にしかないエッセンス~
それは心にどこまでもしみいる「何か」

 

では、イケメンが出ているから好き~という以外に、
陳情令が日本でも人気になった本質的な理由は何なのでしょうか?

それは、最初の記事でも書きましたが、このドラマが描きぬこうとする「人の心」の機微です
こういうと当たり前すぎて陳腐に聞こえますが、ドラマっていうのは、
いろいろな感情を描いて、演じて、ストーリーが進行してなりたっていくわけですが、

陳情令の場合は、なんというか…言葉に言い表せない何か、こう心に、胸いっぱいに
させられるシーンが多いのです

これでも私、自分もシナリオライターになりたくて、シナリオセンターを受講していました
一通りシナリオ作りを勉強し、沢山シナリオも書いたし、賞にも挑戦しました

結局、シナリオライターにはならなかったというかなれなかったというか。
というのも、単純な話、途中でシナリオに飽きてやめてしまったからです笑
だから諦めたというより、興味がなくなってしまった
もっとずっと興味をそそるものが多く出現してきたからです

でも、勉強しているときはすっごく熱心にしましたよ。
だからこそ、細かい視点でドラマを見ることができています

さて、話はずれましたが、どんなドラマでも、

ここは感動シーンだなとか、胸キュンシーンだなとか、
死闘の戦いのシーンだなとか、あるわけですが、
なぜか物語としてどこか距離を置いてみていて、
深く、心から、魂から、見ているものに感情移入することはあまりありません

私たちは多くの感動物語に囲まれています
特に日本では感動物語は一つのコンテンツ枠になっています
でも、それらはことごとくわざとらしく、演じている感たっぷりで、
全く心がそこに溶け込む思いをしないのです

だから、

陳情令ほど深く感情移入させられるドラマは、見たことがないです

でも、陳情令の場合は、心に広がっていく何か、がそこここにあるのです
胸にじーーーーーんとくる何かが。

 

陳情令にしかないエッセンス~それは江澄

 

私は金庸のファンで武術もやっているので、
誰も中国ドラマを見ていないだろう頃から見ていましたが、
こういうものは初めてです

この陳情令の、胸にじーーーーーんとくる感動や感傷は、何なのでしょうか?
これは意識的なものではなく、無意識的なものであって、だから言葉で説明がつかないのです

でもそれが、無意識に人の心をうるわせ、ふるわせ、動かしてきたことは確かで、
その結果が、このドラマの人気を支えているのだと思います

 

この、胸にじーーーーーんとくる、心にじーーーーーんとくる何かの、
中心的な存在というのは、実はワンジーや魏無羨ではなく

江澄つまり阿澄だと、私は思います

阿澄は、ある意味では物語の脇役ですが、
ある意味では、陳情令の特徴を一番強く持っているカギとなる存在でもあり、
エッセンスでもあります

だから、胸にじーーーーーんとくるシーンというのは大部分、
阿澄が関わっています

そもそも、なぜ魔道祖師がうまれたか?
なぜ魏無羨は魔道に落ち、正道から外れなければならなかったか?
そのわけは、阿澄にあります

もちろん、阿澄を救うと決めたのは阿羨ですから、阿羨自身が原因を作ったのですが、
でもそのきっかけは阿澄を救い出すことでした

それさえなければ、彼は自分の霊力を失うことはなかったのです
そしてそれに代わるものをうみだし、それによって人々から蔑まれる必要もなかったわけです

阿澄の不幸が、阿羨から幸せを奪い、不幸にしたのです

 

そんな2人の関係は、最初から最後まで、人の心を打つものとして描かれています

 

最初は、血こそ繋がらないが、一緒に育った兄弟として、お互いになくてはならないほど一緒です

特に阿澄は、魏無羨に対し文句と悪態をつきまくっているわりに、
いつでも彼のことを気にかけていて、
彼が健康か、彼がしあわせか、彼が安全か、彼が平穏か、
いつも見つめています

その一方で、魏無羨は、態度はじゃれてくるのに、いつも結構淡泊な態度でいますし、
特に阿澄の毎日を心配したり気を配ったりしている気配はありません

いつも阿澄にきついことを言っている割には、
ワンジーと仲が良くなっていく阿羨(魏無羨)にいらついて、2人に嫉妬しているのも
阿澄です

 

阿澄は、阿羨の表情一つ見逃しません
そして阿羨が無謀な挑戦に出ると、彼を探し、彼をサポートするために
自分もまた危険へと出ていきます

BL小説がもとであり、それが注目されているといいつつ
ドラマの中では、どっちがBLかというくらい、
ワンジーよりもむしろ、阿澄の方が強く阿羨を愛していると、
私には見えます

あそこまで気にかけて、常に心配してくれるのは普通なら親くらいのものでしょう
でも阿澄は、決して阿羨を忘れることはありません

そのこと自体が、まず胸を打つのです

彼らの宗家が破滅されがかった悲劇の時にも、
阿羨は阿離とともに、最初に阿澄と出会った時のことを思い出します
このシーンは結構長く作られていますが、これがまた感動なのです
なぜか、心にじーーーーーんとくる回想シーンなのです

その頃を、眠ったふりをして一緒に思い出しながら泣いている阿澄。
その姿が、また心にじーーーーーんとくるのです

どこまでも自分の愛を出さない阿澄ですが、
どこまでも阿羨を愛している。
一体どうやったらここまで一人の人を愛しつくせるのかというほどに
彼は阿羨を大事に思っています

そして、それに輪をかけて、阿澄の実の姉である阿離もまた
阿羨を愛しています

この2人はまったくほんとに、魏無羨(阿羨)を自分の一部かと思うほど大切に思っています
それをうまく伝えているのが、あの回想シーンなのです

そして2人と一緒に思い出しながらも、床の上で眠ったふりをして
2人にはわからないように泣いている阿澄を見て
私たちもまた、泣くのです

 

さて、その後状況は大きく変化し、試練の時は来ます
阿羨は、絶対絶命の阿澄を助けるために捨て身になって自分が犠牲になることになるわけですが、
それがまた悲しいほど胸を打つのです

阿羨もまた、命を懸けるほどに、阿澄と阿離を愛しているのです

ただ、自分が犠牲になった阿羨つまり魏無羨は、そこから人生を大きく変えてしまわざるをえなくなりました
つまり、世の中すべての不幸を背負うかのような苦しみの人生を、阿澄を救った代償として、生きることになったのです

そしてひどいことに、阿羨の犠牲的な行動により命拾いしたと知らない阿澄は、
誤解からひたすらに阿羨を疎ましく思い、
最終的には憎むことになり、そして最終的には殺すことになるわけです!

世界一大切な、世界一愛している者を、殺してしまうのです!

これがまた、読者あるいは見ている人の心をもぎ取るような辛い部分なのです
ただこの2人のこうした悲惨な関係がなければ、この物語は成立しません
ここにこそ、物語があるからです

そして最後には、温寧の告白によって、阿澄は自分を救うために阿澄が犠牲を払い、
そのために魔道にさえ落ちざるをえなかったことを知ります

この温寧の告白のシーンは、誰しもが胸にじーーーーーんとくる
一番大きな、一番感動的な、一番揺さぶられるシーンだといってもいいでしょう

何度見ても泣けてしまう。
そして出ている俳優も泣いてますよね
まあ、演技としても、阿澄は大泣きしています

このシーンは陳情令の中で一番大事な、肝となるシーンであり、
人々を陳情令というドラマに引きつける重要な部分です

これなくしては、陳情令はここまでではないだろうなというくらいに
印象が強いシーンです

 

それは愛です
ただただ、阿羨の阿澄に対する愛であり、
阿澄の阿羨に対する愛です

そして温寧の阿羨に対する愛でもあり、
ワンジーの阿羨に対する愛でもあります

だからこのシーンは、強く、深く私たちの心にじーーーーーんと
染み入ってくるのです、何度見ても。

 

陳情令の魅力は愛だった…

 

私はこの物語では、制作人たちがことさらにこの3人、
阿澄・魏無羨・阿離の関係を強調して描いていると思っています

そこでは、家族である3人の愛と、同時に血のつながらないもの同士だけど同じ「家」を
作ろうとしている3人の愛を、故意に強く描いているように見えるのです

だからこの3人にまつわるシーンというのは、
阿離が死ぬときも、
最後に阿澄が泣いて阿羨を見送るときも、

ことごとくすべてが感動的であり、
そのすべてが愛を問うものになっています

愛。

それはある意味では私たちに対する問いかけでもあります
私たちは愛のない殺伐とした世界に、ただサバイバルするのに必死なだけで、
日々を何とか生きています

いろんな意味で分断が起きています

そこに、この陳情令の、とことんまで愛を貫こうとする江家の3人を見せられると、
自分の中がいかに空っぽで、寒い風が吹いているか、
自分がこの魑魅魍魎とした世の中で、人と比べあい競争しサバイバルして
無味乾燥に生きているかを、思い知らされます。

だからこそ、阿澄と阿羨の愛を見ていると、
私たちのハートは愛を思い出し、愛を思い知らされ、心にじーーーーーんとくるのです

と、私は思います

やっぱり人にとって必要なものは愛なので、
でも自分勝手な人ばかりになってしまった暴力的なこの世界で

愛が必要だとか大切だとか強調しても、ますます分断や暴挙が膨らむこの世界で

陳情令のこの愛を見ていると、愛がハートに満ちていくのを感じるし、
自分も愛を生きていこうと思うのです

この愛、という部分は、金庸先生の本でも、あまり見たことはありません
恋愛は描かれていますが、

恋愛以外の、家族愛のような兄弟愛のような友情のような、
それを超えたもっと深い意味での愛を、

よくここまで制作人の方たちは描き切ったなと思うし、
おそらく、ここをこそ、本気で描きたかったのではないかとも思うのです
原作は読んでいないけど、原作者も題材としてよく、こうした展開を思いついたなと思います

 

愛。それは、今社会に、世界に、人との間に、一番ないものだからです
私たちはそれゆえに、心に大きな空洞とむなしさを抱えています
普段はそれに気づかないように生きています
でも、陳情令のこの愛、必死に愛するものを助け、守り、ともに生きようとする愛を見て
おのれの生きる社会の愛のなさに気づくのです

だからこそ、陳情令を必要とするのです

だからこそ、この、心にじーーーーーんと染み入る、陳情令だけしか持っていない独特の感動は、
ハートが本当に、揺るがされるのです

陳情令は愛の大切さを、「いかにもな」セリフ・プロット・演技・くさい演出などで表現しようとはしていません
阿澄はいつも、阿羨の悪口ばかり。
阿離も決して、愛しているとは言いません。

人間なんて、そんなもので、簡単に愛を表現できるほど器用ではありません。
それを陳情令はちゃんと描いています、人間的に。

だからこそ、そこに愛が描かれていると心が知れば知るほど、
うわべだけではない、本当の感動をもたらしてくれるのです

それをすごく丁寧に演出し、また魂の限りで演じ切った俳優陣たちがいるからこそ
陳情令のこの感動は、後世にもうすれることなく、
人の心にじーーーーーんと染み渡っていくのでしょう

愛のない世界。
でも愛を信じたいと皆が思っている
どうぞ陳情令を観てみてください

 

 

 

 

 

 

 

 

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[ 陳情令人気のわけ~江澄、愛さまざまに。 ]中国ドラマレビュー,私のヘタレカンフー修行2020/12/20 18:51